パァン、とピンが一斉にはじけ飛んだ。
「よっしゃ! ストライク! みたか理央」
振り向くと理央がぱちぱちと手を叩いてくれた。
「ナイスストライク!」
木曜日の今日はショッピングモールに併設されたボーリング場に来ていた。
テスト勉強という口実がなくなっても、おれと理央は毎週フードコートで会う習慣を続けていた。混雑しているときやお互いに用事があるときはムリに待ち合わせせず、別の場所で自販機の飲み物を飲むだけにしたり、メールだけでやりとりを終えたりすることもある。とにかく店に迷惑をかけないことを心がけて、大声で騒いだり悪ふざけするようなことはしない。時々勉強を教え合いながらお互いの学校での状況を話すだけだ。それでも今日まで続いている。自分でもびっくりだけど。
席に戻ると入れ替わりに理央が立ち上がった。
「次は俺だね。ストライク狙うぞ~!」
気合十分に腕まくりをし、真っ赤なボールを持って出て行く。
ここのところ気温が下がって寒くなってきたこともあり、今日はブラウンのカーディガンを羽織っている。すらっとした体に良く似合う。一方のおれは学校指定のネイビーのカーディガンだ。身長が伸びることを見越して(期待して)大きめのサイズを買ったけどまだ余地がある。早く大きくなりたい。
「……ねぇ隣の高校生めちゃくちゃ格好良くない?」
「モデルとかかなぁ。背が高いのに顔ちっさ! 眼福!」
隣のレーンで大学生っぽい女性たちが囁き合っている。
理央はどこでなにをしていても注目を集めてしまうのだ。おれなら他人からじろじろ見られたら緊張するけど、本人は全く気にしてない。寄せられる好奇の視線をさらっと受け流してのほほんとしている。これもある種の才能だと思う。
――『どんな手を使っても、朔のことだけは諦めたくなかったんだ』
不意に理央の言葉を思い出して体が熱くなった。
ああもう、最近こんなことばっかりだ。
理央のことを考えると体感五度くらい体温が高くなる。体温計ではかっても平熱だけど指の先端まで妙に熱く感じるのだ。
おれたちの関係って一体なんだろう。中学時代の親友。でもいまは他校の生徒同士。友だちっていうのもなんか違う気がする。
「……よし」
スッと理央の雰囲気が変わった。
スタート位置を決め、長い手足を駆使して力強くボールを転がす。そのままゆるやかなカーブを描き、パァン、と一斉にピンを弾き飛ばした。見事なストライクだ。中学時代にバスケ部の主将やってただけあって運動神経は抜群だ。
「朔、見てた?」
くるりと振り向き、両手を広げて抱きついてきた。背中に手を回して動けなくする。
「おいこら、公共の場でのハグはやめろって言っただろ」
無理やり引き剥がそうとすると不満げに唇を尖らせた。
「いいじゃないか。ケチ」
「ケチじゃない、一般常識」
「……人が見ていなければ思う存分抱きしめていいの?」
低い声で耳打ちされ、ぞっ、と肌が粟立った。
「つ、都合よく解釈するな。ダメなものはダメ」
「ちぇっ」
残念そうに腕を解く。
ここ最近スキンシップの回数が増えた気がする。じゃれ合いの一つだと思えばイヤじゃないけど、人前で抱擁されるのは少し恥ずかしい。
「ところで顔が赤いみたいだけど、もしかして調子悪い?」
おでこに手を伸ばそうとするので慌ててガードする。
「平気だよ。……次おれだな」
理央の手を振り払ってレーンの前に立つ。
遠くのピンに意識を集中し、渾身の一投を放つ。……が、無情にもガーターレーンに飲み込まれていった。
「くそ、次こそは……!」
再びボールを転がしたが、勢いが足りず、数本倒すのが精いっぱいだった。
「どんまいどんまい」
項垂れて席に戻ると肩を抱いて慰めてくれた。
「もし本当に体調きついなら言ってね。……いい?」
じっと見つめられるといつもみたいに言い返せない。金縛りに遭ったみたいに動けなくなる。
「――……ハイ。」
「よし、いい子だ」
ぽんぽんと頭を撫でてレーンに向かっていく。
額に手を当ててみるとちょっと熱い気もした。健康が取り柄のおれが熱を出したのは知恵熱くらいなのに。本当におかしい。
ヴヴヴヴ……
机の上にあったスマホが震えている。理央のだ。画面には『先輩』と表示されている。
「なぁ理央、電話……」
ガコン! 理央の放った球でピンが一本だけ倒れて奥に飲み込まれていった。
「くそ手が滑った! 一本だけかぁ……ん、なに朔?」
「電話。『先輩』って人から」
「生徒会の関係かな。いいよ、後で」
理央は画面をスライドして拒否してしまう。いいのかな? と不安に思っているとまた震え始めた。今度は『生徒会長』からだ。
「……仕方ないな」
ため息をつきながらスマホを手に取った。
「会長いま忙しいんで後にしてもらえます?……仕事? 聞いてないですよそんなの」
おれに目配せしてゆっくり離れていく。そのまま自販機コーナーで話し込んでいた。真剣な顔で、何を話してるんだろう。
ふとスコアモニターを見るとスペアと表示されていた。いつの間にか残りのピンを倒しきっていたようだ。次はおれだけど、理央が戻って来るまで待つことにした。
ごそごそとカバンをあさり、ピンク色のネクタイを手に取った。理央から貰ったお揃いのネクタイだ。不安なときにこれを見ると心が落ち着く気がして、カバンに入れて持ち歩いている宝物だ。
あの日理央の腕の中で大泣きしたこともあって、西高への憧憬や不合格だった罪悪感は大分薄れたけど、現実が変わったわけじゃない。
おれは橘田学園。理央は桜が丘西。見ているもの、やっていること、知っていること、何もかもが違う。木曜日に数時間に会う以外はまったく別の生活を送っているのだ。お互いの気まぐれでいつ切れてもおかしくない細い繋がりだ。
もっと太い、確かな繋がりが欲しい。
このネクタイみたいに理央の一部になって、いつも一緒にいられたらいいのに。
「なぁ、ひとり?」
隣のレーンに見慣れない制服の男子高校生たち三人組がやってきた。制服を着崩してる様子からして上級生っぽい。
「いえ、おれは友だちが……」
「一人じゃ寂しいだろ? こっちで遊ぼうぜ」
乱暴に腕を掴まれた。振りほどこうにも力が強く、抵抗するほど逆に引き寄せられる。
「年下に絡むなよ」
「嫌がってるぜ〜」
残りの二人はゲラゲラ笑いながらも友人を諫める素振りはない。このままじゃマズイことになる、と本能が叫ぶ。
「痛いです。離してくだ――」
その時ぐいっと後ろから肩を引き寄せられた。
「俺の大事な人に何か?」
理央だ。仇敵でも見るような冷たい眼差しで三人を睨んでいる。
「あ、えっと……その……」
男の手がぱっと離れた瞬間を見逃さず、自分のものとでも言うようにおれをきつく抱きしめる。胸の前で交差された腕が痛いくらいだ。
「あー……っと、レーン間違えたかも知れねぇ」
「ちっ、早く行くぞ」
荷物を抱えてバタバタと立ち去る。姿が見えなくなってホッとしたものの、理央はまだおれをホールドしたままだ。
「もう平気だよ。……ありがと」
声をかけるとようやく解放してくれた。でも硬い表情はそのままだ。
「いま猛烈に反省してる。こんな場所で朔を一人にするべきじゃなかった。ごめん」
「謝る必要ないだろ。偶然変なのに絡まれただけだよ。おれは気にしてないから」
必死に笑顔を繕うと胡乱げな表情でおれを見た。
「朔は無防備すぎるよ。俺がちゃんと見ててやらないと」
手を伸ばし、赤ん坊にでも触れるように両頬を包み込む。
ふざけるなよ、と笑い飛ばしたいのに喉が詰まったみたいに動かない。心臓が拍動するたび、理央に触れられたところから熱が全身に拡がっていくみたいだ。
おかしい。
なんでおれ、こんなになってるんだ?
理央は友だちだ。友だちの中でもちょっぴり特別な親友だけど、でもそれだけで……。
「朔、疲れてない? アイス食べる?」
にこりと微笑むと棒アイスを二本取り出した。いつの間に。
「電話してた時近くに自販機があったから買ってきたんだ。イチゴミルクとレモンソーダ、どっちがいい? それとも一本ずつ二人で一緒に食べる?」
「そういう冷やかしはいいから……あ、うわ、きつ」
アイスだけに冷やかし。無意識で言ったけど我ながら寒いダジャレだ。
自己嫌悪に陥っていると理央が肩を抱いてきた。
「俺はいつでも本気だけど?」
と目を細めて顔を寄せてくる。
やばい、顔から発火しそうだ。
「――レ、レモンソーダ!」
とっさにアイスを奪い取る。でもすぐ我に返った。理央は自分を心配してくれたのに。
「ごめん……ありがとな、理央」
「どういたしまして。汗だくだよ」
耳の上あたりを指先で撫でられる。全身にカイロでも貼り付けたように熱いのにイヤじゃない。この気持ちはなんだろう。
さっき助けてくれた時『俺の大事な人』って言ったよな。特別ってことだよな。親友よりも。
ああもう、分かんねー。
火照ってどうしようもない身体を鎮めるようにガリッとアイスを頬張った。
「よっしゃ! ストライク! みたか理央」
振り向くと理央がぱちぱちと手を叩いてくれた。
「ナイスストライク!」
木曜日の今日はショッピングモールに併設されたボーリング場に来ていた。
テスト勉強という口実がなくなっても、おれと理央は毎週フードコートで会う習慣を続けていた。混雑しているときやお互いに用事があるときはムリに待ち合わせせず、別の場所で自販機の飲み物を飲むだけにしたり、メールだけでやりとりを終えたりすることもある。とにかく店に迷惑をかけないことを心がけて、大声で騒いだり悪ふざけするようなことはしない。時々勉強を教え合いながらお互いの学校での状況を話すだけだ。それでも今日まで続いている。自分でもびっくりだけど。
席に戻ると入れ替わりに理央が立ち上がった。
「次は俺だね。ストライク狙うぞ~!」
気合十分に腕まくりをし、真っ赤なボールを持って出て行く。
ここのところ気温が下がって寒くなってきたこともあり、今日はブラウンのカーディガンを羽織っている。すらっとした体に良く似合う。一方のおれは学校指定のネイビーのカーディガンだ。身長が伸びることを見越して(期待して)大きめのサイズを買ったけどまだ余地がある。早く大きくなりたい。
「……ねぇ隣の高校生めちゃくちゃ格好良くない?」
「モデルとかかなぁ。背が高いのに顔ちっさ! 眼福!」
隣のレーンで大学生っぽい女性たちが囁き合っている。
理央はどこでなにをしていても注目を集めてしまうのだ。おれなら他人からじろじろ見られたら緊張するけど、本人は全く気にしてない。寄せられる好奇の視線をさらっと受け流してのほほんとしている。これもある種の才能だと思う。
――『どんな手を使っても、朔のことだけは諦めたくなかったんだ』
不意に理央の言葉を思い出して体が熱くなった。
ああもう、最近こんなことばっかりだ。
理央のことを考えると体感五度くらい体温が高くなる。体温計ではかっても平熱だけど指の先端まで妙に熱く感じるのだ。
おれたちの関係って一体なんだろう。中学時代の親友。でもいまは他校の生徒同士。友だちっていうのもなんか違う気がする。
「……よし」
スッと理央の雰囲気が変わった。
スタート位置を決め、長い手足を駆使して力強くボールを転がす。そのままゆるやかなカーブを描き、パァン、と一斉にピンを弾き飛ばした。見事なストライクだ。中学時代にバスケ部の主将やってただけあって運動神経は抜群だ。
「朔、見てた?」
くるりと振り向き、両手を広げて抱きついてきた。背中に手を回して動けなくする。
「おいこら、公共の場でのハグはやめろって言っただろ」
無理やり引き剥がそうとすると不満げに唇を尖らせた。
「いいじゃないか。ケチ」
「ケチじゃない、一般常識」
「……人が見ていなければ思う存分抱きしめていいの?」
低い声で耳打ちされ、ぞっ、と肌が粟立った。
「つ、都合よく解釈するな。ダメなものはダメ」
「ちぇっ」
残念そうに腕を解く。
ここ最近スキンシップの回数が増えた気がする。じゃれ合いの一つだと思えばイヤじゃないけど、人前で抱擁されるのは少し恥ずかしい。
「ところで顔が赤いみたいだけど、もしかして調子悪い?」
おでこに手を伸ばそうとするので慌ててガードする。
「平気だよ。……次おれだな」
理央の手を振り払ってレーンの前に立つ。
遠くのピンに意識を集中し、渾身の一投を放つ。……が、無情にもガーターレーンに飲み込まれていった。
「くそ、次こそは……!」
再びボールを転がしたが、勢いが足りず、数本倒すのが精いっぱいだった。
「どんまいどんまい」
項垂れて席に戻ると肩を抱いて慰めてくれた。
「もし本当に体調きついなら言ってね。……いい?」
じっと見つめられるといつもみたいに言い返せない。金縛りに遭ったみたいに動けなくなる。
「――……ハイ。」
「よし、いい子だ」
ぽんぽんと頭を撫でてレーンに向かっていく。
額に手を当ててみるとちょっと熱い気もした。健康が取り柄のおれが熱を出したのは知恵熱くらいなのに。本当におかしい。
ヴヴヴヴ……
机の上にあったスマホが震えている。理央のだ。画面には『先輩』と表示されている。
「なぁ理央、電話……」
ガコン! 理央の放った球でピンが一本だけ倒れて奥に飲み込まれていった。
「くそ手が滑った! 一本だけかぁ……ん、なに朔?」
「電話。『先輩』って人から」
「生徒会の関係かな。いいよ、後で」
理央は画面をスライドして拒否してしまう。いいのかな? と不安に思っているとまた震え始めた。今度は『生徒会長』からだ。
「……仕方ないな」
ため息をつきながらスマホを手に取った。
「会長いま忙しいんで後にしてもらえます?……仕事? 聞いてないですよそんなの」
おれに目配せしてゆっくり離れていく。そのまま自販機コーナーで話し込んでいた。真剣な顔で、何を話してるんだろう。
ふとスコアモニターを見るとスペアと表示されていた。いつの間にか残りのピンを倒しきっていたようだ。次はおれだけど、理央が戻って来るまで待つことにした。
ごそごそとカバンをあさり、ピンク色のネクタイを手に取った。理央から貰ったお揃いのネクタイだ。不安なときにこれを見ると心が落ち着く気がして、カバンに入れて持ち歩いている宝物だ。
あの日理央の腕の中で大泣きしたこともあって、西高への憧憬や不合格だった罪悪感は大分薄れたけど、現実が変わったわけじゃない。
おれは橘田学園。理央は桜が丘西。見ているもの、やっていること、知っていること、何もかもが違う。木曜日に数時間に会う以外はまったく別の生活を送っているのだ。お互いの気まぐれでいつ切れてもおかしくない細い繋がりだ。
もっと太い、確かな繋がりが欲しい。
このネクタイみたいに理央の一部になって、いつも一緒にいられたらいいのに。
「なぁ、ひとり?」
隣のレーンに見慣れない制服の男子高校生たち三人組がやってきた。制服を着崩してる様子からして上級生っぽい。
「いえ、おれは友だちが……」
「一人じゃ寂しいだろ? こっちで遊ぼうぜ」
乱暴に腕を掴まれた。振りほどこうにも力が強く、抵抗するほど逆に引き寄せられる。
「年下に絡むなよ」
「嫌がってるぜ〜」
残りの二人はゲラゲラ笑いながらも友人を諫める素振りはない。このままじゃマズイことになる、と本能が叫ぶ。
「痛いです。離してくだ――」
その時ぐいっと後ろから肩を引き寄せられた。
「俺の大事な人に何か?」
理央だ。仇敵でも見るような冷たい眼差しで三人を睨んでいる。
「あ、えっと……その……」
男の手がぱっと離れた瞬間を見逃さず、自分のものとでも言うようにおれをきつく抱きしめる。胸の前で交差された腕が痛いくらいだ。
「あー……っと、レーン間違えたかも知れねぇ」
「ちっ、早く行くぞ」
荷物を抱えてバタバタと立ち去る。姿が見えなくなってホッとしたものの、理央はまだおれをホールドしたままだ。
「もう平気だよ。……ありがと」
声をかけるとようやく解放してくれた。でも硬い表情はそのままだ。
「いま猛烈に反省してる。こんな場所で朔を一人にするべきじゃなかった。ごめん」
「謝る必要ないだろ。偶然変なのに絡まれただけだよ。おれは気にしてないから」
必死に笑顔を繕うと胡乱げな表情でおれを見た。
「朔は無防備すぎるよ。俺がちゃんと見ててやらないと」
手を伸ばし、赤ん坊にでも触れるように両頬を包み込む。
ふざけるなよ、と笑い飛ばしたいのに喉が詰まったみたいに動かない。心臓が拍動するたび、理央に触れられたところから熱が全身に拡がっていくみたいだ。
おかしい。
なんでおれ、こんなになってるんだ?
理央は友だちだ。友だちの中でもちょっぴり特別な親友だけど、でもそれだけで……。
「朔、疲れてない? アイス食べる?」
にこりと微笑むと棒アイスを二本取り出した。いつの間に。
「電話してた時近くに自販機があったから買ってきたんだ。イチゴミルクとレモンソーダ、どっちがいい? それとも一本ずつ二人で一緒に食べる?」
「そういう冷やかしはいいから……あ、うわ、きつ」
アイスだけに冷やかし。無意識で言ったけど我ながら寒いダジャレだ。
自己嫌悪に陥っていると理央が肩を抱いてきた。
「俺はいつでも本気だけど?」
と目を細めて顔を寄せてくる。
やばい、顔から発火しそうだ。
「――レ、レモンソーダ!」
とっさにアイスを奪い取る。でもすぐ我に返った。理央は自分を心配してくれたのに。
「ごめん……ありがとな、理央」
「どういたしまして。汗だくだよ」
耳の上あたりを指先で撫でられる。全身にカイロでも貼り付けたように熱いのにイヤじゃない。この気持ちはなんだろう。
さっき助けてくれた時『俺の大事な人』って言ったよな。特別ってことだよな。親友よりも。
ああもう、分かんねー。
火照ってどうしようもない身体を鎮めるようにガリッとアイスを頬張った。
