[Side Kanon]
熱狂の渦の中、駆け抜けたインディーズ最後の全国ツアーが終わった。
昨夜のライブの余韻も疲れも抜けきらない、翌日の午後。
オレたちAshのメンバーは音楽プロデューサーやレーベル関係者が待つ、音楽スタジオへ向かった。
碧空に会うことも、連絡することも叶わなかった。
彼女の連絡先は消され、事務所から過剰なほどの監視下に置かれたから。
オレを取り巻く何もかもが、立ち止まることを許してくれなかった。
手放せない想いを、心の奥で麻痺させたまま。
猛スピードで過ぎ去っていく景色の中で、ふと窓を見れば、仮面の下で本当の顔が眠っている気がした──でももう、それでいい。
到着したオレたちがスタジオの扉を開けると ‘Afterglow’ が流れていた。
「‘Afterglow’ を先行リリースするのはどうか。絶対にバンドの代表曲になる」
「ツアーで披露した、メジャーデビューアルバム収録候補曲の中では一番好評だった」
この勢いのまま、すぐにでも音源化を。その場にいるほぼ全員が口を揃えて、そんな話をしていて──込み上げてきた強烈な嫌悪感に、顔が引き攣る。仮面が鈍い音を立てて、歪んでいく気がした。
「君たちはどうかな、ハノンはどう思う?」
この曲だけは──。
「先行リリースもアルバムにも……入れる気はありません。出せばこの曲は消費される」
オレの発言に、何事かと周囲が一斉にざわついた。
誰かが「成功する気はあるのか」と語気を強め、誰かが「何を今更」と鼻で笑った。
「おいハノン。作曲は俺だ、納得する理由を言えよ」
突き刺すようなハヤトの言葉に、スタジオが静まり返った。当事者たちの言い分でも聞こうか、と言わんばかりの剥き出しの視線が、ヤツとオレに一斉に向けられる。
一発触発もあり得る、危うい緊張感の中、ハヤトがジワリと一歩こちらに詰め寄った。
「オレは……奏音の記憶をハノンに歌わせたくない」
嫌というほど思い知った。
ハノンという仮面を被り続ける限り、オレはハノンで。
もうそこで迷ったり、燻っている余地なんてないんだと。
声を感情にして歌に乗せるなら、すべてを選び、コントロールするのはオレだ。
「なぁ。それで俺が納得すると思ってんのか?」
「オレが──ハノンが曲にノーを突きつけてんだよ。それが答えだろ、歌うのはオレだ」
ハヤトは不意に目を細め、オレをじっと見つめた。
静まり返ったスタジオの中で、彼の唇がゆっくりと弧を描く。
「……いいね、嫌いじゃない。それでこそハノンだよ。俺たちを振り回せ、歌う曲を選べ」
すれ違いざま、どこか満足げな表情で、
ヤツが残した悪態が耳に残る。
「ハノン、おまえいつからそういう顔するようになったんだよ。煽るねぇ」
熱狂の渦の中、駆け抜けたインディーズ最後の全国ツアーが終わった。
昨夜のライブの余韻も疲れも抜けきらない、翌日の午後。
オレたちAshのメンバーは音楽プロデューサーやレーベル関係者が待つ、音楽スタジオへ向かった。
碧空に会うことも、連絡することも叶わなかった。
彼女の連絡先は消され、事務所から過剰なほどの監視下に置かれたから。
オレを取り巻く何もかもが、立ち止まることを許してくれなかった。
手放せない想いを、心の奥で麻痺させたまま。
猛スピードで過ぎ去っていく景色の中で、ふと窓を見れば、仮面の下で本当の顔が眠っている気がした──でももう、それでいい。
到着したオレたちがスタジオの扉を開けると ‘Afterglow’ が流れていた。
「‘Afterglow’ を先行リリースするのはどうか。絶対にバンドの代表曲になる」
「ツアーで披露した、メジャーデビューアルバム収録候補曲の中では一番好評だった」
この勢いのまま、すぐにでも音源化を。その場にいるほぼ全員が口を揃えて、そんな話をしていて──込み上げてきた強烈な嫌悪感に、顔が引き攣る。仮面が鈍い音を立てて、歪んでいく気がした。
「君たちはどうかな、ハノンはどう思う?」
この曲だけは──。
「先行リリースもアルバムにも……入れる気はありません。出せばこの曲は消費される」
オレの発言に、何事かと周囲が一斉にざわついた。
誰かが「成功する気はあるのか」と語気を強め、誰かが「何を今更」と鼻で笑った。
「おいハノン。作曲は俺だ、納得する理由を言えよ」
突き刺すようなハヤトの言葉に、スタジオが静まり返った。当事者たちの言い分でも聞こうか、と言わんばかりの剥き出しの視線が、ヤツとオレに一斉に向けられる。
一発触発もあり得る、危うい緊張感の中、ハヤトがジワリと一歩こちらに詰め寄った。
「オレは……奏音の記憶をハノンに歌わせたくない」
嫌というほど思い知った。
ハノンという仮面を被り続ける限り、オレはハノンで。
もうそこで迷ったり、燻っている余地なんてないんだと。
声を感情にして歌に乗せるなら、すべてを選び、コントロールするのはオレだ。
「なぁ。それで俺が納得すると思ってんのか?」
「オレが──ハノンが曲にノーを突きつけてんだよ。それが答えだろ、歌うのはオレだ」
ハヤトは不意に目を細め、オレをじっと見つめた。
静まり返ったスタジオの中で、彼の唇がゆっくりと弧を描く。
「……いいね、嫌いじゃない。それでこそハノンだよ。俺たちを振り回せ、歌う曲を選べ」
すれ違いざま、どこか満足げな表情で、
ヤツが残した悪態が耳に残る。
「ハノン、おまえいつからそういう顔するようになったんだよ。煽るねぇ」
