別々の高校に進学した元親友とフードコートで再会してから様子がおかしいのだが…

 放課後のフードコートはちょっとした異世界みたいだ。
 店から漂ってくるソースのいい匂いと揚げ物の香ばしさ、そこに飲み物の甘さと麺類のダシの香りがミックスされて空腹を刺激する。陽当たりの良い席では子どもを連れて親たちがお喋りしてて、一人席では老人が新聞を読んだりスーツ姿の会社員がパソコンをいじっていたりする。年齢も仕事も違う別々の人間が一ヵ所に集まってそれぞれ別々のことをしているのに何故か落ち着く。儀礼的無関心と言うらしい。
「おーい天宮(あまみや)、お待たせ!」
 クラスメートたちの姿が見えたので、読んでいた参考書をカバンへしまいこんだ。向かいの席に腰を下ろした杉本のトレイには二人分のセットが乗っている。
「席確保サンキュー! ほい、天宮の分。飲み物はレモンスカッシュだったよな」
「うん。ありがとな」
 おれの分のバーガーとポテト、ドリンクを並べてくれた。杉本諒平はクラス内では一番仲が良くて昼飯も一緒に食べている。ぱっと見は小柄だけど多彩な変化球を操る野球部のエースピッチャーだ。
 他の男子たちも席に座り、早速ポテトをつまんでいる。
「いやまじ、人が多すぎてビビったし。今日なんかあったっけ?」
「知らねー。なんかのイベントじゃねー?」
「それよりこの見て新作ラテ! ちょー可愛いでしょ!?」
 紅一点、山田さんから生クリームたっぷりのドリンクを見せつけられたおれは、
「あ……うん。かわいい、と思う」
 と曖昧に頷くしかなかった。山田さんはつまらなそうに唇を尖らせ、
「天宮くん反応薄ぅ」
 と、ラテ撮影会を続行している。
「まぁまぁ。んじゃ改めて慰労会しようぜ。せーの……」
「テスト終わったぜー」
「頑張ったあたしえらーい!」
「お疲れ様。結果がちょっと怖いけどな」
 ドリンクをカツンとぶつけあう。
 ストローを咥えると、舌の上でレモネードの甘さとピリピリとした炭酸が広がった。頑張ったあとに飲むレモンスカッシュはやっぱり格別だ。喉が渇いていたこともあって一回で半分ほど飲んでしまう。
 夏休み明けの今日は、テストの慰労会と称して大型ショッピングモール内のフードコートにやってきた。愛称はサクラ・フードコート。駅の目の前にあり、観光名所も徒歩圏内だ。蕎麦、ラーメン、焼きそば、ハンバーガー、牛丼など沢山の店が並んでいて、昼や土日は地元客や観光客で賑わう。
 平日のこの時間帯はあまり人がいないことが多いけど、今日はほぼ満席だ。
「いや~、まさか夏休み終わってすぐに実力テストがあるとは思わなかったぜ。こっちは甲子園の応援でそれどころじゃなかったのに、私立は容赦ないよなぁ」
 悪態をつきながら橙色のネクタイをゆるめる杉本。おれたちが通う橘田(きった)学園高校のイメージカラーだ。
 周りの男子たちが笑いながらポテトをつまむ。
「あんまり気を抜くなって夏休み前に先生が言ってただろ。あれ絶対前振りだったと思うぞ」
「そうだっけ? 忘れてた。オレ野球推薦で入学したから勉強の方はからっきしなんだよ」
「ねぅもう終わったことはどうでもいいじゃん。どうせ今回も天宮くんが一番でしょ? 参考書持ち歩いてるくらいのガリ勉だから当然だよねー?」
 ちらっと視線を向けられてドキッとした。
「……そんなことないって。たまたま、どうにかなってるだけだよ」
 にへらっ、と笑って嫌味を受け流す。心の内側に流れる濁った感情を隠すために。

 半年前、高校入試で本命に落ちたおれは滑り止めの私立橘田学園高校に進学した。
 受験に失敗したことを知っているのは家族と担任の先生、そしてアイツだけだ。仲のいい杉本にも話すつもりはない。いつか笑い話にできればと思うけど、まだ無理だ。不合格の瞬間をいまだに夢に見てしまうくらい未練がましく思っている。
 アイツともあれ以来会ってない。というより避けている。
 バッタリ出くわすことがないよう遅刻ギリギリの電車に乗り、家と駅と学校を機械的に往復するだけの日々。このフードコートもアイツと来ていた場所だから、めったに近づかない。通学途中の電車の窓から眺めるだけだ。
 そんなおれが今日ここへ来たのは「頭使いすぎて疲れたから慰労会しようぜ!」と誘われたからだ。山田さんや男子たちとは特別親しいわけではないが、部活が休みの杉本も来るというので付き合うことにした。
「ねぇねぇ知ってる? 夏休みの間にクラスの××と○○くんが付き合うことになったんだって。意外過ぎない?」
「そういう美咲ちゃんは彼氏いないの?」
「えー? いないよ。でも気になる人はいるかもー」
「マジマジ、すげぇ気になる!」
 山田さんはクラス内でも目立つ美少女だ。男子二人はまぎれもなく山田さん目的でここに来ているはずだ。
 一方、恋愛に無関心なおれと杉本は二人仲良くポテトをつまんでいた。
 いまはもう九月。入学して半年も経てばクラス内で親しい人間ができるのも当然だ。クラス内でそういう動きがあることも知っているけど、蚊帳の外にいるおれには関係ない。
 おれの心は、気持ちは、半年前のあの日から止まっている。
「な、天宮は好きなヤツいねぇの? 気になるヤツとか」
 男子に小突かれて、一瞬アイツの顔が浮かんだ。でもすぐに首を横に振る。
「いないよ。部活も委員会も入ってないし、出会いもない」
 最後にメッセージをやりとりしたのは四月の終わり。五月の連休中に同級会があるからと誘われておれが断ったときだ。『残念。また会おうな、二人きりでも』とアイツが返信してきたところで会話は終わっている。
 また会おうもなにも、どんな顔をしたらいいのか分からない。
 おれは不合格で、アイツは合格。同じ高校に行こうって約束を守れなかった。ダサいし、情けない。きっと軽蔑されているだろう。
「天宮くん顔はいいんだからそのモサい黒髪染めたら?」
「美咲ちゃん、言いすぎ。いくら事実でもオブラートに包むとかさ」
「ぎゃはは、おまえのがもっとひでぇこと言ってるし」
 三人が喋ってる。どうでもいい。なにもかも、どうでもいい。
 ポテトをかじると口内にしょっぱさが広がった。こんなに塩がきいていたっけ? アイツもここで食べるポテトは好きだったな。
 いまごろ元気にしてるかな。楽しい高校生活を送ってるかな。陽キャでイケメンのアイツならもう既に彼女ができていてもおかしくないよな。
「ん?――ねぁ、あそこ、桜が丘西の生徒じゃない?」
「え? 桜が丘西?」
 反射的に振り向くと数人の男子高校生が歩いていた。桜が丘西高校――通称、西高(にしこう)の生徒だ。顔立ちが幼いから、たぶん一年生。
 無地のワイシャツにグレイのスラックス、ピンク色のネクタイ。校名の『桜』に因んだ薄紅色のネクタイは男がしていても良く似合う。
 いいなぁ。
 本当ならおれもあの制服を着てフードコートに来ていたかもしれない。オープンスクールに行ったし、家からの通学ルートを自転車で回ってみたこともあるし、願掛けとして桜色のお守りも買った。
 ピンクのネクタイ似合うかなぁなんてアイツと笑いあっていたこともある。自分の合格をなんら疑うことなく、アイツと肩を並べる未来を想像して。
「……バカみたいだ、おれ」
 ぱくっ、とバーガーにかぶりつく。レタスのパリッとした食感のあと、濃厚なタレが広がった。こっちも少ししょっぱい。でも今のおれにはこれくらいが丁度いい。
「そうそう、西高に気絶しそうなほどカッコイイ一年生がいるんだって」
 山田さんが声を弾ませた。
「モデル並みにスタイルが良くて、顔もちょーイケメン。ヤバすぎるって動画回ってきたもん。見てこれ……」
 興奮気味にスマホを操作しようとした刹那、肘がドリンクに当たった。ガシャン! と派手に倒れて斜めにいたおれの領域に侵食してくる。
「きゃっ、ごめんなさーい!」
 山田さんが慌ててティッシュを取り出すが間に合わず、おれのポテトがラテまみれになった。でも被害といえばそれくらいだ。
「ごめんね天宮くん、悪気はなかったの。許してくれる?」
 しおらしく手を合わせてくる山田さん。茶色くなったポテトを眺めているとどうしようもない虚しさが襲ってきたが、ここで何か言ったところで山田さんの機嫌を損ねるだけだ。クラスの一軍女子である彼女を敵に回したくない。
「うん、気にしなくていいよ。今日あんまりお腹空いてなかったし」
「ほんとー? 天宮くん優しー!」
 向かいの杉本が「オレの食べるか?」と差し出してきたが、断った。
「おれ、台拭き持ってくる」
 笑顔で立ち上がり、フードコートに備え付けられた洗面台に向かった。蛇口から流れる水音にまぎれてハァとため息をつく。
 息苦しい。狭い箱に押し込められて身動きとれないみたいだ。
 中学の頃は……いや、アイツと一緒にいた頃には抱かなかった感情だ。アイツはいつもおれのことを気にしてくれて、飲み物をこぼせば自分のこと以上に騒いで、優しくて、スマホでよそ見することもなかった。いつだって真っ直ぐにおれを見てくれていた。――もう二度と、会うことはないだろうけど。
 更に深いため息をついた時、後ろが話し声がした。
「え……また告白されたの? で、断った? 入学から半年で一体何人泣かせる気なんだよ?」
「俺が頼んでるわけじゃない。向こうから勝手に来るんだよ」
「モテすぎるのも大変だね、五十嵐くんは」
 五十嵐?
 聞きなれた苗字に興味を引かれて振り向いた瞬間、パチッと目が合った。すらりと背が高く、茶色く染めた風が空調で揺れている。大きな二重の瞳は驚いたように見開かれていた。
「…………朔?」
「理央……」
 驚いたように目を見開いているのは元親友――五十嵐 理央だった。