別々の高校に進学した元親友とフードコートで再会してから様子がおかしいのだが…

 受付で招待券を渡して記帳すると来客用のリボンと校内案内図が渡された。地図には展示やイベントスペースが書かれていて、立入禁止の看板や施錠された教室以外は自由に見て回っていいそうだ。
 もらった地図を眺めていると懐かしさでいっぱいになった。中三のオープンスクールの時も案内図をもらって、わくわくしながら見て回ったな。理央と一緒に。
「天宮、まずは大地たちの教室に行ってみようぜ」
「分かった。須藤くんは教室にいるのか?」
「いや、いないはず。野球部で焼きそばの屋台やってて昼まで当番なんだってさ」
「じゃあ昼前になったら焼きそば買いに行こう。顔見せに行ったら喜ぶと思うし」
「オッケー、後で行ってみるか。親友くんはどこにいるんだ?」
「さぁ? 誘われなかったからどこで何をしてるのか……あっ」
 廊下に置かれた大きなモニターに視線が釘付けになった。
 流れているのは来客向けの校内活動を紹介する動画だ。入学式や部活動、修学旅行や地域活動などの様子だ。その中に理央が映っている。
 文化祭の準備映像だろうか、会議室らしきところで打合せしている理央、入口のゲートを組み立てる様子を見守るジャージ姿の理央、前夜祭で花火を配っている理央、周りと楽しそうに笑い合っている理央……おれの知らない日常風景が次々と流れてくる。なんだか遠い存在だ。
「天宮? 泣いてるのか?」
「目にゴミが入っただけ。ごめん、教室に行こう」
 ちくっと痛む気持ちをぐっと飲み込んだ。今日はセンチメンタルなのはやめやめ。せっかくだから楽しもう。
「こっちだ、一年四組。三階まで走って行こうぜ!」
 野球部のトレーニングか、と思う速さで階段を駆け上がっていく杉本。おれは陽当たりのよい階段をゆっくりのぼり、一年四組の教室に辿り着いた。
 案内図によると、一年生は学校の歴史とか学級新聞とかの展示スペースになってて教室内での大きな催しはないようだ。机と椅子は全部端にまとめられていて、どれが理央の机なのかは分からない。
「ここか」
 教室の真ん中に立って、理央が見ている風景を想像してみる。
 差し込む風の涼しさと廊下から聞こえてくる賑やかな声。ここでどんな授業を受けているんだろう。席はどこで、どんな先生がいるんだろう。休み時間はどこで過ごして、なにを食べているんだろう。時々授業中におれに送ってくるメッセージは、どんな顔で考えているんだろう。
 つん、と鼻の奥が痛くなった。
 ここにいたかったなぁ。理央と一緒に高校生活送りたかったなぁ。
「ごめんな、熱のせいで泣きっぽくなってて」
 ごしごしと目元を拭うと杉本は「そういうこともあるよな」と笑ってくれた。深く聞かないでくれる気遣いがありがたい。

 展示物を一通り見て廊下を歩いていると、杉本が「みろ」と示した。
「親友くんだ」
「え?」
 三階までの吹き抜けスペースがあり、一階の玄関付近を見下ろすことができた。
 左腕に赤い腕章を巻いた理央が小さな子供を抱きかかえていた。長身で目立つから遠くても一目で分かる。どうやら迷子らしく、泣きじゃくる子どもの背中を撫でてあやしている。別のところから母親らしき人が駆け寄ってきて、無事に再会。
 ひと安心と思いきや今度は別の女性がやってきて、地図を見せながらなにか尋ねている。ここからじゃ声は聞こえないけど道を聞かれているらしく、理央は身振り手振りで説明しているようだ。
 その女性が会釈をしながら立ち去ると、入れ替わりに教師らしきスーツ姿の男性が近づいてきた。少し話したあと、理央は脇に抱えたクリップボードを見ながらスマホでどこかに電話しつつ離れていく。とても忙しそうだ。
「親友くん、すっげぇ大変そうだな」
「生徒会に入ってるから仕事があるんだと思う」
 おれを呼ばなかったのは、この忙しさが分かっていたからなんだろう。これから昼でどんどん人が来て忙しくなるのに、ちゃんと飯食べられるのかな。
 心配になりながらもその場を離れて中庭に向かった。


「よ、大地! 来たぜ!」
 中庭にはフードコート並みにたくさんの屋台が並んでいた。中でも野球部の焼きそばの屋台は長蛇の列ができている。十五分くらい並んでようやく店の前に辿り着くとパック詰めしていた須藤くんが目を輝かせた。
「諒平、天宮くん、来てくれたんだ」
「おう。忙しいところ悪ぃな、焼きそば二つ」
「了解。千円ね」
 お金を受け取り、ビニール袋に焼きそばを詰めていく。汗びっしょりだ。
「天宮くん、五十嵐くんには会った?」
「遠くから見かけただけ。忙しそうだったから」
「だろうね。生徒会の人たちは実行委員だから毎日遅くまで打合せしてたよ。今日も後夜祭まで含めて忙しいみたいだね。――はい、お待たせ。焼きそばです」
 渡されたビニール袋には焼きそばが三つ入っていた。一つ多い。
 須藤くんがにっこりと笑う。
「一個はぼくの奢り。天宮くん、悪いけど五十嵐くんに届けてやってくれないかな。忙しくて食べ物のことまで頭回ってないだろうから」
 香ばしいソースの匂いが漂ってくる。
 理央と食べたフードコートのことを思い出した。
「本当は誘いたかったってずっと言ってたよ。でも自分が仕事している間に他の男に言い寄られたらヤダって駄々こねるからぼくが招待券を用意したんだ。君を無視したわけじゃないから、気を悪くしないでね」
「あいつらしいな」
 時々駄々っ子みたいになる理央のことを思い出してつい笑ってしまった。
「焼きそばありがとう、必ず理央に届けるから」
「うまく会えるといいね。諒平はまた後で」
「おう。がんばれよ!」
 中庭の飲食スペースが満席だったのでフリースペースになっている空き教室で食べることにした。
「須藤くんっていい人だな」
「だろ?……でも惚れるなよ、オレのだから」
「バカ、惚れないよ。おれは理央が……」
 ごく自然に名前が滑り出て自分でもびっくりした。おれはいま、なんて言おうとしたんだろう。理央のことが……。
「見てこれ! 噂のイケメン王子と写真撮ってもらっちゃったー!」
「五十嵐理央くんでしょ? いいなー、わたしも一緒に撮りたい!」
 近くの席で他校の女の子たちが嬉しそうに話している。
「正面玄関の運営事務局が持ち場なんだって。行ったら会えるかもよ」
「行く行く! その前にメイク直していい!?」
 慌ただしく飛び出していく。
 その様子を眺めていた杉本が「ほうほう」と面白そうに肩を揺らした。
「だってさ。天宮も行ってみれば?」
「でも……」
「渡すんだろ、焼きそば。ついでに飲み物も持ってってやれよ。オレの奢りだ。釣りはいらねぇ」
 と、五百円玉を机に置いた。
「ここんところのおまえ、熱出したりため息ついたり、あきらかに変だったぜ。なにがあったか知らねぇけど二人でゆっくり話した方がいいと思う。……んじゃオレはもうちょっと校内回ってから大地のとこ行くから。またな」
 ひらりと手を振って去ってしまう。
 杉本といい須藤くんといい、格好良すぎるだろ。
「……そうだよな」
 おれは理央から逃げばかりだった。今回はちゃんと向き合いたい。
 五百円玉をぎゅっと握り締めて席を立った。

「五十嵐くん写真撮ろ―!」
「わたしもわたしも、ツーショット撮りたい!」
「こっち見て!」
 正面玄関は女子でごった返していた。お目当てはみんな理央だ。
 近くに文化祭用とおぼしきハートのオブジェクトがあり、そこで理央と写真を撮りたがっているようだ。
「はいはいみんな、周りのお客さんの迷惑だから静かに。ちゃんと並んでくれれば撮るから」
 理央は笑顔でとりなしているが疲労の色がにじんでいる。通常の業務に加えて女子たちの対応もしていたらさぞ疲れるだろう。
 この人混みじゃあ焼きそばを渡す余裕なんてない。せめてもう少し人が減れば……。
「すみませ~ん」
 突然肩を叩かれた。中学生くらいの女の子がスマホを差し出している。
「写真撮ってもらえませんか? 五十嵐理央くんと映りたいので」
「あ……でも」
「ボタンはここ。連写でいいのでいっぱい撮ってくださいね。お願いしまーす!」
 無理やり押しつけて理央の元へ走っていく。断れば良かったと後悔してももう遅い。女の子は理央の隣でピースサインをして準備万端。あちらこちらからカメラを向けられている理央はまだ気づいてない。
「じゃあ撮りますよ」
 カメラを構えると女の子が理央の袖を引いて何事か耳打ちした。……ざわっと心が波立った。なんだろ、この気持ち。黒く濁った感情が溢れ出してくるみたいだ。
 画面越しに理央がこっちを見た。よそ行きの笑顔が次第に変わっていく。
「さん、に、いち……」
 カシャカシャカシャと連写モードで撮影する。
 その間、理央は女の子たちを押しのけて駆け寄ってきた。イケメン王子の余裕も実行委員の威厳も何もない。素の、おれのよく知っている理央だ。
「――――朔、なんでここに!!??」
 手首を掴んで引き寄せられる。
 痛いくらいに、強く。