はなのゆめ

「わたしたちと、同じになるつもりかしら」

 その問いの意味が、咄嗟には判らなかった。見ひらいた瞳で式部を見返していると、「それとも、源兵衛佐様と結婚するの?」と重ねて問われた。

「結婚します」

 かすれた声で答えたなら、そう、と式部はいつかと同じような声の調子で言った。

「それなら表着(うわぎ)を貸しなさいな。代わりにこれをあげるから」

 自分の表着を肩から滑らせ、式部は微笑んだ。その言葉の意味はすぐに判った。于子の表着には伽羅の匂いが移っている。それをまとったまま邸の誰かとすれ違ったなら、今宵はひそやかな噂となって、至るところへしめやかに伝えられるだろう。もしかしたなら、源兵衛佐様にまで。

 太郎君は、于子が妻として幸せになることを願った。それならば、式部の忠告に従ったほうがいいけれども。

「……どうして、」

 于子は式部に意図を問うた。式部と言葉を交わしたのはあの日の一度きりだけれども、于子にたいして親しみの情を持っているようには思えなかった。それどころか、むしろ。

「あなたのことは憎らしいわ。呪いたいくらいに恨めしくて仕方がない」

 式部は直截に言い切った。面食らう于子から眼差しを外して、式部は傷心の瞳を静かに揺らした。

「でも太郎君は、あなたに幸せになって欲しいのだもの。あなたが幸せでないと、太郎君は苦しいままなのだもの。あなたなの。……わたしでも、他の誰でもない」

 それは苦しいほどに強い思いだった。于子は黙って表着を脱いだ。衣擦れの音とともに、ふわりとあたりに伽羅が揺らめく。

「……お借りいたします」

 于子と取り換えた伽羅の染みた表着を、式部は泣きそうな眼差しで見下ろしていた。

 于子は式部の表着をまとって自分の局に戻った。寝具にしている袿のそばに、どこから入り込んだのか桜の花びらが落ちていた。涙のようなかたちをしたそれを、指先でそっと拾い上げた。