午後五時。
「ここ……だよね。間違いない」
スマホの地図が指し示すビルの前で私は立ち止まると、顔を上げた。
視界いっぱいに広がる無機質な建物は、上層階まで窓灯りがいくつも灯る。
正面入口に一歩、また一歩と近づくたび、足が鉛のように重くなる。
及び腰なんて、私らしくない──なんとか自分を鼓舞しながら、私は自動扉をくぐった。
「こちらまでご足労いただきまして恐縮です。どうぞお掛けください」
エレベーターで指定された階に上がると、マネージャーを名乗る女性が待っていた。
私はその人に促されるまま、近くにあった狭い部屋に足を踏み入れた。
ガラス張りの扉に、オフホワイトの壁。ここにいるだけで息苦しい。
黒い机と椅子だけが並ぶ狭い空間は、まるで檻に閉じ込められたみたいだった。
「早速ですが、この度は当社のハノンがご迷惑をおかけし……」
正面に座るマネージャーは深々と頭を下げ「怪我や二次被害はないか」と私を気遣う様子を見せ、それから事務的な口調で経緯の説明を始めた。
暴露系ゴシップチャンネルで公開された盗撮動画は、丸一日経った頃、削除された。アカウント運営者から、投稿により関係者各位に迷惑をかけた、というコメントを残して。
キューブレコーズが金を積んで揉み消した。体調不良で動けなくなったハノンを、女性スタッフが助けに来ただけだ。そもそもハノンはライブ中から元気がなかった。違う、あれはやはり親密な男女関係だ……ネットではさまざまなコメントが飛び交ったものの、全ては憶測の域。
私はあれからしばらく、怖くなってSNSを開いていない。
数日後、見知らぬ番号から電話がかかってきて──恐る恐る電話に出ると、奏音たちAshが所属する事務所からだった。そして今日、こうやって出向いて話を聞いている。
当事者のひとりになってしまったはずなのに、どこか他人事のようで。
どこまでも現実味がないのに、胸が締めつけられそうなほど息苦しい。
心臓が跳ね上がったのは、次の瞬間だった。
「ここ……だよね。間違いない」
スマホの地図が指し示すビルの前で私は立ち止まると、顔を上げた。
視界いっぱいに広がる無機質な建物は、上層階まで窓灯りがいくつも灯る。
正面入口に一歩、また一歩と近づくたび、足が鉛のように重くなる。
及び腰なんて、私らしくない──なんとか自分を鼓舞しながら、私は自動扉をくぐった。
「こちらまでご足労いただきまして恐縮です。どうぞお掛けください」
エレベーターで指定された階に上がると、マネージャーを名乗る女性が待っていた。
私はその人に促されるまま、近くにあった狭い部屋に足を踏み入れた。
ガラス張りの扉に、オフホワイトの壁。ここにいるだけで息苦しい。
黒い机と椅子だけが並ぶ狭い空間は、まるで檻に閉じ込められたみたいだった。
「早速ですが、この度は当社のハノンがご迷惑をおかけし……」
正面に座るマネージャーは深々と頭を下げ「怪我や二次被害はないか」と私を気遣う様子を見せ、それから事務的な口調で経緯の説明を始めた。
暴露系ゴシップチャンネルで公開された盗撮動画は、丸一日経った頃、削除された。アカウント運営者から、投稿により関係者各位に迷惑をかけた、というコメントを残して。
キューブレコーズが金を積んで揉み消した。体調不良で動けなくなったハノンを、女性スタッフが助けに来ただけだ。そもそもハノンはライブ中から元気がなかった。違う、あれはやはり親密な男女関係だ……ネットではさまざまなコメントが飛び交ったものの、全ては憶測の域。
私はあれからしばらく、怖くなってSNSを開いていない。
数日後、見知らぬ番号から電話がかかってきて──恐る恐る電話に出ると、奏音たちAshが所属する事務所からだった。そして今日、こうやって出向いて話を聞いている。
当事者のひとりになってしまったはずなのに、どこか他人事のようで。
どこまでも現実味がないのに、胸が締めつけられそうなほど息苦しい。
心臓が跳ね上がったのは、次の瞬間だった。
