別々の高校に進学した元親友とフードコートで再会してから様子がおかしいのだが…

 やっぱりダメだ。理央じゃないと。
「やだ――」
 必死に体を離そうとした刹那、
「さわるな」
 先輩の顔を塞ぐように青いクリップボードが現れた。
 横を見ると鬼のような形相をした理央が佇んでいる。
「俺の朔に何してんですか」
 うなるような声で威嚇し、おれの肩を抱いて自分の側に引き寄せる。引き剥がされた若葉先輩が乾いた笑い声をあげた。
「邪魔すんなよ、いいところだったのに」
「冗談でもやっていいことと悪いことがありますよ、先輩」
 軽口を叩いているが目は笑ってない。本気でキレている証拠だ。おれの体をぎゅっと抱きしめてテコでも離さない様子だ。
 先輩も呆れたように肩をすくめた。
「親切心で教えてやったんだよ、おまえの本当の姿を」
「なんですか本当の姿って」
「イケメン王子なんて呼ばれてるが実際はただの遊び人。入学から半年でたくさんの女を泣かせてきた最低なヤツだってことをさ。最初の彼女みたいに泣かされたら可哀想だろう」
 彼女という言葉が出た瞬間、理央が息を呑むのが分かった。
「図星だろ? 純粋な朔が騙されたら気の毒だから忠告してやったんだよ。ありがたく思え。……じゃあまたな、朔」
 先輩は飴玉を頬張ると片手を挙げてその場を去って行った。
 理央は唇をきつく結んだままおれを抱きしめている。
 恐る恐る声をかけた。
「…………理央」
「あ、ごめん。痛かったね」
 慌てて手を放す。表面的には笑顔を浮かべているけど、どことなく暗い表情だ。
「大丈夫だった? 変なこと言われなかった?」
 先輩が見せてくれた画像がチラついた。見知らぬ女性と仲睦まじく映っていた姿が。
「彼女がいたって。先輩が写真見せてくれて……。すごくお似合いだった」
 話しながら心臓がとくとくと鳴るのが分かった。本当は知りたくない。でも聞かずにはいられない。
 理央は最初ためらっていたが、やがて大きな息を吐いた。
「うん。元カノ。入学して間もなく告白されて、付き合った。一ヶ月ももたずに別れたけど」
 ぎゅっと胸が痛くなる。
 理央の口から『元カノ』という言葉が出てショックを受けている自分がいた。
 彼女がいてもおかしくないと頭では分かっているのに指先が冷たくなっていく。
「でも誓って彼女はその一人だけだ。夢の国で集団デートしたくらいで、手も繋いでないし、キスもしてない。別れたあと他の人たちから告白されても全部キッチリ断ってる。俺が本当に好きなのはたった一人だけ――」
 手を握られそうになった刹那、
「っ!」
 反射的に振り払ってしまった。
 あまりに無意識だったのでハッと我に返る。
「あ、わる……い」
 自分でも驚いたし理央はもっと驚いただろう。瞳を潤ませて傷ついたような顔をしてる。こんな顔、させたくなかったのに。

 胸が痛い。
 なんでこんなに苦しいんだろう。
 息ができない。逃げ出したい。

「――おれ帰る。まだちょっと体調が万全じゃないみたいだから。時間作って来てくれたのにごめんな」
「ぁ……」
 何か言いたげに理央が口を開く。
 でも何も言わず、唇を噛んでうつむいた。
「分かった。……玄関まで送っていこうか?」
「大丈夫、休憩中なんだからゆっくりしててくれ。『部外者』のおれには構わなくていいから」
 自分で言いながらどんどん寂しくなってる。
 これ以上ここにいたら泣いてしまうかもしれない。
「じゃあな」
 手を振って背中を向けた。
 歩き出そうとした瞬間、ぐっと腕を掴まれる。
「また会える……よね?」
 おれとの関係を必死に繋ぎとめようとしている。
 ともすれば簡単に千切れそうな『元親友』という細い糸を握り締めて。
「分かんない。もうすぐテストがあって、ちょっと忙しくなるから」
「そっ……か……」
 指先から力が抜けて解放される。
「ありがとう。理央。……ごめん」
 それだけ告げて足早に第二体育館をあとにした。

 駅までの道をとぼとぼ歩きながら自己嫌悪に陥っていた。
 おれはなんて最低な人間なんだろう。
 入試の結果発表の時も、今回も、理央の気持ちを知りながら拒んで。あんなに辛そうな顔をさせて。傷つけて。
「全部おれのせいじゃんか。おれがバカだから……」
 ぽつりぽつりと地面に染みが生まれていく。
 泣く資格なんかない。泣きたいのは理央の方だ。頭では分かってるのに止まらない。
 なんでこんなに胸が痛いんだろう。理央のことを考えると自分が自分じゃないみたいだ。熱くて、苦しくて、胸がいっぱいになる。
 杉本が言ってた『関係を繋いでおきたい特別な相手』――ああそうか、こんなに心が揺さぶられるのは、好きだからだ。
 おれは理央が好きだ。
 大好きだ。
 こんなシンプルなことにどうして気がつかなかったんだ。
「うっ……うぅ……」
 あふれる涙ごと自分を抱きしめる。
 もうおれを抱きしめてくれる大きな腕はないのだと知りながら。