苔のむすまで

「子ハ知ラヌ 遠マハリノミノ ワガ世カナ 明日モトコシヘ ムクノ白サデ」

 かくかくとしていて、細いペンで歌は書かれていた。父さんのことを知らない人でも、これを見たら、どこまでも真面目な人だとわかるだろう。

 でも、真面目だけれど、無機質ではない。

 あの年の七夕、父さんはどんな空を見て、どんなことを思って、この歌を詠んだのだろう。

 父さんはあまり思ったことを表に出さない人だから、きっと僕でも十まではわからない。
 それとも、実の父親が思ったこともわからない僕は、親不孝者だろうか。

 ページをめくると、今度は筆で書かれた歌があった。祖父のものだろう。

「提灯の ともらぬ昼も ともる夜も 潮風そよぐ うるはしき江戸」

 祖父が洋服に袖を通していたのは、祖父との最後の日だけで、それ以外の記憶の中ではいつも着物姿だった。

 父さんはよく「古臭くて、子として恥ずかしい」と愚痴っていたが、僕は祖父の着物の綺麗な藍色が好きだった。

 ページをまためくると、かくついた細い字が祖父の歌にこう返した。

「レンガ道 夜ヲテラスハ ガス灯ニ イズコニ消エタ 土ノ江戸道」

 今の町のほとんどはアスファルトで、踏み固められた土の道はほぼ無いだろう。二人が今の町を見たら、悲しむに違いない。

 だからといって土の道に戻すと、そこら中の道路に穴が空くだろうし、第一に、自分にそんな権力はない。

 ページをめくろうとしたその時、ページをめくる手が止まった。

 数ページ先に、明らかに様子のおかしい紙が一枚、挟まれている。