苔のむすまで

 たしか、あれは物心ついてすぐのことだった。

「じいじ、これなんてよむの?」

 幼かった僕は、祖父の膝に座り、物珍しげにこの本を見ていた。

「ああ、()れは『わがくにそうし』と()って、家族皆の歌をまとめているんだ」

 祖父の柔らかい声が終わらないうちに、わがくにそうし、と呟き、その字にそっと触れた。

 今思うと、祖父は趣味が多く、いつも一人で何かをしていたけれど、その反面寂しかったのだろう。

 父さんは、家族でやることの大半は祖父の提案によるものだったと言っていた。

 無口で理想の高いところがある父さんと、話好きでおおらかな祖父は仲があまり良くなかった(主に父さんが祖父のことを嫌っていた)が、本の厚さからみるに、相性は良かったらしい。

 父さんや祖父はどんな歌を詠んでいたのだろう。布団に寝転び、表紙をめくった。