鑑賞したのは巷で話題のアニメーション映画だ。
ストーリーは前世で死に別れた恋人が敵同士として生まれ変わり、それぞれの宿命と胸に抱いた密かな想いの間で苦悩しながら戦いの中に身を投じていくアクションもの。原作の漫画をチラ見したことがあるけど、その時はあまりピンとこなかった。
でもいざ映画が始まるとオープニングからガッツリ心を掴まれた。派手なエフェクトに必殺技、臨場感たっぷりの音響に彩られ、声優たちに命を吹き込まれたキャラ達が活き活きと動き回る。二時間以上の長編があっという間に終わってしまった。
上映が終わって場内が明るくなっても、しばらく放心状態だった。
「朔、終わったよ? でよう」
「え…あ…うん」
理央に促されてようやく腰を上げた。
いろいろ語り合いたかったおれたちはそのままフードコートへ直行。土曜日でいつも以上に混んでいたので、端っこのカウンター席に二人で並んで座った。暗い映画館から明るいフードコートへ、眩しすぎて白昼夢でも見ているような感覚だ。
「映画……すげぇ面白かった! あと二回、いや五回は観たい!」
自分にしては珍しく有料のパンフレットまで買ってしまった。
「朔、本気で泣いてたよね」
「我慢できなくて。特にあのクライマックス! 来世で会おうって約束してお互いの胸を貫くシーン……くぅ思い出したらまた泣けてきた……」
涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。とんでもなく情緒不安定だ。
「ごめんな、おればっかり語って。こんなに夢中になると思わなくて」
「ううん全然、朔が楽しそうだと俺も嬉しいからいいよ。誘って良かった」
そう言ってドリンクを口に運ぶ。
端正な横顔をじっと見ていたら作中に登場したキャラを思い出した。
男主人公の幼なじみで、眉目秀麗、涼しい顔で大魔法を扱う天才魔法使いだ。名前はエリオス。名前も理央に似ているし顔も立ち振舞もそっくりなのだ。
手に入れた有料パンフには詳細な設定が書かれていた。じつは前世から男主人公に恋い焦がれていたが相手のことを思うが故に最後まで自身の想いを伝えることなく終わるのだ。
映画のクライマックスでは主人公たちが命を落としたあと一人で涙する姿が映し出され、胸が痛くなった。
健気すぎる。エリオス、めっちゃ推せる。
「……で、SNSの考察だと――……朔? 聞いてる?」
肩を叩かれてハッとした。
「ごめん聞いてなかった。なんの話だっけ?」
「いや、大したことじゃないけど。気になるキャラでもいたの? 同じページじっと見ていたけど」
「うんこれ、エリオス。炎や雷の大魔法バンバン使うしクールで格好いいなぁって」
似ているという話は敢えてしなかった。おれがそう思っただけだから。
「へぇ……朔はこういうヤツがタイプなの?」
「タイプっていうか恋が報われなくて切ないなって」
「俺はあんまり好きじゃないかも。だって一番美味しい親友ポジをキープしたまま悲恋ぶってるんだろ? ずるいよ」
余ったポップコーンを鷲掴みにして頬張っている。
おれと理央の意見は大体一致することが多いけど今回は違うみたいだ。
もしおれがエリオスの立場だったら主人公に告白するのは躊躇ってしまうと思う。親友という安全な枠から出たらもう二度と元の関係は戻れないのだ。きっと二の足を踏んでしまう。
「切ないな。こんなに格好いいのになぁ~」
おれと違って。
「……好きなの?」
理央の声が低くなった。
「朔はエリオスのことが好きなの?」
なんだか目が怖い。尋問されてるみたいだ。
エリオスは使う魔法が派手で爽快だし、アニメキャラとしては好きな方だ。
「うん、好きかも。それがどうかしたのか?」
「――……」
理央は無言でうつむいた。
カラン、とグラスの中の氷が溶ける。
店内BGMは映画の主題歌に変わる。
でも理央は何も言わない。
不安になるほど沈黙を保っている。
やがて小さなため息をつくと気を取り直すようにドリンクに口をつけた。ごくごくと喉が鳴る。空のグラスを置いたときには満面の笑顔になっていた。
「ちょっと自分と闘ってた。ごめん、気にしないで。話は変わるけど動画サイトに前日譚のエピソードゼロがアップされてるの知ってる?」
「マジで? 観たい!」
スマホで検索するとすぐにヒットした。早速再生ボタンを押す……が、電波状況が悪いのか青い輪がひたすらグルグルしているだけだ。
一秒でも早く観たいのに! と焦れていると理央が自分のスマホを差し出してきた。
「つい最近買い替えたばかりだから、俺のだったらスムーズに観れると思うよ」
型落ちのおれのスマホより大きな液晶画面に映画のタイトルロゴがドーンと映し出されていた。
「ほんとだ! 早ぇ!」
「音楽もすごくいいんだよ、聴いてみて」
鮮やかな赤い有線イヤホンを差し込み、片方をおれの耳に押し当ててきた。もう片方は理央自身の耳に嵌める。
さっき観たオープニングのアレンジバージョンが流れるとまた興奮が蘇ってきた。
「フードコートだから一応ボリュームは絞っておくね。聞こえそう?」
理央が手元のスイッチをいじると音が小さくなった。
「うん。なんとか」
音はちょっと小さいけど、ここで大音量で迷惑をかけて出禁になったら困るのは俺たちだ。慎重にならなくては。
アップされていた動画は十分ほどの短いものだ。前世の二人のなれそめが語られ、クライマックスは結婚式のシーンだ。主人公二人と立会人のエリオスの三人だけが教会にいて、誓いの言葉を述べている。
『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?』
エリオスが問いかけると、二人の眼差しが熱を帯びた。
『誓います。永遠の愛を』
魔法の力でゴーンゴーンと鐘が鳴り響き、二人は手をつないで外に出た。エリオスは無言のまま見送る。
ああ辛いよな、苦しいよな。一番近くで幸せを見せつけられるのは。おい主人公、気付いてやれよ。
「うう、エリオス……」
あまりに切なくて、ぐすっと鼻をすすった。
しかしカメラは二人を映し出す。真っ赤な夕陽に照らし出される中、潤んだ瞳で互いを見つめあい、どちらからともなく顔を寄せ合い――。
「むかつく」
理央がポツリと呟いた。
「……ん? あれ? 聞こえない」
突然音が消えた。なにかの演出かと思ったが二人が会話しているシーンでも一切の音が聞こえてこない。イヤホンの不調だろうか。理央の方はどうだろう、と思って顔を上げた。
「なぁ理央、音が聞こえ――……理央?」
理央が手にした音量スイッチはゼロになっていた。
「ダメだな俺。アニメキャラに嫉妬するなんてバカみたいなのに、震えが止まんねぇ」
どこか苦しげな表情で自分の髪を掻き上げる。
乱れた髪の間からちらっと覗く鋭い眼光に心臓が鳴った。
「理央、どうし……」
「朔」
妙に優しい声で名前を呼ばれると金縛りにあったみたいに動けなくなる。
長い指がおれの頬を包み込む。そっとイヤホンが外され、かわりに綺麗な顔が迫ってくる。
「ごめん、朔、もう……無理だ」
首の後ろに腕を伸ばされて否応なく抱き寄せられた。
かたん。指先からスマホが転がり落ちる。
真っ直ぐな眼。
少しだけ、怖い。
でも逃げられない。
理央の唇が動く。
「よそ見しないで俺を見ろよ。俺だけを――」
命令のような言葉とともに柔らかな唇が重なってきた。
目の前がチカチカして、呼吸の仕方を思い出せない。
なにも考えられない。
唇にだけ意識が集まる。
「……ごめん、我慢できなかった」
体を離した理央は呆然としているおれの唇を優しく拭った。
今にも泣きそうな顔で弱々しく微笑む。
「すきだよ、朔」
その後、理央と何を話し、どんな言葉を交わして駅で別れ、家まで帰ったのかまったく覚えていない。
おれは自宅の玄関に到着するなりぶっ倒れ、三十九度近い熱を出してしばらく学校を休むことになった。
ストーリーは前世で死に別れた恋人が敵同士として生まれ変わり、それぞれの宿命と胸に抱いた密かな想いの間で苦悩しながら戦いの中に身を投じていくアクションもの。原作の漫画をチラ見したことがあるけど、その時はあまりピンとこなかった。
でもいざ映画が始まるとオープニングからガッツリ心を掴まれた。派手なエフェクトに必殺技、臨場感たっぷりの音響に彩られ、声優たちに命を吹き込まれたキャラ達が活き活きと動き回る。二時間以上の長編があっという間に終わってしまった。
上映が終わって場内が明るくなっても、しばらく放心状態だった。
「朔、終わったよ? でよう」
「え…あ…うん」
理央に促されてようやく腰を上げた。
いろいろ語り合いたかったおれたちはそのままフードコートへ直行。土曜日でいつも以上に混んでいたので、端っこのカウンター席に二人で並んで座った。暗い映画館から明るいフードコートへ、眩しすぎて白昼夢でも見ているような感覚だ。
「映画……すげぇ面白かった! あと二回、いや五回は観たい!」
自分にしては珍しく有料のパンフレットまで買ってしまった。
「朔、本気で泣いてたよね」
「我慢できなくて。特にあのクライマックス! 来世で会おうって約束してお互いの胸を貫くシーン……くぅ思い出したらまた泣けてきた……」
涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。とんでもなく情緒不安定だ。
「ごめんな、おればっかり語って。こんなに夢中になると思わなくて」
「ううん全然、朔が楽しそうだと俺も嬉しいからいいよ。誘って良かった」
そう言ってドリンクを口に運ぶ。
端正な横顔をじっと見ていたら作中に登場したキャラを思い出した。
男主人公の幼なじみで、眉目秀麗、涼しい顔で大魔法を扱う天才魔法使いだ。名前はエリオス。名前も理央に似ているし顔も立ち振舞もそっくりなのだ。
手に入れた有料パンフには詳細な設定が書かれていた。じつは前世から男主人公に恋い焦がれていたが相手のことを思うが故に最後まで自身の想いを伝えることなく終わるのだ。
映画のクライマックスでは主人公たちが命を落としたあと一人で涙する姿が映し出され、胸が痛くなった。
健気すぎる。エリオス、めっちゃ推せる。
「……で、SNSの考察だと――……朔? 聞いてる?」
肩を叩かれてハッとした。
「ごめん聞いてなかった。なんの話だっけ?」
「いや、大したことじゃないけど。気になるキャラでもいたの? 同じページじっと見ていたけど」
「うんこれ、エリオス。炎や雷の大魔法バンバン使うしクールで格好いいなぁって」
似ているという話は敢えてしなかった。おれがそう思っただけだから。
「へぇ……朔はこういうヤツがタイプなの?」
「タイプっていうか恋が報われなくて切ないなって」
「俺はあんまり好きじゃないかも。だって一番美味しい親友ポジをキープしたまま悲恋ぶってるんだろ? ずるいよ」
余ったポップコーンを鷲掴みにして頬張っている。
おれと理央の意見は大体一致することが多いけど今回は違うみたいだ。
もしおれがエリオスの立場だったら主人公に告白するのは躊躇ってしまうと思う。親友という安全な枠から出たらもう二度と元の関係は戻れないのだ。きっと二の足を踏んでしまう。
「切ないな。こんなに格好いいのになぁ~」
おれと違って。
「……好きなの?」
理央の声が低くなった。
「朔はエリオスのことが好きなの?」
なんだか目が怖い。尋問されてるみたいだ。
エリオスは使う魔法が派手で爽快だし、アニメキャラとしては好きな方だ。
「うん、好きかも。それがどうかしたのか?」
「――……」
理央は無言でうつむいた。
カラン、とグラスの中の氷が溶ける。
店内BGMは映画の主題歌に変わる。
でも理央は何も言わない。
不安になるほど沈黙を保っている。
やがて小さなため息をつくと気を取り直すようにドリンクに口をつけた。ごくごくと喉が鳴る。空のグラスを置いたときには満面の笑顔になっていた。
「ちょっと自分と闘ってた。ごめん、気にしないで。話は変わるけど動画サイトに前日譚のエピソードゼロがアップされてるの知ってる?」
「マジで? 観たい!」
スマホで検索するとすぐにヒットした。早速再生ボタンを押す……が、電波状況が悪いのか青い輪がひたすらグルグルしているだけだ。
一秒でも早く観たいのに! と焦れていると理央が自分のスマホを差し出してきた。
「つい最近買い替えたばかりだから、俺のだったらスムーズに観れると思うよ」
型落ちのおれのスマホより大きな液晶画面に映画のタイトルロゴがドーンと映し出されていた。
「ほんとだ! 早ぇ!」
「音楽もすごくいいんだよ、聴いてみて」
鮮やかな赤い有線イヤホンを差し込み、片方をおれの耳に押し当ててきた。もう片方は理央自身の耳に嵌める。
さっき観たオープニングのアレンジバージョンが流れるとまた興奮が蘇ってきた。
「フードコートだから一応ボリュームは絞っておくね。聞こえそう?」
理央が手元のスイッチをいじると音が小さくなった。
「うん。なんとか」
音はちょっと小さいけど、ここで大音量で迷惑をかけて出禁になったら困るのは俺たちだ。慎重にならなくては。
アップされていた動画は十分ほどの短いものだ。前世の二人のなれそめが語られ、クライマックスは結婚式のシーンだ。主人公二人と立会人のエリオスの三人だけが教会にいて、誓いの言葉を述べている。
『健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?』
エリオスが問いかけると、二人の眼差しが熱を帯びた。
『誓います。永遠の愛を』
魔法の力でゴーンゴーンと鐘が鳴り響き、二人は手をつないで外に出た。エリオスは無言のまま見送る。
ああ辛いよな、苦しいよな。一番近くで幸せを見せつけられるのは。おい主人公、気付いてやれよ。
「うう、エリオス……」
あまりに切なくて、ぐすっと鼻をすすった。
しかしカメラは二人を映し出す。真っ赤な夕陽に照らし出される中、潤んだ瞳で互いを見つめあい、どちらからともなく顔を寄せ合い――。
「むかつく」
理央がポツリと呟いた。
「……ん? あれ? 聞こえない」
突然音が消えた。なにかの演出かと思ったが二人が会話しているシーンでも一切の音が聞こえてこない。イヤホンの不調だろうか。理央の方はどうだろう、と思って顔を上げた。
「なぁ理央、音が聞こえ――……理央?」
理央が手にした音量スイッチはゼロになっていた。
「ダメだな俺。アニメキャラに嫉妬するなんてバカみたいなのに、震えが止まんねぇ」
どこか苦しげな表情で自分の髪を掻き上げる。
乱れた髪の間からちらっと覗く鋭い眼光に心臓が鳴った。
「理央、どうし……」
「朔」
妙に優しい声で名前を呼ばれると金縛りにあったみたいに動けなくなる。
長い指がおれの頬を包み込む。そっとイヤホンが外され、かわりに綺麗な顔が迫ってくる。
「ごめん、朔、もう……無理だ」
首の後ろに腕を伸ばされて否応なく抱き寄せられた。
かたん。指先からスマホが転がり落ちる。
真っ直ぐな眼。
少しだけ、怖い。
でも逃げられない。
理央の唇が動く。
「よそ見しないで俺を見ろよ。俺だけを――」
命令のような言葉とともに柔らかな唇が重なってきた。
目の前がチカチカして、呼吸の仕方を思い出せない。
なにも考えられない。
唇にだけ意識が集まる。
「……ごめん、我慢できなかった」
体を離した理央は呆然としているおれの唇を優しく拭った。
今にも泣きそうな顔で弱々しく微笑む。
「すきだよ、朔」
その後、理央と何を話し、どんな言葉を交わして駅で別れ、家まで帰ったのかまったく覚えていない。
おれは自宅の玄関に到着するなりぶっ倒れ、三十九度近い熱を出してしばらく学校を休むことになった。
