別々の高校に進学した元親友とフードコートで再会してから様子がおかしいのだが…

 地図を見ると第二体育館はそれほど遠くない場所だったけど、迷子になってはいけないので空き教室を出てすぐに向かった。
 途中の第一体育館はイベントをやっているのか外からでも大音量のBGMが聞こえてきたけど、少し離れた第二体育館は閑散としており、客も生徒も見当たらない。
 裏側にまわると、フェンスと体育館に挟まれたこじんまりしたコンクリートのスペースがあった。近くに目隠しの常緑樹が植えられており、丁度よく日陰になっている。とても静かで落ち着くところだ。理央がここを休憩場所に選ぶ気持ちがよく分かる。
 おれは段差のところに腰を下ろし、そっと目蓋を閉じた。
 風が吹いてきてザワザワと木々が揺れる。気持ちいい。体に溜まった熱が引いていく。
 このまま寝そべりたいなと思っていた時、体育館の扉がガラッと開く音がした。思ったより早い。
「理央、早かっ――……え?」
 扉の向こうから現れたのは部分的に髪を赤く染めた黒髪の男子生徒だった。眉毛は細く剃られ、耳には大きなピアスを嵌めている。上級生かもしれない。
「すみません。人違いでした!」
 慌てて頭を下げる。相手の人はじろじろと不審そうな目でおれを見ていた。それもそうだ、来客リボンをつけた人間がひと気のない体育館裏にいたら誰でも警戒するだろう。でも理央を約束している以上ここを離れるのは得策ではない。どうやったらこの人は帰ってくれるだろう。
「お前もしかして」
 大股でずんずんと近づいてきた。
 顎をぐっと掴まれ、無理やり上向きにされる。瞳にカラコンを入れているみたいだけど、この顔、どこかで見たような……。
「あまみや さく」
 どきっとした。
「……なんでおれの名前を?」
 恐る恐る問いかけると、にっ、と唇が上がった。
 嬉しそうに目を細め、もう一度、おれの名前を呼ぶ。
「天宮朔――……会いたかったぜ」
 ぞわぞわと鳥肌が立った。
 会いたかった? なんだそれ。
「やめてください! あなたは誰なんですか!?」
 必死に腕を振りほどいて離れると、相手はつまらなそうに唇を尖らせた。
「覚えてないのか?」
「まったく知らない赤の他人です!」
 きっぱり言い切るとポケットをごそごそとあさって拳を突き出してきた。
「そんなに警戒するなよ。飴でも食べるか?」
「……飴?」
 開かれた手のひらには黄色いパッケージの飴玉が乗っていた。中学の頃によく舐めていた飴だ。レモン味で酸っぱいけど何故か病みつきになる味だった。
 ある人物の名前が脳裏に浮かぶ。
「………もしかして若葉先輩?」
 おそるおそる名前を呼ぶとニカッと歯を見せた。
「正解。気づくのがおせーよ、天宮朔」
 腕を伸ばしてわしゃわしゃと髪をかき混ぜてくる。
 若葉カイト。理央が所属していたバスケ部の一学年上の先輩だ。おれはバスケ部じゃないけど理央が出場する練習試合や地区大会を観に行くことが多くて、その度に「飴いるか?」と声を掛けられていた。
「でも見た目が……」
 中学時代の先輩は黒髪に黒縁眼鏡のインテリ系。いつも無表情で怒っているような雰囲気だった。飴をくれる時の表情は優しかったけど、少なくとも髪を染めてピアスを開けるようなキャラではなかった。
「ああこれ? ダサい自分を変えたくてイメチェンしたんだよ。もうバスケはやってないけど、これでも生徒会の執行部やってる」
 と、腕の赤い腕章を見せてくる。
 ボーリングしている時に電話してきたのもこの人かも知れない。
「ぼーっと立ってないで座れよ。理央に会い来たのか?」
「あ……はい。生徒会の仕事で忙しいみたいなので待ち合わせしてて」
 おれが座ると先輩もすぐ真横に腰を下ろした。肩が触れ合うくらいの距離だ。
「忙しいのは仕方ないだろ。今年の招待券の配布枚数は去年の三倍以上、過去最多だそうだ。イケメン王子だとか話題になって、あいつ目当ての来校者が多いんだよ。特に女性の」
 先輩は手に持っていた缶のプルタブをひねった。ぐびっ、と口をつけてからおれの方に差し出してくる。
「飲むか? レモンスカッシュ。好きだろ?」
「飴あるんでお気持ちだけで結構です」
 丁重に断り、包みを破いて飴玉を口に含んだ。甘酸っぱいレモンが口いっぱいに広がる。懐かしい。そういえば先輩がくれた飴がきっかけでレモン系のものが好きになったんだっけ。レモンスカッシュを飲むようになったのも先輩が奢ってくれたからだ。
「いま高校はどこなんだ?」
「橘田学園です。今日は友だちと一緒に来たんです。そいつ野球部で、西高に元チームメイトがいたらしくて……」
 無理やり話題を変えた。志望校の話をされるだろうから高校の話はしたくなかった。
 理央、早く来ないかな。焦りのせいか飴をガリガリと噛んだ。
「――――なぁ、朔」
 突然名前を呼ばれ、乱暴に引き寄せられる。ガラスみたいに無機質な目がおれを見てた。
「なんで西高に来なかった? おまえが来るのを心待ちにしていたのに」

 思い出した――。
 おれが西高を志望校にした理由。

 先輩たちが卒業する日、在校生には一本ずつ花が配られた。お世話になった人に花を渡してお礼を言うという恒例行事の一環だった。部員は先輩たちへ、部活に入ってない生徒は離任する先生や家族に渡してもいいことになっていた。
 部活に入ってなかったおれは持ち帰るつもりでいたが、帰りがけ、廊下で若葉先輩の姿を見かけた。お世話になったと言えばなったかもしれないと考え、気まぐれに声を掛けた。
『先輩。いつも飴くれてありがとうございました。高校でも頑張ってください。この花、良かったら』
 それだけ言って別れるつもりだったのに、先輩は今みたいにおれを抱き寄せて、
『桜が丘西へ来いよ。待ってるから』
 と囁いた。
 当時まだ進路のことをなにも考えていなかったおれは、先輩の一言で桜が丘西高校を意識するようになったのだ。

「仕方なかったんです。おれだって本当は…………してください。離してください……おねがいします……」
 腕に食い込んだ指が痛い。先輩の目を見ることができず、懇願するように頼むしかなかった。
「悪かったな」
 指が離れても視線だけは外してくれない。怖い。早く理央に抱きしめてもらいたい。
「そっちにも事情があったなら深く追及するつもりはない。でも、理央はやめとけ。あいつは高校に入ってから女をとっかえひっかえ付き合ってる最低な奴だ」
 どくん、と心臓が重く拍動した。
「うそだ。だって理央は彼女はいないって……全部断ってるって……」
「『付き合って』なくても相手は選びたい放題だろ。ほら」
 先輩のスマホには理央とともに綺麗な女性が映っていた。
 夢の国でお揃いのカチューシャをつけ、頬を寄せ合ってピースしている。これがデートでなくてなんなのだろう。
「相手は生徒会のメンバーで、夢の国で理央とデートしたらしい。結局一ヶ月も経たずに別れたけど、その後も女生徒との噂は後を絶たない。さんざん女遊びしておきながら朔にも気がある振りをするなんて不誠実だと思わないか? オレなら絶対にしない」
「……どういう意味ですか?」
 問いかけると、こらえきれないように笑い声を上げた。
「告白してるんだよ、鈍いな。そういうところも好きだけど」
 優しく引き寄せて、冷たい手で頬を包まれる。
「朔は揶揄(からか)われてたんだよ。可哀想に」
 顔が近づいてくる。
 カラコンの青い瞳に吸いこまれそうだ。
 ダメだ、離れなくちゃ、と思うのに体に力が入らない。
 おれは…………。