「秋くーん、ちょっと手伝ってくれる?」
日曜日、お母さんの新作レシピの準備を手伝う。
部屋に居ても、テスト勉強に集中出来ずに、ろくでもない事を考えそうだから。
お母さんが作る料理の材料は、その工程分用意する。
六回の工程で料理が完成するなら。六回分。
三回の工程で完成するなら、三回分。
肉、野菜、調味料、全てその数を揃える。
だから、常に家の中には食材が溢れていた。
お母さん専用の業務用の冷蔵庫と冷凍庫と、家族用の冷蔵庫がキッチンに並んでいる。
初めて家に来た人は全員それに驚く。
圭斗も驚いていたっけ。
「今日は、初めて料理する人でも簡単に作れるワンパン料理を作るわよ」
「ワンパンって何?」
「一つのフライパンで全ての料理が完成するの。鍋とか用意しなくてもいいのよ。学生さんとか新入社員とかそういう人向け」
「ふーん、なるほど」
僕はお母さんの指示通りに食材を切っていく。
一つのフライパンで四つの料理を作る。
主菜二つと副菜二つ。
近くで見ていると、やっぱりお母さんの手際はスゴイ。
まったく無駄な動きはないし、即座に足りない調味料がわかる。
そこはプロだしと言ってしまえそれまでだけど、常に新しい物を作ろうとするお母さんを尊敬している。
「で、最近の料理部はどうなの?」
「うん。テストが終わったらクリスマス料理を作るんだ。去年も作って食べてくれたよね」
「ああ、あのフライドチキン絶品だったわよ、また今年も作る?」
「今年はシュトーレンに挑戦しようかなって思ってる。お母さん作ったことある?」
「ドイツのお菓子よね、ちょっとパンみたいな。無いなー。お母さん、ケーキ系は得意じゃないの知っているでしょ」
お母さんが僕の肩を肩パンした。
僕はお母さんのその仕草が可愛くて笑ってしまう。
お母さんでも苦手な料理があるんだな。
「でもいいわよね。学校でそういう新しい物を作れる環境があるって。しかも最近は男性も料理が出来る人多いしね。ちょっとはお父さんも見習ってほしいわ」
「お父さんは無理だよー。だいたい舌が肥えてない。何食べても美味い! って同じリアクションしかしないじゃん」
圭斗も同じだ……
美味い! しか言わないな。
「いいのよ、それぐらいで。ウンチクとか言われたらお母さん、キーッってなっちゃうわよ。だからあれぐらい鈍感でいいの。その代わり、息子が優秀に育ってくれたから。世の中上手いバランスで出来ているのよねー」
確かに圭斗が「この塩味がさぁ……」とか言われたらさすがに吹き出す。
って、どうしていつも圭斗が出てくるんだよ。
「ちょっと。秋くん、ホコリ出るから」
「え?」
僕は圭斗を打ち消すために、無意識に頭を振っていたらしい。
「今度、秋くんも動画に一緒に出ない? あ、学校に許可取らなきゃダメかな」
「嫌だよー。恥ずかしいからいいよ」
「どうしてよ! 料理教室の生徒さんから秋くんイケメンって言われているのよ?」
「どこが! お母さん、息子のことよく見過ぎ」
「そうかなー? 普通に格好良いと思うよ。橋上くんと二人で歩いてたりすると目立っているけどね」
「……そりゃ、圭斗は格好いいけど、僕は……」
「中学校の時、あれほどバレンタインのチョコもらってきてたのに? 今年のバレンタインもかなりの数もらってたじゃない。そんなに自信ない?」
無い!
自信なんて無い!
どうしてあんなにチョコレートをもらったのかも全然わかってない。
それに、あんなにチョコレートをもらっても正直、全然嬉しくなかった。
「秋くんが将来何になるかはわからないけど、何事も自信をもってやりなさい。毎日自分でお弁当を作っているのも、かなりの自信になっているはずだよ」
「うん……」
「それに、毎日誰かのために何かを作るって、相当好きじゃないと出来ないわよ。料理だけじゃなくてその相手のこともね」
「え?」
お母さんはいつも、さりげなく僕を励ましてくれる。
僕もそれに応えたいと思っている。
「また、橋上くん家に連れてきなさいよ」
「そうだね……」
「あ、来るなら前もって言ってね。橋上くんがお腹いっぱいになる量を作るにはそれなりの食材買ってこないとね」
「あいつ、大食いだからね」
二人して笑った。
でも、もう来ないかもしれないんだ、お母さん。
🔸🔸🔸
あの人からの返信に返信をしようか迷っていた。
僕は勝手に仲間ができたと思っているけど、あの人からしたらヘンな文章が送られてきたから、律儀に返してくれただけかもしれない。
それにSNS上でしか知らない人を信用してよいものなのかも気になった。
僕はかなりプライベートな事を結果的に、共有してしまっている。
でも、僕が自分の気持ちを吐けるのはこの場しかない。
どうせ、僕がどこの誰だかなんてわかるはずがないし、何がどう間違ってもあの人と道端ですれ違うなんてことは起きるはずがない。
面倒くさいと思ったら、あの人からフォローを解除するだろう。
全ては僕次第だ。
――まさか返信がもらえるとは思っていませんでした。恥ずかしい内容を送ってしまって後悔していました。でも通じ合える気がして嬉しくなりました。また僕の気持ちを吐露していいですか。ある人にキスをされました。おでこにです。あまりに突然の事で僕は固まりました。ショックでした。ある人の気持ちがわからないから。そして今とても苦しいです。ある人はもうある人のものだから。僕はからかわれているだけかもしれません
「はぁー」
思わず息を吐いた。
息を止めて一気に書いていた。
文章にして、あらためて自分の気持ちが整理出来た。
僕はからかわれているのかと思って、ショックだったんだ。
だって、圭斗が僕にキスをする理由なんてないから。
保健室でおでこをくっつけられた時の僕のリアクションが面白くて、それを再現したかっただけ。
圭斗にとって、僕は親友だ。それだけの関係。
でも、僕にとっての圭斗は……
🔸🔸🔸
インスタの通知音がした。
時計を見ると二十三時を回っている。
夕飯を食べてからずっと明日から始まるテストの予習をしていた。
お風呂入らなきゃ……
そう思いながら、僕は返信が来るのを楽しみにしていた。
DMを開く。
――衝動的に何かをしてしまうことはあると思います。走っていて、追い風に吹かれて思った以上に加速がついてしまうような。でもそれが本当にしたいことかもしれません。ある人はあなたに本当にキスをしたかったのではないでしょうか
「えっ! なんで! 無い、無い!」
僕は斜め上の返信に戸惑う。
圭斗の何を知っているっていうんだよ!
あ、知っているわけないか……
でも、字面を見ているうちに心がポカポカしてきた。
的外れにしても、勘違いにしても、僕が言って欲しかった言葉が並んでいた。
「最高のセラピストさんですね」
僕は独り言を言いながら、画面に微笑んでいた。
日曜日、お母さんの新作レシピの準備を手伝う。
部屋に居ても、テスト勉強に集中出来ずに、ろくでもない事を考えそうだから。
お母さんが作る料理の材料は、その工程分用意する。
六回の工程で料理が完成するなら。六回分。
三回の工程で完成するなら、三回分。
肉、野菜、調味料、全てその数を揃える。
だから、常に家の中には食材が溢れていた。
お母さん専用の業務用の冷蔵庫と冷凍庫と、家族用の冷蔵庫がキッチンに並んでいる。
初めて家に来た人は全員それに驚く。
圭斗も驚いていたっけ。
「今日は、初めて料理する人でも簡単に作れるワンパン料理を作るわよ」
「ワンパンって何?」
「一つのフライパンで全ての料理が完成するの。鍋とか用意しなくてもいいのよ。学生さんとか新入社員とかそういう人向け」
「ふーん、なるほど」
僕はお母さんの指示通りに食材を切っていく。
一つのフライパンで四つの料理を作る。
主菜二つと副菜二つ。
近くで見ていると、やっぱりお母さんの手際はスゴイ。
まったく無駄な動きはないし、即座に足りない調味料がわかる。
そこはプロだしと言ってしまえそれまでだけど、常に新しい物を作ろうとするお母さんを尊敬している。
「で、最近の料理部はどうなの?」
「うん。テストが終わったらクリスマス料理を作るんだ。去年も作って食べてくれたよね」
「ああ、あのフライドチキン絶品だったわよ、また今年も作る?」
「今年はシュトーレンに挑戦しようかなって思ってる。お母さん作ったことある?」
「ドイツのお菓子よね、ちょっとパンみたいな。無いなー。お母さん、ケーキ系は得意じゃないの知っているでしょ」
お母さんが僕の肩を肩パンした。
僕はお母さんのその仕草が可愛くて笑ってしまう。
お母さんでも苦手な料理があるんだな。
「でもいいわよね。学校でそういう新しい物を作れる環境があるって。しかも最近は男性も料理が出来る人多いしね。ちょっとはお父さんも見習ってほしいわ」
「お父さんは無理だよー。だいたい舌が肥えてない。何食べても美味い! って同じリアクションしかしないじゃん」
圭斗も同じだ……
美味い! しか言わないな。
「いいのよ、それぐらいで。ウンチクとか言われたらお母さん、キーッってなっちゃうわよ。だからあれぐらい鈍感でいいの。その代わり、息子が優秀に育ってくれたから。世の中上手いバランスで出来ているのよねー」
確かに圭斗が「この塩味がさぁ……」とか言われたらさすがに吹き出す。
って、どうしていつも圭斗が出てくるんだよ。
「ちょっと。秋くん、ホコリ出るから」
「え?」
僕は圭斗を打ち消すために、無意識に頭を振っていたらしい。
「今度、秋くんも動画に一緒に出ない? あ、学校に許可取らなきゃダメかな」
「嫌だよー。恥ずかしいからいいよ」
「どうしてよ! 料理教室の生徒さんから秋くんイケメンって言われているのよ?」
「どこが! お母さん、息子のことよく見過ぎ」
「そうかなー? 普通に格好良いと思うよ。橋上くんと二人で歩いてたりすると目立っているけどね」
「……そりゃ、圭斗は格好いいけど、僕は……」
「中学校の時、あれほどバレンタインのチョコもらってきてたのに? 今年のバレンタインもかなりの数もらってたじゃない。そんなに自信ない?」
無い!
自信なんて無い!
どうしてあんなにチョコレートをもらったのかも全然わかってない。
それに、あんなにチョコレートをもらっても正直、全然嬉しくなかった。
「秋くんが将来何になるかはわからないけど、何事も自信をもってやりなさい。毎日自分でお弁当を作っているのも、かなりの自信になっているはずだよ」
「うん……」
「それに、毎日誰かのために何かを作るって、相当好きじゃないと出来ないわよ。料理だけじゃなくてその相手のこともね」
「え?」
お母さんはいつも、さりげなく僕を励ましてくれる。
僕もそれに応えたいと思っている。
「また、橋上くん家に連れてきなさいよ」
「そうだね……」
「あ、来るなら前もって言ってね。橋上くんがお腹いっぱいになる量を作るにはそれなりの食材買ってこないとね」
「あいつ、大食いだからね」
二人して笑った。
でも、もう来ないかもしれないんだ、お母さん。
🔸🔸🔸
あの人からの返信に返信をしようか迷っていた。
僕は勝手に仲間ができたと思っているけど、あの人からしたらヘンな文章が送られてきたから、律儀に返してくれただけかもしれない。
それにSNS上でしか知らない人を信用してよいものなのかも気になった。
僕はかなりプライベートな事を結果的に、共有してしまっている。
でも、僕が自分の気持ちを吐けるのはこの場しかない。
どうせ、僕がどこの誰だかなんてわかるはずがないし、何がどう間違ってもあの人と道端ですれ違うなんてことは起きるはずがない。
面倒くさいと思ったら、あの人からフォローを解除するだろう。
全ては僕次第だ。
――まさか返信がもらえるとは思っていませんでした。恥ずかしい内容を送ってしまって後悔していました。でも通じ合える気がして嬉しくなりました。また僕の気持ちを吐露していいですか。ある人にキスをされました。おでこにです。あまりに突然の事で僕は固まりました。ショックでした。ある人の気持ちがわからないから。そして今とても苦しいです。ある人はもうある人のものだから。僕はからかわれているだけかもしれません
「はぁー」
思わず息を吐いた。
息を止めて一気に書いていた。
文章にして、あらためて自分の気持ちが整理出来た。
僕はからかわれているのかと思って、ショックだったんだ。
だって、圭斗が僕にキスをする理由なんてないから。
保健室でおでこをくっつけられた時の僕のリアクションが面白くて、それを再現したかっただけ。
圭斗にとって、僕は親友だ。それだけの関係。
でも、僕にとっての圭斗は……
🔸🔸🔸
インスタの通知音がした。
時計を見ると二十三時を回っている。
夕飯を食べてからずっと明日から始まるテストの予習をしていた。
お風呂入らなきゃ……
そう思いながら、僕は返信が来るのを楽しみにしていた。
DMを開く。
――衝動的に何かをしてしまうことはあると思います。走っていて、追い風に吹かれて思った以上に加速がついてしまうような。でもそれが本当にしたいことかもしれません。ある人はあなたに本当にキスをしたかったのではないでしょうか
「えっ! なんで! 無い、無い!」
僕は斜め上の返信に戸惑う。
圭斗の何を知っているっていうんだよ!
あ、知っているわけないか……
でも、字面を見ているうちに心がポカポカしてきた。
的外れにしても、勘違いにしても、僕が言って欲しかった言葉が並んでいた。
「最高のセラピストさんですね」
僕は独り言を言いながら、画面に微笑んでいた。



