理央が顔を傾けてくる。
前に唇を重ねたときの柔らかな感触が蘇ってきて、思わずぎゅっと目をつぶった。やるなら早くやってくれーと祈る気持ちで待っていると「ふっ」と笑い声が聞こえた。
「……冗談だよ。ガチガチじゃん」
そっと肩を撫でられた。自分でも相当緊張していたらしく、体が強張って背中がプルプルしていた。
「キスされると思った? しないよ。朔は人前でされるのイヤでしょ?」
体を離し、落ち着きを取り戻すようにグラスを口にした。
そうだ。何かとスキンシップをとろうとする理央を拒絶していたのは自分だ。人前で触れられることが恥ずかしくて強がってしまった。
でも今は違う。理央のことが好きだと意識した今は。
「――……いいよ」
「え?」
理央は驚いたように目を丸くする。おれは自分から理央の手を取った。
「キスしたい、って言ったんだ。おれも理央のことが好きだから」
この前、若葉先輩にキスされそうになった時は『イヤだ』って思ったけど、理央とのキスを思い出しても全然イヤじゃなかった。その時点でもう答えは出てたんだと思う。
「好きになってくれてありがとう。おれも理央のことが好きだよ。だからここでキスしてほしい」
言えた。ちゃんと言えた。
理央に気持ちを伝えられた。
「――本当に、いいの?」
おれの覚悟を試すように身を乗り出してくる。
「……いいよ」
目を閉じた。
これまで散々拒絶してきた分、理央の好きにしてくれていい。そんな気持ちで体を委ねる。
理央は何も言わない。遠くで人の声と店内BGMが聞こえる。
――ギッ、と椅子が軋む音がした。
首の後ろに手をくぐらせ、後頭部を包まれる。ちらりと薄目を開けるとピンク色のネクタイが間近に見えた。
そして。
熱く、やわらかいものが――――
ちゅっ、と『額』に。
「おでこ!?」
目を開けるのと同時に理央が微笑んだ。
「人が増えてきたからデコチューで我慢してくれる?」
「あ、え? いつの間に」
さっきまで閑散としていたフードコートに人出が増えていた。席も三割くらい埋まっている。ただしおれたちの周りだけは不自然なほど人がいない。
「あとごめん、口に青のり付いてて笑い死にそうになってた」
くすくす笑いながら紙ナプキンで口元を拭ってくれる。
え、おれ焼きそばの青のり付けたままキスをねだってたのか?……恥ずかしすぎるだろ。
「うぅ、今ちょっと穴があったら飛び込みたいかも」
顔を覆って落ち込んでいるとそっと肩を抱いてくれた。
「――だめだよ。絶対に逃がさない」
低い声で囁く。
ぞくっとして理央を見るとにこにこと笑顔を浮かべていた。
「今はお預けだけど、二人きりになったときは遠慮しないから覚悟しておいて」
指でおれの唇を丁寧になぞる。予約済み、とマーキングされている気分だ。笑ってるけど目は笑ってない。まるで獲物を狙うような冷たく鋭い眼差しに理央の執着心が見え隠れする気がして、ちょっぴり怖気づく。
「お、お手柔らかに」
「もちろん。でも半年も我慢したから約束はできないかもね~」
白々しくうそぶく。
イケメン王子のこんな悪い顔を知っているのはおれだけだろう。
※ ※ ※
こうして、おれたちは恋人同士になった。
理央と会えるのは平日放課後のわずかな時間と空いている土日。決して長い時間ではなかったけど、もう二度と離れないようにと頻繁に連絡を取り合っていた。
雪が降りしきるクリスマスイブには理央の家に泊まりにいったし、正月は冷たい空気の中で一緒に初日の出を見た。おれたちの交際は順調に進んでいた。
「……あれ? お守り買ったのか?」
初詣からの帰り道、フードコートでお茶をしていると理央が真新しいお守りを取り出した。『学業成就』と刺繡された橙色のお守りだ。
「うん。資格取得の試験、頑張ろうと思って」
「どんな資格?」
「ヒミツ。そのうち分かるよ多分」
にやりと笑ってハニーレモネードを飲む。つい最近髪色を元に戻した理央だが、濡れたような黒髪もよく似合っている。
まぁいいか、と思いながらホットココアに口をつけた。舌先に広がるほのかな苦みを感じながら一年前のこの時期のことを思い出す。理央とお揃いのお守りを買って、高校入試に向けて奮い立っていた頃だ。
「高校入試の時も思ったけど理央は目標を達成するために本当に努力するよな。西高だってギリギリだって言われてたのにすげぇよ」
「あれは朔のお陰だよ。俺、朔のためなら自分でも信じられないくらい頑張れるんだ。西校に行こうと思ったのも朔の隣にいたかったからだし。……ま、今はこうして隣にいられるからいいけども」
握った手を机の下でぶらぶらと揺らす。
「そういえば思い出したんだけど、おれ先輩から西校に誘われた時点では候補の一つでしかなかったんだよ。で、理央が行きたいって言ってたから本命になったんだ」
「俺そんなこと言ってないよ? 最初に言ったのは朔だろ?」
理央は不思議そうに首を傾げる。
「いや理央だよ。通学が〜成績が〜って西校に行きたがってた」
「あれは朔に合わせるためにそれらしい理由をつけただけで……ん、まさか」
「もしかして?」
ここでおれたちは顔を見合わせた。
「おれたち」
「盛大に勘違いしてた?」
断片的な情報からお互いの志望校を推測して、第一志望にした可能性がある。ずっと隣にいるために。
「……なんだよ、不合格であんなに落ち込んだのバカみたいじゃん」
「俺は朔と一緒ならどこでも良かったけどね。だから今も頑張ってるんだし」
「え? 今?……くしゅん!」
急に寒気がしてきた。外の冷気に当てられたのかな。
「大丈夫? 寒かったからね」
理央は自分のマフラーを広げておれの体に巻いてくれた。ふわりと優しく包みながら不意打ちで口にキスされる。甘酸っぱいレモンの味だ。
「隙アリ」
にやりと笑うのでなんだか悔しくなった。
「おまえなぁ……」
付き合い始めてから数えきれないくらいキスしているけど、理央は時々こういうイタズラをする。おれのびっくりする顔が好きらしい。
「――好きだよ、朔。大好きだ。これからもずっと一緒にいようね」
文句を言いたくても耳元で囁かれると何も言えなくなってしまう。
体の奥から心地よい熱が拡がり『好き』の気持ちがあふれそうになる。青臭い果実が熟すように、おれの心も身体も理央という熱によって発酵していくみたいだ。
「当たり前だろ。ずっと一緒にいよう、約束だ」
「うん」
視線と視線が絡みあえば、喉が渇きを訴えてくる。キスが欲しいって体が求めてる。
「……理央、あのさ」
「ふふ。朔はおねだり上手だね。目を見ればすぐに分かる」
そう言って深く優しいキスを贈ってくれる。誰にも気づかれない、フードコートの端っこで。
前に唇を重ねたときの柔らかな感触が蘇ってきて、思わずぎゅっと目をつぶった。やるなら早くやってくれーと祈る気持ちで待っていると「ふっ」と笑い声が聞こえた。
「……冗談だよ。ガチガチじゃん」
そっと肩を撫でられた。自分でも相当緊張していたらしく、体が強張って背中がプルプルしていた。
「キスされると思った? しないよ。朔は人前でされるのイヤでしょ?」
体を離し、落ち着きを取り戻すようにグラスを口にした。
そうだ。何かとスキンシップをとろうとする理央を拒絶していたのは自分だ。人前で触れられることが恥ずかしくて強がってしまった。
でも今は違う。理央のことが好きだと意識した今は。
「――……いいよ」
「え?」
理央は驚いたように目を丸くする。おれは自分から理央の手を取った。
「キスしたい、って言ったんだ。おれも理央のことが好きだから」
この前、若葉先輩にキスされそうになった時は『イヤだ』って思ったけど、理央とのキスを思い出しても全然イヤじゃなかった。その時点でもう答えは出てたんだと思う。
「好きになってくれてありがとう。おれも理央のことが好きだよ。だからここでキスしてほしい」
言えた。ちゃんと言えた。
理央に気持ちを伝えられた。
「――本当に、いいの?」
おれの覚悟を試すように身を乗り出してくる。
「……いいよ」
目を閉じた。
これまで散々拒絶してきた分、理央の好きにしてくれていい。そんな気持ちで体を委ねる。
理央は何も言わない。遠くで人の声と店内BGMが聞こえる。
――ギッ、と椅子が軋む音がした。
首の後ろに手をくぐらせ、後頭部を包まれる。ちらりと薄目を開けるとピンク色のネクタイが間近に見えた。
そして。
熱く、やわらかいものが――――
ちゅっ、と『額』に。
「おでこ!?」
目を開けるのと同時に理央が微笑んだ。
「人が増えてきたからデコチューで我慢してくれる?」
「あ、え? いつの間に」
さっきまで閑散としていたフードコートに人出が増えていた。席も三割くらい埋まっている。ただしおれたちの周りだけは不自然なほど人がいない。
「あとごめん、口に青のり付いてて笑い死にそうになってた」
くすくす笑いながら紙ナプキンで口元を拭ってくれる。
え、おれ焼きそばの青のり付けたままキスをねだってたのか?……恥ずかしすぎるだろ。
「うぅ、今ちょっと穴があったら飛び込みたいかも」
顔を覆って落ち込んでいるとそっと肩を抱いてくれた。
「――だめだよ。絶対に逃がさない」
低い声で囁く。
ぞくっとして理央を見るとにこにこと笑顔を浮かべていた。
「今はお預けだけど、二人きりになったときは遠慮しないから覚悟しておいて」
指でおれの唇を丁寧になぞる。予約済み、とマーキングされている気分だ。笑ってるけど目は笑ってない。まるで獲物を狙うような冷たく鋭い眼差しに理央の執着心が見え隠れする気がして、ちょっぴり怖気づく。
「お、お手柔らかに」
「もちろん。でも半年も我慢したから約束はできないかもね~」
白々しくうそぶく。
イケメン王子のこんな悪い顔を知っているのはおれだけだろう。
※ ※ ※
こうして、おれたちは恋人同士になった。
理央と会えるのは平日放課後のわずかな時間と空いている土日。決して長い時間ではなかったけど、もう二度と離れないようにと頻繁に連絡を取り合っていた。
雪が降りしきるクリスマスイブには理央の家に泊まりにいったし、正月は冷たい空気の中で一緒に初日の出を見た。おれたちの交際は順調に進んでいた。
「……あれ? お守り買ったのか?」
初詣からの帰り道、フードコートでお茶をしていると理央が真新しいお守りを取り出した。『学業成就』と刺繡された橙色のお守りだ。
「うん。資格取得の試験、頑張ろうと思って」
「どんな資格?」
「ヒミツ。そのうち分かるよ多分」
にやりと笑ってハニーレモネードを飲む。つい最近髪色を元に戻した理央だが、濡れたような黒髪もよく似合っている。
まぁいいか、と思いながらホットココアに口をつけた。舌先に広がるほのかな苦みを感じながら一年前のこの時期のことを思い出す。理央とお揃いのお守りを買って、高校入試に向けて奮い立っていた頃だ。
「高校入試の時も思ったけど理央は目標を達成するために本当に努力するよな。西高だってギリギリだって言われてたのにすげぇよ」
「あれは朔のお陰だよ。俺、朔のためなら自分でも信じられないくらい頑張れるんだ。西校に行こうと思ったのも朔の隣にいたかったからだし。……ま、今はこうして隣にいられるからいいけども」
握った手を机の下でぶらぶらと揺らす。
「そういえば思い出したんだけど、おれ先輩から西校に誘われた時点では候補の一つでしかなかったんだよ。で、理央が行きたいって言ってたから本命になったんだ」
「俺そんなこと言ってないよ? 最初に言ったのは朔だろ?」
理央は不思議そうに首を傾げる。
「いや理央だよ。通学が〜成績が〜って西校に行きたがってた」
「あれは朔に合わせるためにそれらしい理由をつけただけで……ん、まさか」
「もしかして?」
ここでおれたちは顔を見合わせた。
「おれたち」
「盛大に勘違いしてた?」
断片的な情報からお互いの志望校を推測して、第一志望にした可能性がある。ずっと隣にいるために。
「……なんだよ、不合格であんなに落ち込んだのバカみたいじゃん」
「俺は朔と一緒ならどこでも良かったけどね。だから今も頑張ってるんだし」
「え? 今?……くしゅん!」
急に寒気がしてきた。外の冷気に当てられたのかな。
「大丈夫? 寒かったからね」
理央は自分のマフラーを広げておれの体に巻いてくれた。ふわりと優しく包みながら不意打ちで口にキスされる。甘酸っぱいレモンの味だ。
「隙アリ」
にやりと笑うのでなんだか悔しくなった。
「おまえなぁ……」
付き合い始めてから数えきれないくらいキスしているけど、理央は時々こういうイタズラをする。おれのびっくりする顔が好きらしい。
「――好きだよ、朔。大好きだ。これからもずっと一緒にいようね」
文句を言いたくても耳元で囁かれると何も言えなくなってしまう。
体の奥から心地よい熱が拡がり『好き』の気持ちがあふれそうになる。青臭い果実が熟すように、おれの心も身体も理央という熱によって発酵していくみたいだ。
「当たり前だろ。ずっと一緒にいよう、約束だ」
「うん」
視線と視線が絡みあえば、喉が渇きを訴えてくる。キスが欲しいって体が求めてる。
「……理央、あのさ」
「ふふ。朔はおねだり上手だね。目を見ればすぐに分かる」
そう言って深く優しいキスを贈ってくれる。誰にも気づかれない、フードコートの端っこで。
