テスト期間が終わった。クラスメートたちはテストから解放された喜びいっぱいに教室を出て行く。おれの周りはとても静かだ。
今日は木曜日。
理央とはあれ以来会ってない。連絡しようと思ってもタイミングを逃して、そのままになっている。こうやって疎遠になっていくのかもしれない。
「天宮! 久しぶりにフードコート行かないか? 慰労会しようぜ」
杉本が明るく背中を叩いてきた。
「今日はちょっと用事があって」
ウソをついた。
「じゃあ明日は? 来週は? いつなら行ける?」
「杉本はほぼ毎日部活だろ?」
「ああ、そうだった……」
残念がる杉本。応援すると言ってくれたから申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、今は心の底がとても冷たい。冷たすぎて何も感じない。
「おれ今度部活に入ろうと思ってるんだ。これ入部届。野球部のマネージャーやろうと思って」
約束のない空虚な放課後を埋めるためには強制的にどこかに縛られた方がいいと思った。甲子園常連の野球部に入れば空白はあっという間に埋められるに違いない。
杉本は入部届とおれの顔を交互に見た。信じられない、といった表情で。
「……本気で言ってんの?」
「一度やってみたかったんだ。これから先生のところに行こうと思っ……」
「嘘つけ!」
乱暴に入部届を奪われた。
「逃げるための口実としか思えない。そんなに親友くんに会うのが怖いのか?」
どきっとした。
言い返せない。
「マジでどうしたんだよ? 文化祭のあとから変だぞ。何があったんだ? 言ってみろよ」
心配そうに両肩を掴んできた。でもおれは杉本の顔を見られない。
「心底自分がイヤになっただけだよ。だれかに好きになってもらう資格なんてないって気づいたんだ」
おれは弱い。
合否発表では理央の不幸を願い、文化祭では理央を傷つけ、いまも向き合う勇気がない。ズルくて醜い人間だ。
「……全っ然分かんねぇ。好きになるのに資格がいるとかいらないとか、ごちゃごちゃ考えるのは苦手だ。でも、これだけは分かる」
入部届をビリッと二つに裂いた。「おい!」と非難の声を上げるもビリビリと容赦なく裂いていく。
「野球部舐めんじゃねえよ。おまえみたいな辛気臭いマネージャーがいたら勝てるもんも勝てねぇ、こっちは人生賭けてんだ!」
何も言い返せなかった。
杉本の言うとおりだ。おれみたいな素人がいたら足手まといになる。
「帰宅部。おまえは帰宅部だ。さっさと帰って頭冷やせ!」
まっすぐ教室の入口を示される。
目の前から消えろ、ということだ。いよいよ杉本にまで愛想を尽かされたのだ。
「分かった……消えるよ」
カバンを掴み、震える足で歩き出す。まるで真っ暗なトンネルの中を歩いているようだ。自分の足元すらハッキリ見えない。
教室を出ようとした時、杉本が腕を掴んできた。
「これは口止めされてたんだけど、親友くん、文化祭の翌日オレに電話してきたんだ」
「……理央が?」
「おまえの体調が悪そうだったから心配してたよ。自分は隣にいられないから様子みてやってほしいって頼まれた」
あんなに一方的な別れ方をしたのに、おれを心配してくれたのだ。
中学の同級生二人に詰め寄られた時も、ボーリングの時も、若葉先輩に絡まれた時も、いつだっておれを守ってくれた。
「オレも大地に会いたくて野球を続けてたんだ。この学校に入ったのも強豪校ならもしかして、と思ったから。おまえには成り行きで付き合った的なこと言ったけど、そんな軽い気持ちじゃないんだよ、本気なんだ。……だから怖かった。好きだって一言告げたら、下手したらもう二度と友だちに戻れないどころか嫌われるかもしれないんだぜ? 恐怖でしかない。天宮にもこの気持ち……分かるだろ?」
分かるさ。
おれは自分の汚いところを知られて嫌われるのが怖かった。
理央はおれにキスしたことで嫌われると思い込んで眠れなかった。
同じなんだ。おれたちは。
「もう面倒臭いから白状するけど、今日は無理やり引きずってでもフードコートに連れていくつもりだったんだ。親友くんが待ってるあの場所へ。でももういい、天宮が選べよ。おまえはどうする? どんな未来を選ぶんだ? 何を選んで、何を捨てるんだ?」
選ぶ?
捨てる?
突然言われても心の整理がつかない。
「親友くんは喪うリスクを犯してまで告白してきた。天宮にできるのは受け取ったボールを返すか返さないか、それだけだ」
唇を噛みしめていると、風が吹き込んできた。
誰かが窓を開けっぱなしにしていたらしい。カーテンが大きくはためき、ビリビリに裂かれた入部届が舞い上がる。紙片の一つがおれのカバンの隙間に入り込んだ。そこにあるのはピンクのネクタイ。理央がくれたものだ。
脳裏に理央の顔が浮かんだ瞬間、ぶわっと涙があふれ出した。
「え、ちょ、泣くなよ。そんなにビビんなくても」
杉本は自分のせいだと思って慌てている。
ちがう、と必死に首を振るのが精いっぱいだ。
「オレは怒ってるわけじゃないからな。それに天宮がどっちを選んでもオレは友だちのままだ。そこは心配しなくていいからな、自分を信じろ」
ぽんぽん、と肩を叩かれたせいだろうか。少しだけ体が軽くなった。
「――……ありがとう、杉本」
「よし、いい顔になったな。じゃあ行ってこい。ありったけの気持ちをぶつけてこい!」
トン、と背中を押される。
決して強い力ではなかったけど、エンジンがかかったみたいに足が前へ前へと進んでいく。
会いたい。
会いたい。
会いたくてたまらない。
フードコートでどんな顔して待っているんだろう、最初は何を話そう、お腹を空かせたりしていないだろうか。相手のことばかり考える。
あぁ、理央はいつもこんな気持ちでおれに会いに来ていたのか。
最寄り駅から全力疾走でサクラ・フードコートに駆け込むとがらんとしていた。ぽつぽつと人が座っているだけでいつもとは別世界のように閑散としている。
理央は――……いない。
隅から隅まで歩き回るが、よく座ってたテーブル席にも、キスされたカウンター席にも、店の前にもいない。
来てない?
それとも帰った?
おれに会いたくなくて?
おれのことが嫌いになったから?
「だったら……おれが」
会いたくないからこっちから会いに行くだけだ。
理央がおれを探してくれたように思い出の場所を巡って見つけるだけだ。
今度はおれが腕を掴まえて、そして、ちゃんと言うんだ。
理央のことが好きだって――……。
「…………朔?」
振り向くと本屋の紙袋を抱えた理央が佇んでいた。
「ちょっと参考書買いに行ってて……。来てくれたんだね。うれしいよ」
「理央、おれ……おれ……」
ぼろっと涙がこぼれた。言いたいことはたくさんあったはずなのに何ひとつ言葉にならなくて、胸に飛び込むしかなかった。腕にしがみつき、叫ぶ。
「ごめん! おれがバカなせいで迷惑かけてごめん! こんなやつ嫌われても仕方ないと思うけどこれだけは言わせて欲しい。おれは理央のことが――」
大きく息を吸った直後。
ぐぅううううううう~……と派手にお腹が鳴った。
よりによってこのタイミングで?
「あ、えと」
どうしたものかと固まっていると理央がぷるぷると震え出した。
「……ぷ、ふぷ、あはははは!!」
腹を抱えて笑い出す。
「そ、そんなに笑わなくもいいじゃないか」
生理現象だけど恥ずかしくなってきた。
「ごめんごめん。良かったら焼きそばでも食べる? 奢るよ」
理央は笑いながら近くにあった鉄板焼きのカウンターに向かった。
勢いで告白しようと思っていたおれも空腹には勝てず、大人しく理央の隣に並ぶ。
「朔、来てくれてありがとう」
優しく手を握られた。
「食べながらでいいから聞いてくれる? 今年の三月――俺が朔のことを『諦めた』日のことを」
今日は木曜日。
理央とはあれ以来会ってない。連絡しようと思ってもタイミングを逃して、そのままになっている。こうやって疎遠になっていくのかもしれない。
「天宮! 久しぶりにフードコート行かないか? 慰労会しようぜ」
杉本が明るく背中を叩いてきた。
「今日はちょっと用事があって」
ウソをついた。
「じゃあ明日は? 来週は? いつなら行ける?」
「杉本はほぼ毎日部活だろ?」
「ああ、そうだった……」
残念がる杉本。応援すると言ってくれたから申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、今は心の底がとても冷たい。冷たすぎて何も感じない。
「おれ今度部活に入ろうと思ってるんだ。これ入部届。野球部のマネージャーやろうと思って」
約束のない空虚な放課後を埋めるためには強制的にどこかに縛られた方がいいと思った。甲子園常連の野球部に入れば空白はあっという間に埋められるに違いない。
杉本は入部届とおれの顔を交互に見た。信じられない、といった表情で。
「……本気で言ってんの?」
「一度やってみたかったんだ。これから先生のところに行こうと思っ……」
「嘘つけ!」
乱暴に入部届を奪われた。
「逃げるための口実としか思えない。そんなに親友くんに会うのが怖いのか?」
どきっとした。
言い返せない。
「マジでどうしたんだよ? 文化祭のあとから変だぞ。何があったんだ? 言ってみろよ」
心配そうに両肩を掴んできた。でもおれは杉本の顔を見られない。
「心底自分がイヤになっただけだよ。だれかに好きになってもらう資格なんてないって気づいたんだ」
おれは弱い。
合否発表では理央の不幸を願い、文化祭では理央を傷つけ、いまも向き合う勇気がない。ズルくて醜い人間だ。
「……全っ然分かんねぇ。好きになるのに資格がいるとかいらないとか、ごちゃごちゃ考えるのは苦手だ。でも、これだけは分かる」
入部届をビリッと二つに裂いた。「おい!」と非難の声を上げるもビリビリと容赦なく裂いていく。
「野球部舐めんじゃねえよ。おまえみたいな辛気臭いマネージャーがいたら勝てるもんも勝てねぇ、こっちは人生賭けてんだ!」
何も言い返せなかった。
杉本の言うとおりだ。おれみたいな素人がいたら足手まといになる。
「帰宅部。おまえは帰宅部だ。さっさと帰って頭冷やせ!」
まっすぐ教室の入口を示される。
目の前から消えろ、ということだ。いよいよ杉本にまで愛想を尽かされたのだ。
「分かった……消えるよ」
カバンを掴み、震える足で歩き出す。まるで真っ暗なトンネルの中を歩いているようだ。自分の足元すらハッキリ見えない。
教室を出ようとした時、杉本が腕を掴んできた。
「これは口止めされてたんだけど、親友くん、文化祭の翌日オレに電話してきたんだ」
「……理央が?」
「おまえの体調が悪そうだったから心配してたよ。自分は隣にいられないから様子みてやってほしいって頼まれた」
あんなに一方的な別れ方をしたのに、おれを心配してくれたのだ。
中学の同級生二人に詰め寄られた時も、ボーリングの時も、若葉先輩に絡まれた時も、いつだっておれを守ってくれた。
「オレも大地に会いたくて野球を続けてたんだ。この学校に入ったのも強豪校ならもしかして、と思ったから。おまえには成り行きで付き合った的なこと言ったけど、そんな軽い気持ちじゃないんだよ、本気なんだ。……だから怖かった。好きだって一言告げたら、下手したらもう二度と友だちに戻れないどころか嫌われるかもしれないんだぜ? 恐怖でしかない。天宮にもこの気持ち……分かるだろ?」
分かるさ。
おれは自分の汚いところを知られて嫌われるのが怖かった。
理央はおれにキスしたことで嫌われると思い込んで眠れなかった。
同じなんだ。おれたちは。
「もう面倒臭いから白状するけど、今日は無理やり引きずってでもフードコートに連れていくつもりだったんだ。親友くんが待ってるあの場所へ。でももういい、天宮が選べよ。おまえはどうする? どんな未来を選ぶんだ? 何を選んで、何を捨てるんだ?」
選ぶ?
捨てる?
突然言われても心の整理がつかない。
「親友くんは喪うリスクを犯してまで告白してきた。天宮にできるのは受け取ったボールを返すか返さないか、それだけだ」
唇を噛みしめていると、風が吹き込んできた。
誰かが窓を開けっぱなしにしていたらしい。カーテンが大きくはためき、ビリビリに裂かれた入部届が舞い上がる。紙片の一つがおれのカバンの隙間に入り込んだ。そこにあるのはピンクのネクタイ。理央がくれたものだ。
脳裏に理央の顔が浮かんだ瞬間、ぶわっと涙があふれ出した。
「え、ちょ、泣くなよ。そんなにビビんなくても」
杉本は自分のせいだと思って慌てている。
ちがう、と必死に首を振るのが精いっぱいだ。
「オレは怒ってるわけじゃないからな。それに天宮がどっちを選んでもオレは友だちのままだ。そこは心配しなくていいからな、自分を信じろ」
ぽんぽん、と肩を叩かれたせいだろうか。少しだけ体が軽くなった。
「――……ありがとう、杉本」
「よし、いい顔になったな。じゃあ行ってこい。ありったけの気持ちをぶつけてこい!」
トン、と背中を押される。
決して強い力ではなかったけど、エンジンがかかったみたいに足が前へ前へと進んでいく。
会いたい。
会いたい。
会いたくてたまらない。
フードコートでどんな顔して待っているんだろう、最初は何を話そう、お腹を空かせたりしていないだろうか。相手のことばかり考える。
あぁ、理央はいつもこんな気持ちでおれに会いに来ていたのか。
最寄り駅から全力疾走でサクラ・フードコートに駆け込むとがらんとしていた。ぽつぽつと人が座っているだけでいつもとは別世界のように閑散としている。
理央は――……いない。
隅から隅まで歩き回るが、よく座ってたテーブル席にも、キスされたカウンター席にも、店の前にもいない。
来てない?
それとも帰った?
おれに会いたくなくて?
おれのことが嫌いになったから?
「だったら……おれが」
会いたくないからこっちから会いに行くだけだ。
理央がおれを探してくれたように思い出の場所を巡って見つけるだけだ。
今度はおれが腕を掴まえて、そして、ちゃんと言うんだ。
理央のことが好きだって――……。
「…………朔?」
振り向くと本屋の紙袋を抱えた理央が佇んでいた。
「ちょっと参考書買いに行ってて……。来てくれたんだね。うれしいよ」
「理央、おれ……おれ……」
ぼろっと涙がこぼれた。言いたいことはたくさんあったはずなのに何ひとつ言葉にならなくて、胸に飛び込むしかなかった。腕にしがみつき、叫ぶ。
「ごめん! おれがバカなせいで迷惑かけてごめん! こんなやつ嫌われても仕方ないと思うけどこれだけは言わせて欲しい。おれは理央のことが――」
大きく息を吸った直後。
ぐぅううううううう~……と派手にお腹が鳴った。
よりによってこのタイミングで?
「あ、えと」
どうしたものかと固まっていると理央がぷるぷると震え出した。
「……ぷ、ふぷ、あはははは!!」
腹を抱えて笑い出す。
「そ、そんなに笑わなくもいいじゃないか」
生理現象だけど恥ずかしくなってきた。
「ごめんごめん。良かったら焼きそばでも食べる? 奢るよ」
理央は笑いながら近くにあった鉄板焼きのカウンターに向かった。
勢いで告白しようと思っていたおれも空腹には勝てず、大人しく理央の隣に並ぶ。
「朔、来てくれてありがとう」
優しく手を握られた。
「食べながらでいいから聞いてくれる? 今年の三月――俺が朔のことを『諦めた』日のことを」
