「過去形なんだ。今は違うの?」
「そういうわけじゃ、ない……けど」
「嫌いになった?」
「高校生の時、地元で大きな音楽フェスがあったの。それ見て感動して……そこから。でも就職してから、気持ちの余裕なくなっちゃって……」
彼の口調は優しくて、私の剥き出しの心を覗かれても、心地がよかった。私たちはそれから、音楽への情熱とか、東京に飲み込まれる感覚とか。互いに名乗ることもなく、どしてどちらともなく、自分の居場所について、少しずつ語り出した。
「オレは今は、バンドだけ」
「すごいね! 私はメーカーのお客様相談室で働いてて。うん、クレーム対応ってやつ」
今は「ありがたいことにバンド一本」と、静かに笑う彼は、ほろ苦さも漂わせていて。きっと色々なことがあったんだろう。それを探るのは、なんだか粋じゃないと思った。
雨の夜って不思議だ。
誰かと繋がって、夜の隙間を埋めるようにディープな話をしたくなる。
答えのない、不毛な話をしたっていい。
都合よく自分を切り抜いて、自分にしか見えないものを信じたっていいから。
きっと彼だって、似たようなことを感じている。
「へぇ。キミは大学でこっちに出てきたんだ…え、オレ?」
「そう。あなたはなんで東京に来たの?」
「元々こっちなんだけど──いろいろあって、居場所もなくなって、一度離れた。バンドのメンバーがオレのこと探し出して、連れ戻してくれたっていうか。まぁ、そんな感じ」
「わぁ。泣ける友情があったんだね、青春してたんだ」
「友情? あぁ…そうかもね。オレはあいつに生かされてるから……」
「強い絆って感じがして、羨ましいな。そういうの」
音楽とか、歌への情熱は彼の言葉の節々から感じられるのに、ふとした瞬間に見せるのは、どこか遠くを見つめるような憂いに満ちた表情。
目の前のこのヒトは、目を離せないほどきれいなのに、夜という闇に消えてしまいそうな、不安定なゆらぎが見え隠れしていた。
「そんな価値のあるものじゃない。ただ……歌がなければオレの意味がないだけ」
「あ、ごめんなさい。今なんて言ったのか聞こえなかった」
彼の声に、洗い上がりを告げる洗濯機の音が重なる。聞き返した私に、彼は「なんでもないよ」と笑ったけれど──柔らかい声が一瞬だけ掠れ、言葉の端が誰にも見せたくない影に触れたように、消えていく。
けれどそれも一瞬のこと。続けざまに「鳴ったね」と彼につつかれ、私は椅子から立ち上がった。
「スマホ借りてもいい? 雨止んだっぽいし、ここがどこなのか地図見たくて」
「え、あぁ。どうぞ」
ふと声をかけられ、私はスマホを彼に手渡した。
「そういうわけじゃ、ない……けど」
「嫌いになった?」
「高校生の時、地元で大きな音楽フェスがあったの。それ見て感動して……そこから。でも就職してから、気持ちの余裕なくなっちゃって……」
彼の口調は優しくて、私の剥き出しの心を覗かれても、心地がよかった。私たちはそれから、音楽への情熱とか、東京に飲み込まれる感覚とか。互いに名乗ることもなく、どしてどちらともなく、自分の居場所について、少しずつ語り出した。
「オレは今は、バンドだけ」
「すごいね! 私はメーカーのお客様相談室で働いてて。うん、クレーム対応ってやつ」
今は「ありがたいことにバンド一本」と、静かに笑う彼は、ほろ苦さも漂わせていて。きっと色々なことがあったんだろう。それを探るのは、なんだか粋じゃないと思った。
雨の夜って不思議だ。
誰かと繋がって、夜の隙間を埋めるようにディープな話をしたくなる。
答えのない、不毛な話をしたっていい。
都合よく自分を切り抜いて、自分にしか見えないものを信じたっていいから。
きっと彼だって、似たようなことを感じている。
「へぇ。キミは大学でこっちに出てきたんだ…え、オレ?」
「そう。あなたはなんで東京に来たの?」
「元々こっちなんだけど──いろいろあって、居場所もなくなって、一度離れた。バンドのメンバーがオレのこと探し出して、連れ戻してくれたっていうか。まぁ、そんな感じ」
「わぁ。泣ける友情があったんだね、青春してたんだ」
「友情? あぁ…そうかもね。オレはあいつに生かされてるから……」
「強い絆って感じがして、羨ましいな。そういうの」
音楽とか、歌への情熱は彼の言葉の節々から感じられるのに、ふとした瞬間に見せるのは、どこか遠くを見つめるような憂いに満ちた表情。
目の前のこのヒトは、目を離せないほどきれいなのに、夜という闇に消えてしまいそうな、不安定なゆらぎが見え隠れしていた。
「そんな価値のあるものじゃない。ただ……歌がなければオレの意味がないだけ」
「あ、ごめんなさい。今なんて言ったのか聞こえなかった」
彼の声に、洗い上がりを告げる洗濯機の音が重なる。聞き返した私に、彼は「なんでもないよ」と笑ったけれど──柔らかい声が一瞬だけ掠れ、言葉の端が誰にも見せたくない影に触れたように、消えていく。
けれどそれも一瞬のこと。続けざまに「鳴ったね」と彼につつかれ、私は椅子から立ち上がった。
「スマホ借りてもいい? 雨止んだっぽいし、ここがどこなのか地図見たくて」
「え、あぁ。どうぞ」
ふと声をかけられ、私はスマホを彼に手渡した。
