終わった世界で脆弱邪神様と旅をしながら飯を食う


 ……――ねぇ、⬛︎⬛︎、――⬛︎と、⬛︎⬛︎⬛︎――。


 ガタンゴトンと揺れる電車の中で、ケイは目を醒ました。目の奥が痺れているような感覚に、しぱしぱと瞬きを繰り返す。
 ロングシートに腰掛け、しばらくの間ぼんやりと天井を眺める。身体が少し痛い気がした。
 
 一緒に旅をしているルカが、ケイにもたれ掛かり、すーすーと寝息を立てている。起きる様子はない。
 その小さな吐息が、少しづつ寝ぼけた頭を現実に引き寄せていく。
 少しノイズがかったような灯りが冷たく降り注ぐ車内には、ふたり以外誰もいない。

 (僕、どのくらい寝てたんだろ…… )

 ルカを起こさないように、バックパックを足で引き寄せ、膝の上に持ち上げる。ポケットから出した地図をくるくると眺め、場所を確認する。目的地は次の駅だ。

「ねぇルカ、おきておきてよ 」

 華奢な肩を揺するも、起きる気配はまるでない。ぺちぺちと頬を叩くも、眉を顰めるだけで反応なし。珍しくかなり健やかに、ぐっすり眠っているらしい。

「るーかぁ…… 」

 ――これ僕が担がないといけないやつじゃん……

 ルカがぐっすり眠れるのはいい事だし、嬉しいことだけれど、なぜ今なのか。ケイは頭を抱えそうになった。
 ルカにバックパックのひとつを背負わせ、もうひとつを前で担ぎ、ルカを背負ってよろよろと立ち上がる。ずっしりとした重みに、鈍く呻いてしまう。
 ふらふらと出入口へ向かい、ポールにもたれかかって停車を待つ。
 車内アナウンスすらもなく、静かに駅に停車した電車から、ホームへ足を踏み入れる。ジーッという電灯の音が、嫌にはっきり耳に届いた。無音で電車は発進し、暗闇の向こうへ消えて行った。
  当然、誰もいない。
 当たり前だ。世界は終わったんだから。

 つまり誰も助けてくれないというわけで。

(おも……い……!)

 ぜぇぜぇと肩を上下させながら、なんとかルカをベンチに座らせる。これだけの重労働でバタバタ動いたのに、全く起きる気配がない。

(気持ちよさそうに寝てるから起こしたくないなぁ )

 数分考え込み、ケイはもうルカを起こすのを諦めることにした。
 前の都市からここに来るまで……電車を見つけて乗り込むまで、ルカには相当無茶をさせてしまっていた自覚はある。しばらくは休んでもらうことにした。
 駅の中を見に行きたいが、眠っているルカをひとりでおいておくのは気が引ける。だからと言って背負って歩くには、体力が持たない。

 仕方がないので、隣に座って待つことにした。
 冷たいベンチに腰掛け、ぼんやりと天井を見上げる。ため息すらも響いてしまいそうなホームは不気味で、海の底のような心細さに指先が震えた。

「お腹すいた…… 」

 そういえば、食料ってあと何日分残ってるんだっけ。そんなに残ってる訳ではなかったから早く何とかしないと。前の都市で預かった物を届けて、それから……。
 
 心細さを誤魔化すように、あれこれと思考を回す。
 もたれかかっているルカに頭を預けながら、ぼーっと考え込んで、気が付けば眠ってしまっていた。
 ルカに無理をさせた、と思っているが、ケイも疲労が溜まっている。無理もない。


 眠っている間に、短い夢を見た。
 まだ世界に人がいた頃の夢。終わってしまう前のこと。
 それはケイにとっては見る価値のない、悪夢だった。でも夢を見ている間、それを夢だと認識できるのは稀だ。

 だからこの夢も、強制的に始まる。
 
 
 その日は酷い雨の日で、肌寒かったのを覚えている。
 
 そんな冷たいリビングに、三人分の笑い声が響いている。暖かな団欒に聞こえる音。
 
 でもそれは、陽だまりから、なにより遠く離れたものだった。
 人形のごっこ遊びのような不気味な光景を、透明人間になってしまったような心地で眺める。
 
 馬鹿だなって、気持ちが悪いなって、心のどこかでコケ下ろして、見下しながら。


 そこで目が覚めた。

 静まり返った駅。
 隣から聞こえてくる微かな寝息。
 遠くの方から聞こえてくる空洞音。
 
 それだけの空間が、なんだか途方もなく感じて眉を顰める。少し肌寒いし、お腹は減ったし、なんだか踏んだり蹴ったりな気分だ。
 喉の奥が、少しだけむしゃくしゃする。
 とどめを刺すように、空腹感にほんの少しのめまいがした。嫌がらせだろうか。

 ルカを起こさないようにベンチから立ち上がり、バックパックの中身を確認する。
 残りの食料は頑張れば一週間分。水とコンロの燃料は、とりあえずコーヒーはいれられるくらいの余裕はある。
 駅の様子を見るに、ここの都市は前の所よりも都市機能が生きているから、そこまで神経質にならなくても問題はなさそうだ。
 お湯を沸かしている間にルカに薄手の毛布をかけ、携帯食料と睨めっこをする。メープルかチョコ……悩むな。
 いや、ここは思い切ってスープでも飲むか?スープの素が入っている缶は重たいし場所を取る。拠点も何もない今、一番の荷物だ。
 ひとつ問題があるなら、ケイは絶対に料理をするなと、ルカから何度も何度も釘を刺されている、ということ。

「ルカぁ、おきてー 」

 数秒悩んでから、ルカの肩を少し強めに揺らす。が、起きない。テコでも起きない。

(……そんなに疲れてたんだ )

 もうスープは諦めて、コーヒーを入れるためにお湯を沸かす。流石にそれくらいはできる。
 こぽこぽと湧いてきたお湯の中に、コーヒータブレットをふたつ投げ入れ、くるくると回す。独特のいい匂いが辺りにふわっと拡がる。

 調理用のブリキ缶からコップに移していると、すぐ後ろで布が動く音と、小さな呻き声のようなものが聞こえて、振り返る。
 薄手の毛布を握りながら、寝起き特有のぽやぽやとした片っぽだけの目が、ケイを捉えていた。

「おはよう、ルカ 」

 ▼△

 鼻先を掠めたコーヒーの匂いでルカは目を覚ました。頭の奥が、少しフラフラとする。
 電車に乗っていたはずなのに、目に映るのはコードやパイプ管が行き交う天井。背中に当たる感覚が冷たくて硬い。

 (私はいったいどのくらい…… )

 じくじくと痛む頭を無視して、指先に感じた柔らかいそれを掴みながら、ゆっくりと体を起こす。どうやらどこかの駅のホームにいるらしい。
 辺りを見渡すと、一緒に旅をしているケイが、調理用のブリキ缶でなにかを温めていた。匂い的にはコーヒーなのだが、まだ寝ぼけているルカには上手く認識ができないでいた。

「おはよう、ルカ 」

 ルカが起きたことに気がついたらしく、柔らかく笑いながらケイが振り返る。

「コーヒー入れたんだけど飲む?」

 無言で頷くルカに、手に持っていたコップにミルクと砂糖のタブレットをポトンっと落として、くるっとひと混ぜ。
 自分が飲むためだったのでは?と考える力は、今のルカにはない。

「熱いから気をつけてね 」

 そっと手渡してきたコップを受け取り、チビチビとカフェオレを啜る。寝起きにカフェインは良くないかもしれないが、あまりルカには関係のない事だった。
 というか、本来ルカに食事は必要ない。それなのに、ケイはルカが物を食べないと心配するし、積極的に食事を勧めてくる。

「体調どう?まだ寝てる?」

 携帯用食料を手渡しながら、ケイが尋ねる。食料を上着のポケットにしまい、首を横に振る。もう寝れる気がしない。
 この頭痛も、多分寝過ぎたのが原因だ。

「なら移動しよっか。駅の中も探索してみないと 」

 優しく笑いながら、隣に座って食料を頬張る横顔を横目で眺めつつ、残りを飲み干す。
 
 さっきから上に人の気配を感じる。あまりいい感じがしないが、ケイは行ってみると言い出すだろうなと、ため息をついた。

「……上に人がいます 」

「あ、ほんと?なら行ってみたい。話も聞きたいし 」

 予感が的中してしまった。いや、ケイがわかりやすいからなのだが。
 ルカ的には会いたくない。でもケイの話を無下にはしたくない。というかするのも面倒くさい。

「荷物届けるんじゃなかったんですか 」

「届けるにしても、まずはこの都市の情報から。ほら、地図も更新しなきゃだし 」

 人の心配も知らずに、ケイはそう笑う。が、ケイの言うこともごもっともだ。
 二人はまだ、この都市についてはほとんどなにも知らない。歩き回るのは危険だろう。

 荷物をバックパックに詰め直し、ケイが立ち上がる。ダボっとした袖を軽く引くと、クスッと笑いながらルカの手をとった。手袋に覆われた小さな手は、しっかりと温度を持っている。
 そのままケイに引っ張られるように、ルカは駅の内部に足を踏み入れた。
 
 ルカは自発的にどこかに行ったりは珍しい。基本的に、ケイがルカの手を取って先を歩いている。
 二人の旅は、そうやってここまで来た。

 しばらく歩いていると、改札口が見えてきた。が、そこは植物のツタで覆われいる。かなり頑丈そうで、ケイの持っているナイフ程度ではビクともしなさそうだ。
 外からの光が、僅かな隙間から青色と共に覗いている。

「うわぁ……どうしよ…… 」

「……少し離れていてください 」

 そう声をかけ、ケイが自分から距離をとったのを確認してから、ずるり、と触手を伸ばす。

 いつもいつも、この瞬間は気分が悪い。
 
 以前、ケイが無理しなくていいと言っていたが、そうもいかないのがこの世界だ。諦めくらいはとっくについている。
 それに、自分はともかく、ケイはなるべく早く衣食住が安定した場所に辿り着けた方がいい。

 だから、まあ、自分の気分の悪さくらいは、我慢するべきなんだろう。

 ▼△
 
 ぞわりと首筋に悪寒が走り、ケイは少し身震いをする。ルカの姿から目を逸らしたくなるが、じっと華奢な背中を見つめ続けた。
 ずっと前に、どれだけ怖くても、逃げ出したくても、ルカからは意地でも目を逸らさないと決めていた。

 黒い触手が鋭く尖り、頑丈な植物のツタを難なく切り裂いていく。ザクザクと手際よく切り倒され、数分もしないうちに、快晴が視界に広がった。
 どうやら吹き抜けの駅になっているらしく、改札口からでも空が良く見えた。
 
 鮮やかな青を背に、暗黒の神さまが振り返る。
 赤い瞳が、まっすぐケイを捉えていた。

「終わりました 」

「ありがと 」

 ルカにお礼を言って、ケイは笑い返す。
 指先が微かに震えているのを、大きな袖に隠しながら。

「暗黒のふぁらお万歳、いやいやにゃるにゃる……でいいんだっけ?」

 首を傾げるケイに呆れ顔を浮かべながら、ルカはポケットから呪文が書かれたメモを取り出す。 白いメモを受け取り、ルカに向き直って空色の文字を読み上げる。

「暗黒のふぁらお万歳、にゃるらとてっぷ万歳
 くとぅるふ・ふたぐん、にゃるらとてっぷ・つがー
 しゅ……しゃめっしゅ、しゃめっしゅ
 にゃるらとてっぷ・つがー、くとぅるふ・ふたぐん 」

「…………合格ということにしておきます 」

「やったぁー。ありがと、ルカ 」

「……ちゃんと、唱えられるようにしてください。あなたのためにも、私のためにも 」

 神様から恵をいただけたのなら、対価を払う。
 それは当たり前のことで、時には生贄を捧げることだってある。が、ルカが温情で信仰心という名の呪文詠唱で構わないと言ってくれている。
 それに思い切り甘えているが、正直自分が贄になっても、そこまで悲しむこともない……なんて考えたりもしていたり。
 なんていったって、世界は終わったんだ。
 ケイだって、いつ何があるかわからない。どんな最期かなんて、わからない。悲惨かもしれないし、苦痛に満ちているかもしれない。

 だったら、家族同然の友人の糧になった方がマシ。

「んーそのうち覚える、多分 」

 呆れた顔もため息も、全く隠すこともないルカに、ケイはふふっと笑って手を取る。もう震えは治まっていた。
 ルカの手を引きながら、たっぷりの日差しが降り注ぐ駅へ足を踏み入れる。

「こんなにいい天気は久しぶり。ね、ルカ 」

 コンクリートの廃墟と植物の楽園の中へ、ケイは少しの不安と美味い飯への期待を抱えながら飛び込んでいく。その後ろを、無表情でついて行く暗黒の神様は、どこか疲れているような、眠たそうな顔をしていた。

「少ししたら休もうか 」

 ケイの言葉に、ルカは首を振る。
 休んで解決するものだとは思えないんだろう。それでも、それでも言わずにはいられない。

「ルカ、しんどかったらちゃんと言ってね 」


 




 ケイはキャラバンを出たあの日から、ずっとケイだけの脆弱で最弱な邪神様と旅をしていた。