深夜近くになって、ようやく解放され滞在先のホテルに戻った。
オレは部屋に入るなり、迷わず碧空に電話をかけた。
この動画流出のことを碧空がまだ知らないなら、余計な不安を募らせたくない。たとえ彼女の耳に入るまで時間の問題としても、心だけは先に守ってあげたかった。
ベッドに腰を下ろすと、深く息を吐いた。
コール音が鳴るたび、胸が締めつけられる。
『奏音……?』
聞こえてきた碧空の声は少し震えていて、どこかよそよそしい気がした。
「……碧空」
彼女の名を口にした瞬間、すべて話してしまいたい衝動に駆られる。
その衝動を抑えようと、立ち上がり窓辺に寄った。
カーテンを少し開けると、見慣れぬ夜の街が広がっていた。
遠くの灯りがぼんやりと滲み、雑踏の音がガラス越しに遠くに聞こえる。
ここは、碧空のいる東京じゃない──こんなにも遠く感じる。今すぐ会いたいのに、会えないもどかしさに苛立ちが募った。こんな状況でケジメなんてつけられるわけがない。
爆発しそうな罪悪感を胸に抱えながら、話を切り出した。
「少し、話があって」
『動画…だよね。見たよ』
碧空はすぐに察したようだったから、あぁ、一足遅かったかと思った。
「ごめん……碧空に迷惑をかけてしまって。事務所からケジメをつけろって……でもオレは! 地方公演終わって東京に戻ったら、すぐに会いに行く。大丈夫だから」
オレの言葉に、電話の向こう側で、碧空の息が一瞬止まった気がした。
沈黙ののち、彼女の声が低く、静かに響く。
『それ…大丈夫じゃないよ。あなたが』
「え?」
予想外の彼女の言葉に、目が泳いだ。
胸を巣食う予感めいた不安が、渦巻いて形を成せば──それは言葉になり、容赦なく襲いかかってくるから。
『奏音。私たち、もう会わないほうがいいと思う。あなたは歌と共に生きる人だから』
境界線がほんの一筋でも綻びれば、曖昧な未来は簡単に壊れゆく。
オレと碧空のいる世界の足元が、ガラガラと崩れてゆく音がした。
「絶対にいやだ」
もう会わない? そんなの無理に決まってる。
それなのに、咄嗟に絞り出した声の端々は掠れ、あまりにも頼りなかった。
『それは奏音として? じゃあハノンはどうなるの』
間髪を入れず返ってきた彼女の言葉に、喉の奥がヒュッと鳴った。
胸の奥にポタリと落ちた一滴の黒いシミが、じわりじわりと広がっていく。
どう答えるのが正解で、どうしたらオレの想いが伝わる?
一秒、また一秒と長くなっていく沈黙に、焦りばかりが募ってゆく。
ほら、早く。何か言わないと。
「…ハノンとして、何を選ぶのが正しいかわからないんだ」
『私がAshや音楽を辞めてって言ったらやめるの? ハノンじゃなくなったら、何もないくせに!』
彼女らしくない言葉に、耳を疑った。
なにを言っているんだと。
「は? 待って、そういう話じゃないだろ」
『そういう話だよ。私が見てたのはあなたじゃない、ハノンの歌と声を聴いてたの。見てたの』
もし本気でそう言っているなら──これまで彼女がオレに差し出してくれたすべてが、奏音もろとも泡になって消えてしまう。
「嘘だ! 声震えてるくせに、なに言ってんの」
そこからはもう、よく覚えていない。
売り言葉に買い言葉だったんだと思う。
込み上げてきた激しい感情を互いに抑えきれなければ、行き着く先は破滅だとわかっているのに。
言い争っているうちに、どちらかのスマホの充電が無くなり──プツリと切れた。
オレは部屋に入るなり、迷わず碧空に電話をかけた。
この動画流出のことを碧空がまだ知らないなら、余計な不安を募らせたくない。たとえ彼女の耳に入るまで時間の問題としても、心だけは先に守ってあげたかった。
ベッドに腰を下ろすと、深く息を吐いた。
コール音が鳴るたび、胸が締めつけられる。
『奏音……?』
聞こえてきた碧空の声は少し震えていて、どこかよそよそしい気がした。
「……碧空」
彼女の名を口にした瞬間、すべて話してしまいたい衝動に駆られる。
その衝動を抑えようと、立ち上がり窓辺に寄った。
カーテンを少し開けると、見慣れぬ夜の街が広がっていた。
遠くの灯りがぼんやりと滲み、雑踏の音がガラス越しに遠くに聞こえる。
ここは、碧空のいる東京じゃない──こんなにも遠く感じる。今すぐ会いたいのに、会えないもどかしさに苛立ちが募った。こんな状況でケジメなんてつけられるわけがない。
爆発しそうな罪悪感を胸に抱えながら、話を切り出した。
「少し、話があって」
『動画…だよね。見たよ』
碧空はすぐに察したようだったから、あぁ、一足遅かったかと思った。
「ごめん……碧空に迷惑をかけてしまって。事務所からケジメをつけろって……でもオレは! 地方公演終わって東京に戻ったら、すぐに会いに行く。大丈夫だから」
オレの言葉に、電話の向こう側で、碧空の息が一瞬止まった気がした。
沈黙ののち、彼女の声が低く、静かに響く。
『それ…大丈夫じゃないよ。あなたが』
「え?」
予想外の彼女の言葉に、目が泳いだ。
胸を巣食う予感めいた不安が、渦巻いて形を成せば──それは言葉になり、容赦なく襲いかかってくるから。
『奏音。私たち、もう会わないほうがいいと思う。あなたは歌と共に生きる人だから』
境界線がほんの一筋でも綻びれば、曖昧な未来は簡単に壊れゆく。
オレと碧空のいる世界の足元が、ガラガラと崩れてゆく音がした。
「絶対にいやだ」
もう会わない? そんなの無理に決まってる。
それなのに、咄嗟に絞り出した声の端々は掠れ、あまりにも頼りなかった。
『それは奏音として? じゃあハノンはどうなるの』
間髪を入れず返ってきた彼女の言葉に、喉の奥がヒュッと鳴った。
胸の奥にポタリと落ちた一滴の黒いシミが、じわりじわりと広がっていく。
どう答えるのが正解で、どうしたらオレの想いが伝わる?
一秒、また一秒と長くなっていく沈黙に、焦りばかりが募ってゆく。
ほら、早く。何か言わないと。
「…ハノンとして、何を選ぶのが正しいかわからないんだ」
『私がAshや音楽を辞めてって言ったらやめるの? ハノンじゃなくなったら、何もないくせに!』
彼女らしくない言葉に、耳を疑った。
なにを言っているんだと。
「は? 待って、そういう話じゃないだろ」
『そういう話だよ。私が見てたのはあなたじゃない、ハノンの歌と声を聴いてたの。見てたの』
もし本気でそう言っているなら──これまで彼女がオレに差し出してくれたすべてが、奏音もろとも泡になって消えてしまう。
「嘘だ! 声震えてるくせに、なに言ってんの」
そこからはもう、よく覚えていない。
売り言葉に買い言葉だったんだと思う。
込み上げてきた激しい感情を互いに抑えきれなければ、行き着く先は破滅だとわかっているのに。
言い争っているうちに、どちらかのスマホの充電が無くなり──プツリと切れた。
