桜の色の匂い袋を、太郎君に返した。
匂い袋を受け取った太郎君は、それを強く握りしめて俯いた。
「ずっと……きみを憎からず思っていたよ。いずれきみを妻にしたいと願っていた。願っていたけれど、私は、散るわけにはいかない」
涙に濡れた眼差しで、于子は太郎君を見つめる。
「きみの御父上は受領として財を蓄えているけれど、私に財は必要ない。帝直々のお申し出を拒んで、我が一門に帝との不和を齎すわけにもいかない。きみと帝の妹宮、婚姻を結ぶなら、我が一門に益があるのは宮様だ。そう判断したのは、私だ」
――太郎君は、泣いていらっしゃる。
太郎君の目に涙はない。けれども咄嗟に、そう思った。手を伸ばして、向き合うひとの頬に触れる。「もう仰らないでください」と言って不格好にくちびるを持ち上げると、頬に触れた手に、なよやかな指が絡められた。そうしてそのまま手を捉えられ、腕を引かれた。伽羅がすぐそばに香って、衣擦れの音がして、于子は浅黄色の袖に包まれる。
「きみを妻にしたかった。命尽きるまで、きみだけを愛したかった。きみは――貴女は、私が大切にしたいと願ったひとだから」
于子を包む袖の力が強まる。少し痛いくらいの力加減だった。どくどくと響く血の音は、自分のものか太郎君のものなのか判らなかった。
「貴女だけは召人にしない。貴女はどうか、妻として幸せになって」
ぐ、と于子はくちびるを噛んだ。苦しいほどに心が痛いけれども、太郎君が于子にさいわいを願ったのだから、それをうったえることなどできない。
込み上げる思いは、言葉の代わりに涙になった。頬に残る涙の跡が、新たな涙で洗われる。
「私は、貴女が望むような男ではないね。けれどもせめて……貴女の前だけでは貴女の望む男君であろうとした、私の意地だ」
ふくりとふくらんだ涙が視界をにじませる。于子は手の甲で涙を拭って、太郎君の瞳を見つめた。わたくしも、と発した声がかすれた。息を吐いて、吸って、思いをもういちど言葉にする。
「わたくしも、お祈り申し上げます。あなたの幸いを、お祈り申し上げます」
苦しげに、切なげに、太郎君の表情が歪む。于子は太郎君に強く抱きしめられた。苦しいほどに、切ないほどに――強く、懸命に。
