Afterglow ー名称未設定のプレイリストー

[Side Kanon]
「あと一曲か……」

 レコーディングスタジオのラウンジの片隅。オレはソファーに腰かけると、ノートに殴り書きした歌詞の断片をジッと見つめた。

『本当に素敵な歌だったよ。完成したら聴きたいな』

 ふと頭をよぎったのは、碧空の言葉。
 そう言われて、嬉しくないわけがない。

 それなら、と歌ったけれど。適当に紡ぐ歌詞は、口から出まかせで。

 けれど聴き終わった彼女は、柔らかくて優しくて、幸せそうな微笑みを浮かべていた。目があった時、理屈じゃ説明できない、燃えるような強い感情が込み上げてきて──あぁ、オレは歌が好きなんだ。誰かに夢を見せることができるんだと。そう思ったら、光をたたえる夜のネオンの向こうに、瞬く星が見えた気がした。
 
 その熱を言葉のカケラにして、歌詞の断片に落とし込む。
 感触は掴んでいるのに、まだうまく掬えない。

 もどかしさに、書き散らかした文字をなぞる指が滑る。

「そこにいたのかよ、ハノン」
「あぁ、ハヤト。座る?」

 レコーディングルームから出てきたハヤトに声をかけられ、オレはそう促した。

「最後に残ったデモ曲の歌詞どうなってんの。プロデューサーから確認してこいって」
「完成してないけど……見えてはいる」

 隣にドカっと座ったハヤトが、緩慢な動作で足を組む。この先に控えているのは、バンドの周年ライブ、インディーズラストツアー、メジャーデビュー。歌詞の完成を皆が今か今かと待ちわびるのも当然だ。

「おまえの歌詞ひとつで、ファンは倍以上の情報を掴んで、汲み取って、自分の人生と重ね合わせんだよ。情報が感情になれば、それは物語になる」

「……わかってるって」

「共感される物語は、熱量の高いファンを生む。それをわかった上で、Ashの世界と ’ハノン’ を見せろよ」


 ハヤトに「見せてみ?」と顎でノートを差し示され、オレはそれを手渡した。

 そのままローテーブルの上に置きっぱなしのスマホを手に取り、音楽再生プレイヤーを素早く立ち上げる。そこに表示されているのは、名称未設定のプレイリストに入った名もなき曲。再生ボタンを押すと、まだ歌詞のないデモが流れ出す。

「……」

 チラリと横目でハヤトを見遣れば、ノートを睨みつけるような鋭い眼光。顎に手を当てたまま微動だにしない。邪魔をするなという無言の合図だ。


「曲と合ってない。違和感しかねーわ。なんでこのメロでその歌詞乗せる?」


 しばらくすると、ポン、と。ハヤトがオレの胸に押し付けるようにノートを突き返した。


「恋愛なら孤独に悲恋。壊れる、消える。ハノンに求められる虚像を体現するのが歌詞だろ。どうした?」
「アルバムの他の曲の歌詞と被る。それにメジャーデビューなら新しい世界観も入れたいって……」


 首を横に振りため息をつく姿は、オレが書いた歌詞に納得がいかないと一目瞭然で。
 容赦ない指摘が次々と飛び出す。