黄金列車のカンパネラ

 ドアの先には、きっと自分の給料じゃ買えやしない高い服を着た貴族が、怪訝な顔でこちらを見る。

 一番手前に立っていた髪を綺麗に整えている男が、眉間にシワを寄せながら口を開く。

「おい、どういう事だ。こんな森のど真ん中に止まって」

「そうよ、海沿いの道を通ってヒウリフに行くんでしょ?」

 どういう事だ、と貴族たちは運転台に押し寄せてくる。

 こっちはお前らの身勝手のせいで家族も恋人も失ったんだ、こんなことでうだうだ文句言いやがって。

 すぐ目の前にいる貴族の喉元に向かおうとする手に、目一杯力を込める。唾と共に、噴き出しかねない怒りと憎悪を喉の奥へと押し込む。

「何をおっしゃっているのでしょう?」

 少し声が震えてしまったが、貴族はそんなことを気にしていないようだ。

 機関助士に合図を送る。機関助士は待ちわびていたかのように死角にある武器に腕を伸ばす。

 車掌の方は一人だが、大丈夫だろうか。そんなことより、まず自分の心配か。

「この列車はヒウリフとの国境を越える許可は得ていませんが」

 すると、貴族は眉を逆立て、

「ふざけてんのか、こっちはあんたらに金を払ったんだ!」

「そうよ、どういう事よ!子供も楽しみにしていたのに!」

 子供、という言葉に少し胸を痛める。

 だが、王に跪いたあの時、いや、目の前にいる奴らによって大切な人を奪われた時から、奴らに対する人の心は枯れ果てた。もうあの頃に戻る方法は、無い。

 震える手をレイピアへと伸ばし、音をたてないよう手の筋という筋に力を込めた。

「君の会社には縁があったから贔屓(ひいき)にしてやっていたのに、がっかりだよ」

「私の伯父はあなたたちに石炭を売っているのだけど、この話をして売るのを止めてもらおうかしら」

 貴族はなおも文句を言い続けている。

「全くこれだから下層民は。ガキの頃に人を騙して金を巻き上げろとでも親から教わったのかね?」

 その声が脳をビュンッと通り抜けたと同時、自分の中にあった何かが音を立てる間もなく切れた。

 錨が外れた腕は、レイピアを握って一目散に男の喉元へと突き進む。

 皮膚の奥へと刃が沈んでいく感触が、柄を手に伝わってきた。

 隣にいたこの男の夫人と見られる女性が悲鳴を上げる。

 男の喉からは、帰る場所を見失った真紅が滴っていた。これと家族が流したものが同じものという事実が、腹立たしくて仕方なかった。

 逃げ場など無いのに、絵の具をそのままひっくり返したような目立つ色をするドレスとスーツは悲鳴を木霊させながら逃げていく。

 この周辺には小屋一軒も無いのに、助けてと叫ぶ声や、子供の高い泣き声も聞こえてくる。

 遺された子供が反乱でも起こしたら王国の解体に繋がる、という理由で、子供もこの列車に乗せられた。

 小さな歩幅で逃げる子供に対して、機関助士は鉄砲を放つ。いつの世でも、次の時代を作る子供は、寿命が刻々と迫る大人に踏みにじられるものなのだろうか。

 木霊する声が小さくなってきた時、遠くの方から銃声のような破裂音が響いてきた。あの銃声が貴族のものではないなら、車掌はまだ生きているだろう。

 貴族を乗車させる時に入念な身体検査を実施したお陰で、護身用の折り畳みナイフを出して来る者は一人もおらず、誇り高き貴族を感じさせた死者は誰一人いなかった。

 もうこちらに生きている貴族はいないと確認した後、車掌の方へ応戦に行ったが、この作戦の難所を任されただけあって、重症の男が一人、命乞いをしているだけだった。

「お願いだ、このことは口に出さない、だから、命は...」

 ガクガクと膝を震わせる男に、車掌は銃口を向ける。男は目元をビクビクさせながら、何とか生きようと必死に口を動かす。

「そうだ、もし生かしてくれたら、私の財産をみんなやろう。妻も子供も死んだから、一銭も残らずくれてやる」

 男は歪な笑みを浮かべながら、命だけは、と呟き続けているが、車掌は手を下ろさない。

「じゃあ、君のご両親に私が所有している工場...」

「父さんも母さんも、戦争中に死んだ」

 貴族は一瞬、目をあらぬ方向にやったが、絶対に生きる意地があるのか、すぐに口を開く。

「なら、君、兄弟は、」

「姉さんはお前に殺されたよ」

 ドン、と鈍く重い音が木の葉を揺らす。

 車掌は考えるように転がった亡骸を見つめたあと、こちらの存在に気付いたのか、

「おっと、失礼。つい取り乱してしまって。」

 と作り笑いを浮かべた。

 空はすっかり橙に染まっている。駅を出たのは昼過ぎだったのに、もうそんなに時間が経っていたのか。

 鳥は群れをなして住処へと帰っていく。帰る場所の無い自分たちは、一発の弾丸がこめられた銃を握っている。

「王に反する者はいなくなり、これで王国は平和に、ですか」

 自分の住む国の平和はもちろん願っているのだが、どこか他人事に感じられた。

「何だか他人事っていうか、あまり期待みたいなのは湧きませんね」

「無理もないさ、自分らが死んだ後のことなんだからなあ」

 表では「ハルアト0982」は列車事故で全員死亡したことになる。この計画に関わる者は、王以外、全て死ぬ。

 手に持った銃は貴族に使ったものと同じなのに、なぜか重く感じる。これが、我が身かわいさというやつなのだろうか。

「次会うときがあれば、地の底ですね」

「その時は、うまい酒でも呑もうじゃないか」

「なら俺は、カイカが呑みたいな」

「おっ、数あるウイスキーの中からそれを選ぶとは、お目が高い」

「ちょっと、酒なんてなんだことない僕を置いてかないでください」

 死ぬ前だというのに、気の抜けた会話している自分達が、どこかおかしかった。

「カンパネラさん、貴方が『黄金列車』最後の運転手で良かったです」

「そうだな、あんたは最高の運転手だ」

 仲間の称賛が、ここまで暖かくて、こそばゆいことがあっただろうか。

「ありがとう」

 満足感に満ちながら、人温度に温まった引き金を引く。

「玉座に跪かぬ者には制裁を」

 深い深い森の中、きっと誰にも届かない銃声が三つ、重なった。