どのくらいの時間が経ったんだろうか。
オレはスマホをタップし、音楽を止めるとイヤフォンを外した。
薄いカーテンの隙間から、朝の柔らかい光が差し込んでくる。
そっとカーテンを開ければ、薄い青色の絵の具を溶かしたような空が広がっていく。
部屋に視線を戻せば、変わらず碧空の寝息が静かに響く。
オレはふいに彼女が眠るベッドに足を向けようとして──ダメだと自嘲気味に笑った。
これ以上、ぬくもりを知ってしまったら、離れがたくなるとわかっているから。
代わりに窓ガラスに頭を預ければ、昇ってくる陽が眩しすぎて目に沁みる。
目を閉じれば、やがて言葉が声になって、感情が歌になってゆく。
いつもよりも低く掠れた、夜の残り香を帯びた声が響いた。
ふと視線を感じ、オレは目を開けた。
いつの間にか、碧空がゆっくりと目を覚ましていた。
ベッドの上で身を起こし、ぼんやりとしたこちらを見つめる瞳が、ピントを合わせるように徐々に輝いていく。
「やっぱり天使でしかない……」
「なにそれ。寝ぼけてんの?」
見惚れられてるんだなと思ったら、胸の奥がざわっと疼いた。
もう何度も、歌を聴かせているはずなのに。わけもなく込みあげてきた切なさに、声がかすかに震える。
歌い終わった瞬間、碧空が「ずっとこのままだといいのに」と、小さく息を吐いた。
その真意がわからなくて、オレはただあいまいに笑った。
昨夜はありがとう、と。
照れくささを隠したくて、言葉少なに伝えた。
それから。
ひとりごとにも似たオレの呟きを、碧空はただじっと聞いてくれた。
空っぽのままでも、歌だけは失いたくない。
Ashに捧げたハノンを捨てる気なんてない。
ハノンという虚像が歌うたび、奏音を侵食してゆく、飲み込んでゆく。
もう今さら、止まることなんてできないのに。
「ねぇ、奏音。あなたの声は、誰のためのものでもなく、あなた自身のものだよ」
だったらオレのそばにいて。
ハノンとして生きる、空っぽのオレを満たしてよ──言葉にならない危うい願いが、喉の奥で震えた。
