ハァ……と長いため息をついた。もうこれで何回目だろう。見かねた杉本が声を掛けてきた。
「天宮ため息つきすぎだって。幸せが逃げるぞ〜」
電車のつり革をぶらぶら揺らしながら笑い声を上げる。おれは手すりに掴まったまま「うるせ」と返すのがやっとだった。
今日は桜が丘西高校の文化祭だ。窓の外に見える景色は工場や駐車場が多く、日差しが途切れがちになる。理央はいつもこの景色を見ているのかと思うとなんだか新鮮だ。
「もしかしてまだ熱があるのか? 結構長く休んでたよな?」
「熱はもう平気。病院でもウイルスじゃなくて精神的なやつって言われたし、薬ももらったから。ただ……」
ふとした瞬間に唇のことを思い出してしまう。少し濡れたあの柔らかな感触を。
あのキス以来、理央とは会っていない。
メッセージのやりとりはあるものの、おれが熱を出したと知っているので短い言葉だけだ。しかもキスには一言も触れずに体調を心配してくれるものばかり。少しは言及されると思っていたのに拍子抜けだ。
――『よそ見しないで俺を見ろよ。俺だけを』
――『……ごめん、我慢できなかった』
一方的に抱き寄せて無理やりキスして……。やってることはすごく乱暴なのに、触れてくる唇はとても慎重でぎこちなかった。そのチグハグさが理央自身の不安を表している気がする。
――『すきだよ、朔』
だめだ、考え始めるとまた熱がぶり返しそうだ。落ち着け、おれ。今日は文化祭を見に行くだけ。理央に会うためじゃない。うん、よし。覚えた。
トンネルに入った。手元のスマホを眺めていた杉本がふと顔を上げる。
「オレ昼すぎに大地と落ち合う約束になってるんだ。途中で別行動になるけど大丈夫か?」
「別にいいけど……須藤くんにそれ渡すのか?」
「正解。とっておきのプレゼント」
杉本が片手に提げている袋は例のアニメーション映画の入場特典だ。ランダムで貰えるアクスタだが、おれたちが入ったときはもう無くなっていた。
「この前は大地の推しキャラじゃなくて残念がってたからフリマでゲットした。本当は自力でとりに行きたかったけど、もう特典配布終わっててさ」
「ああ、一緒に映画行ったのは須藤くんだったのか」
「…………ヤバッ!!??」
しまったって顔で口を押さえる。大げさだな。
「べつに隠さなくてもいいだろ。付き合ってるとかじゃないなら全然普通だし」
「いや、あの、その……じつは……付き合って、る……んだ」
恥ずかしそうに顔を赤くする。
「…………マジで?」
耳を疑った。
杉本と須藤くんが交際中? 元チームメイトと言っても再会したのはほんの数ヶ月前だぞ? しかし杉本は耳まで赤くなっている。これは本気のやつだ。
「どういう経緯か聞いてもいいやつ?」
「経緯もなにも……フードコートで会ったときに連絡先交換して、メッセージや電話でやり取りしている内にすげぇ楽しくなって、お互い彼女いないって分かったから『付き合わないか?』って軽く聞いたらまさかのオッケーで……でもまだ全然友だちの延長線上っていうか、手もつなげてないし……」
ちょっと待て。おれと理央は付き合ってもないのにハグしたり手をつないだり、この前はキスして――……だめだ思い出したらまた体が熱くなってきた。
「と、とにかく、そういうことだから天宮も親友くんと頑張れよ」
「……え!? なんで知ってるんだよ!!」
つい大声になってしまい、やべっ、と口を押さえた。周囲の視線を気にしながらこそこそと話しかける。
「お、おれと理央がそう関係に見えたのか?」
「いや常識的に考えてさ、どうでもいいやつなら一回会って終わりだろ? ハイさよならお元気で、それっきりだ。他校に進学した元同級生と毎週会うのは関係を繋いでおきたい特別な相手だからじゃねぇの?……まぁ、オレたちがそうだから」
言われれば確かに。
理央の家からフードコートは離れていて、学校からだと遠回りになる。おれに会うためにわざわざ時間をかけて来てくれていたのだ。そんな単純なことにも思い至らなかった。
「ま、何かあればいつでも話してくれよ。オレも大地も二人のこと応援してるからさ!」
ぽん、と肩を叩いて励ましてくれた。変に深入りしてこない気遣いがありがたい。
「うん……。ありがとな」
杉本はいい奴だ。
半年前は橘田学園に進学して落ち込んでいたけど杉本に会えて良かった。過去は変えられないけど、心は変えていけるんだ。
――そういえばおれ、なんで西高を志望していたんだっけ? 理央と話している中でいつの間にか第一志望になったけど理由があったっけ?
首を傾げているうち電車は桜が丘西高校前駅に着いた。
改札を出るとすぐ目の前に校舎が見えた。八十年ほどの歴史がある立派な正門には段ボールを積み上げたおぼしき手作りのゲートがあり、「ようこそ桜が丘西高校へ」とカラフルな看板が掲げられている。ここに理央がいるのだ。
「天宮ため息つきすぎだって。幸せが逃げるぞ〜」
電車のつり革をぶらぶら揺らしながら笑い声を上げる。おれは手すりに掴まったまま「うるせ」と返すのがやっとだった。
今日は桜が丘西高校の文化祭だ。窓の外に見える景色は工場や駐車場が多く、日差しが途切れがちになる。理央はいつもこの景色を見ているのかと思うとなんだか新鮮だ。
「もしかしてまだ熱があるのか? 結構長く休んでたよな?」
「熱はもう平気。病院でもウイルスじゃなくて精神的なやつって言われたし、薬ももらったから。ただ……」
ふとした瞬間に唇のことを思い出してしまう。少し濡れたあの柔らかな感触を。
あのキス以来、理央とは会っていない。
メッセージのやりとりはあるものの、おれが熱を出したと知っているので短い言葉だけだ。しかもキスには一言も触れずに体調を心配してくれるものばかり。少しは言及されると思っていたのに拍子抜けだ。
――『よそ見しないで俺を見ろよ。俺だけを』
――『……ごめん、我慢できなかった』
一方的に抱き寄せて無理やりキスして……。やってることはすごく乱暴なのに、触れてくる唇はとても慎重でぎこちなかった。そのチグハグさが理央自身の不安を表している気がする。
――『すきだよ、朔』
だめだ、考え始めるとまた熱がぶり返しそうだ。落ち着け、おれ。今日は文化祭を見に行くだけ。理央に会うためじゃない。うん、よし。覚えた。
トンネルに入った。手元のスマホを眺めていた杉本がふと顔を上げる。
「オレ昼すぎに大地と落ち合う約束になってるんだ。途中で別行動になるけど大丈夫か?」
「別にいいけど……須藤くんにそれ渡すのか?」
「正解。とっておきのプレゼント」
杉本が片手に提げている袋は例のアニメーション映画の入場特典だ。ランダムで貰えるアクスタだが、おれたちが入ったときはもう無くなっていた。
「この前は大地の推しキャラじゃなくて残念がってたからフリマでゲットした。本当は自力でとりに行きたかったけど、もう特典配布終わっててさ」
「ああ、一緒に映画行ったのは須藤くんだったのか」
「…………ヤバッ!!??」
しまったって顔で口を押さえる。大げさだな。
「べつに隠さなくてもいいだろ。付き合ってるとかじゃないなら全然普通だし」
「いや、あの、その……じつは……付き合って、る……んだ」
恥ずかしそうに顔を赤くする。
「…………マジで?」
耳を疑った。
杉本と須藤くんが交際中? 元チームメイトと言っても再会したのはほんの数ヶ月前だぞ? しかし杉本は耳まで赤くなっている。これは本気のやつだ。
「どういう経緯か聞いてもいいやつ?」
「経緯もなにも……フードコートで会ったときに連絡先交換して、メッセージや電話でやり取りしている内にすげぇ楽しくなって、お互い彼女いないって分かったから『付き合わないか?』って軽く聞いたらまさかのオッケーで……でもまだ全然友だちの延長線上っていうか、手もつなげてないし……」
ちょっと待て。おれと理央は付き合ってもないのにハグしたり手をつないだり、この前はキスして――……だめだ思い出したらまた体が熱くなってきた。
「と、とにかく、そういうことだから天宮も親友くんと頑張れよ」
「……え!? なんで知ってるんだよ!!」
つい大声になってしまい、やべっ、と口を押さえた。周囲の視線を気にしながらこそこそと話しかける。
「お、おれと理央がそう関係に見えたのか?」
「いや常識的に考えてさ、どうでもいいやつなら一回会って終わりだろ? ハイさよならお元気で、それっきりだ。他校に進学した元同級生と毎週会うのは関係を繋いでおきたい特別な相手だからじゃねぇの?……まぁ、オレたちがそうだから」
言われれば確かに。
理央の家からフードコートは離れていて、学校からだと遠回りになる。おれに会うためにわざわざ時間をかけて来てくれていたのだ。そんな単純なことにも思い至らなかった。
「ま、何かあればいつでも話してくれよ。オレも大地も二人のこと応援してるからさ!」
ぽん、と肩を叩いて励ましてくれた。変に深入りしてこない気遣いがありがたい。
「うん……。ありがとな」
杉本はいい奴だ。
半年前は橘田学園に進学して落ち込んでいたけど杉本に会えて良かった。過去は変えられないけど、心は変えていけるんだ。
――そういえばおれ、なんで西高を志望していたんだっけ? 理央と話している中でいつの間にか第一志望になったけど理由があったっけ?
首を傾げているうち電車は桜が丘西高校前駅に着いた。
改札を出るとすぐ目の前に校舎が見えた。八十年ほどの歴史がある立派な正門には段ボールを積み上げたおぼしき手作りのゲートがあり、「ようこそ桜が丘西高校へ」とカラフルな看板が掲げられている。ここに理央がいるのだ。
