苔のむすまで

 ふと、箸を机に置く。

 父さんと祖父が帰ることは無かったあの夏の食卓と、目の前の光景が重なる。

 子供の僕には広すぎた家の中に、父さんと祖父の姿が見えたような気がした。けれど、その名前を呼ぶ前に、それは物陰だということに気付く日々。

 父さんが使っていた古ぼけたラジオも、墨の染みのある祖父の筆も、今はない。

 唇に生暖かいものが触れる。舐めてみると、塩辛い。

 何も見えないぼやけた視界を拭うが、また何も見えないほどに、ぼやけてしまう。

 どうして僕を置いて行ったのだろう。どうして、「ここから逃げて、一緒に生きよう」と言ってくれなかったのだろう。

 どうして、どうして......

 床の上に、大きな雨粒が打ちつけた。