Afterglow ー名称未設定のプレイリストー

 奏音の涙が、私の肩に落ちた。

 抱きしめた彼の背中から、震えが伝わる。冷たく、冷え切った身体。
 その涙の理由はわからないけれど──思い返せば、いつも瞳の奥に翳りが見え隠れする人だった。

 咄嗟に何度も彼の名を呼び、大丈夫だよと伝えた。
 そうしなければ、私より遥かに大きいはずの彼が、腕の中で消えてしまいそうだったから。

 タクシーを呼んだものの、放心状態の彼から家の場所なんて聞き出せなくて。戸惑いながらも、運転手に私のマンションの住所を伝えた。

「勝手にごめんね……でも今は、あなたをひとりにしたくない」

 タクシーの中、奏音は私にしなだれかかったまま片時も握った手を離そうとしなかった。
 彼の冷たい指先がぬるいぬくもりを取り戻した頃、私はそっと尋ねた。

「あの……家族とか、連絡したほうがいいんじゃない?」  
 
 奏音の指が、ほんの少し震える。


「いないよ」


 まるで他人事のように呟いた声は、乾ききっていた。
 力なく笑った彼の、かすかな吐息が漏れた。
 
 それきり、車内に沈黙が落ちる。

 なにも言えなかった。
 奏音が生きてきた世界はきっと、簡単に共有できるものじゃない。誰とも。
 
 理由もなく胸の奥が苦しくなって──ただ繋いだ手に、ギュッと力を込めることしかできなかった。

 
 部屋の照明のスイッチを入れた瞬間、ありふれた私の生活空間に、奏音の金色の髪が浮かび上がった。
 胸の奥から込み上げてきたのは、不思議な違和感と、かすかな胸の疼き。

 ソファーにふたりで座り、私が淹れたミルクティーを飲み終わる頃、奏音の震えがようやくおさまったように見えた。

「ソファー、狭いよね。私こっちに…」

 立ちあがろうとした瞬間、奏音が私の手を強く引いた。


「やだ」


 その声は、まるで子供みたいに拗ねていて、瞬きを繰り返す瞳は、まだうっすらと濡れていた。

 拒絶なんて、できなかった。
 ダウンライトがうっすら灯る部屋で、私たちは狭いソファーで肩を寄せ合い、ただずっとそこにいた。

 互いの鼓動が聞こえて、体温が混ざり合うほど近くて。息をすれば、彼がまとう朝露に濡れた花のような、澄んだ甘い香りが胸の奥に染み込んでいく。ほのかに光を予感させるような、儚くて優しい残り香。

「碧空」

 時おり奏音に名を呼ばれ、私も彼の名を呼ぶ。
 繋いだ指に力を込めるたび、境界線がゆっくり溶けていくような気がした。

 今夜は奏音に寄り添ってあげたい──そう思いながら、私はいつしか意識を手放していた。