今日が土曜日で良かった。
土曜日は午前授業で終わりだから、弁当を持っていく必要が無い。
つまり、インスタを更新する必要も無い。
昨日の誤送信の返信が怖くて、インスタを開いていない。
田端先輩に吐いた嘘の後悔と、誤送信した後悔で、学校へ向かう足が重い。
全部自分で招いた結果なのに。
「おはよー。俺の家で来週からの期末テストの予習やんない?」
圭斗に声を掛けられたが、即答出来なかった。
テストよりも大事なことなんてないはずなのに。
「うん……そうだね。やらないとね」
「……どうした? 元気ないな」
「え、ちょっとね」
中間テストも期末テストも、毎回僕か圭斗の家で事前に予習をする。
一人でやるよりも、頭が整理されて効率が良い。
そうだ、来週からテスト期間が始まるんだ。
こんな、どうでもいいこと、嫌、どうでもいいわけじゃないけど、そんなことに気持ちを持っていかれるわけにはいかない。
「うん、やろう。圭斗の家でいいのか?」
「おお、母ちゃんにも言ってある」
ひとまず、テストに集中する。
そう決めた。
🔸🔸🔸
「こんにちはー」
「いらっしゃい。久しぶりね、秋吉くん。お母様大活躍ね。この間動画で作られていた和風かにたま作ってみたら美味しいの。すごいわね」
「はぁ……」
「秋吉の料理だって負けないぐらい美味いよ」
「知ってるわよ。お弁当作り毎日頑張っているみたいね。もう、圭斗が帰って来ると毎回その話よ。あ、この間のタルタルソースのレシピありがとう。早速作ってみたんだけど、圭斗にこれじゃないって怒られたわ」
「あーー、もういいから。部屋行こう、秋吉」
何故か照れている圭斗の後に続く。
どうして圭斗が照れる必要があるんだ?
「久々に来た気がするなー」
「だよな。ここんところ、秋吉の家に行っていたから」
「あれ……」
「ん? なんだ」
「ううん、なんでもない」
前に来た時には貼ってあった陸上選手のポスターが無くなっていた。
確か、有名なサッカー選手のポスターもあったはず。
かなり殺風景になってしまった部屋を見渡す。
そうだ、僕が圭斗の部屋に来たのは怪我する前だった。
この一年の、圭斗の心境が手に取るようにわかってしまった。
「さて、と。はい」
「え? なにこれ?」
小さな包みを渡された。
「弁当のお礼」
「はぁ? お礼って、別に圭斗に弁当作ってないけど」
「でも、いつも俺の分を余計に詰めてきてただろ。それが積もり積もってこれになったの!」
包みを開けるとネット通販のプリペイドカードだった。
「ダメだよこんなにもらえないよ! だってたった一つか二つだよ。ダメダメ」
「いいから! 俺からの気持ち、今までの」
今まで……の?
これから……は?
僕はプリペイドカードをじっと見つめる。
「ありがとう。もう、僕が作ったおかずを圭斗にあげなくてもよくなったもんね。だから、最近はお父さんにねだられているんだー。お父さんの分も作って欲しいって。自分以外の人に食べてもらえるとモチベも上がるし、うん、嬉しいもんだよ」
圭斗の視線を感じる。
「だから、田端先輩も毎日すごく張り合いがあると思う。今日は何を作れば圭斗が喜ぶかなーって考っているだろうから、有難く思いなよ」
僕は沈黙が怖くて言葉を続ける。
「料理部でクリスマスに作るものが決まった。シュトーレンっていうドイツの焼き菓子とフライドチキン。僕は今回スイーツを担当しようかなって思っていて、多分、先輩はフライドチキンにするみたい。だから圭斗は、今年のクリスマスは先輩が作ったフライドチキンが食べられるよ。後、先輩に聞かれたんだけど……あ、いやなんでもない」
先輩に聞かれたけど、僕は嘘を吐いたんだ。
ごめんね、圭斗。
「そっか。それは楽しみだなー」
いつもの圭斗。
僕も楽しそうに振舞った。
もう、僕はわかってしまったから。
どうして、こんなに苦しいのかが。
🔸🔸🔸
「ふぅー。一旦休憩! 毎回思うけど、秋吉の集中力は半端ねえな。俺、必死に食らいついている感じ」
「そっかな? 僕は理数系だけど、圭斗は文系得意じゃん。特に英語。毎回、満点取っているだろ?」
「まあ、好きなのもあるよなー。留学行きたいと思っていた時期あったし」
「……そうだったね」
『アメリカの大学で陸上競技をとことん突き詰めたい。それが俺の夢』
高校一年で同じクラスになった時、いきなり熱い夢を聞かされた。
面白いヤツ。
「ちょっと待っていて。なんか食べるもの持ってくる」
圭斗が部屋を出ると、いきなり寂しさに襲われた。
僕はノートに綴られている圭斗の几帳面な字を指でなぞる。
あんなに口は荒っぽいのに、食べ方も、書く文字も、夢に掛ける思いも、真っ直ぐで純粋だ。
ちょっと褒め過ぎたかな、単純って言ってもいいかも……
僕は物事を斜めに見てしまうところがある。
疑い深いし、自分の気持ちに素直じゃない。
だからよく拗らせる……現に、今も。
互いに真逆の個性なのに、一緒に居て心地よかった。
これからも、一緒に居られるのかな……居ていいのかな……
僕はため息を吐きながら、圭斗が脱いだパーカーに顔を埋めた。
🔸🔸🔸
「さぶっ」
圭斗の家を出るとすっかり暗くなっていた。
朝、学校へ行く時よりも温度が急激に下がっていて、僕はマフラーを巻いてこなかったことを後悔した。
「夕飯、食べていけばいいいのに」
「あれだけお菓子やケーキ頂いたからお腹満腹だよ」
「まあ、ウチの母ちゃんの飯よりも秋吉のおばさんの飯の方が何十倍も美味いもんなー」
「おばさんのだって、美味しかったよ」
圭斗が顔の前で呆れたような顔で手を振る。
「お世辞はいいから」
「じゃあ、今度ウチに来なよ。お母さん、圭斗に会いたがってたよ」
「マジ? 行く! 行く! いつでも行ける! クリスマスは?」
「それはダメだろ……」
流石に、圭斗もバツが悪い顔をした。
圭斗のクリスマスは田端先輩と過ごす日だ。
少なくとも、先輩はそれを目標に圭斗に告白したんだから。
「そのうちな」
僕は出来るだけ軽い調子で言った。
「え……」
いきなり圭斗が自分の首に巻いていたマフラーを僕の首に掛けた。
「ちょっとこっち向いて」
そう言うと、僕の首に丁寧にマフラーを巻き始めた。
保健室の時のように、僕の心臓の音がドクンドクンと大きく鳴り始めた。
「ん。これで寒くないだろ」
圭斗からいつも香ってくる柔軟剤の匂いに包まれた。
「ちょっとキツい……」
僕は恥ずかしくなって軽口を叩く。
「文句言うな!」
圭斗の大きな手が僕の頭をわしゃわしゃした。
今日は笑っていた……と思ったら、僕の額に圭斗の唇が触れた。
「!」
一瞬の出来事で、僕は何のリアクションも出来なかった。
でも、さっきよりも心臓の音が激しくなり、立ち続けているのが辛くなってきた。
「じゃ、じゃあ、また来週!」
それだけを言うと、僕は全速力で駅に向かって走り出していた。
気持ちと身体が完全に乖離していた。
後ろを振り返る勇気もなく、今起こったことを思い返す勇気もなく、ひたすら走り続けた。
駅のバス停に着くと流石に息が切れた。
首に巻かれたマフラーがキツい。
でも、圭斗が巻いてくれたマフラーを外したくない。
さっきのシーンが思い出されて、僕は頬が赤くなるのを感じる。
どういうことなんだよ……
振り返ったところで、答えが出るわけじゃない。
僕は一旦、今起こったことと距離を置こうと思った。
すかさず、スマホを取り出すと、怖くて見ることが出来なかったインスタを開く。
「届いてる……」
あの人からDMの返信が届いていた。
僕は見るのが怖いくせに、でも何が書いてあるのか知りたいという欲求の狭間で揺れていた。
バスに乗り込み、一番後ろの席に座ると、DMを開いた。
――僕も最低なことをしています。本心を隠してどちらにも良い顔をしようとして。同じように心は軽くはなりません。後悔している毎日です。ある人を大事にしたいのにその人の本心がわからなくて別のある人を選びました。自分が傷つきたくなくて。大丈夫、みんなスタートラインは一緒です。
さっきまで冷めきっていた心に、じんわりと温かい熱が流れていくのを感じた。
スマホを握る手が、嬉しくて震えた。
土曜日は午前授業で終わりだから、弁当を持っていく必要が無い。
つまり、インスタを更新する必要も無い。
昨日の誤送信の返信が怖くて、インスタを開いていない。
田端先輩に吐いた嘘の後悔と、誤送信した後悔で、学校へ向かう足が重い。
全部自分で招いた結果なのに。
「おはよー。俺の家で来週からの期末テストの予習やんない?」
圭斗に声を掛けられたが、即答出来なかった。
テストよりも大事なことなんてないはずなのに。
「うん……そうだね。やらないとね」
「……どうした? 元気ないな」
「え、ちょっとね」
中間テストも期末テストも、毎回僕か圭斗の家で事前に予習をする。
一人でやるよりも、頭が整理されて効率が良い。
そうだ、来週からテスト期間が始まるんだ。
こんな、どうでもいいこと、嫌、どうでもいいわけじゃないけど、そんなことに気持ちを持っていかれるわけにはいかない。
「うん、やろう。圭斗の家でいいのか?」
「おお、母ちゃんにも言ってある」
ひとまず、テストに集中する。
そう決めた。
🔸🔸🔸
「こんにちはー」
「いらっしゃい。久しぶりね、秋吉くん。お母様大活躍ね。この間動画で作られていた和風かにたま作ってみたら美味しいの。すごいわね」
「はぁ……」
「秋吉の料理だって負けないぐらい美味いよ」
「知ってるわよ。お弁当作り毎日頑張っているみたいね。もう、圭斗が帰って来ると毎回その話よ。あ、この間のタルタルソースのレシピありがとう。早速作ってみたんだけど、圭斗にこれじゃないって怒られたわ」
「あーー、もういいから。部屋行こう、秋吉」
何故か照れている圭斗の後に続く。
どうして圭斗が照れる必要があるんだ?
「久々に来た気がするなー」
「だよな。ここんところ、秋吉の家に行っていたから」
「あれ……」
「ん? なんだ」
「ううん、なんでもない」
前に来た時には貼ってあった陸上選手のポスターが無くなっていた。
確か、有名なサッカー選手のポスターもあったはず。
かなり殺風景になってしまった部屋を見渡す。
そうだ、僕が圭斗の部屋に来たのは怪我する前だった。
この一年の、圭斗の心境が手に取るようにわかってしまった。
「さて、と。はい」
「え? なにこれ?」
小さな包みを渡された。
「弁当のお礼」
「はぁ? お礼って、別に圭斗に弁当作ってないけど」
「でも、いつも俺の分を余計に詰めてきてただろ。それが積もり積もってこれになったの!」
包みを開けるとネット通販のプリペイドカードだった。
「ダメだよこんなにもらえないよ! だってたった一つか二つだよ。ダメダメ」
「いいから! 俺からの気持ち、今までの」
今まで……の?
これから……は?
僕はプリペイドカードをじっと見つめる。
「ありがとう。もう、僕が作ったおかずを圭斗にあげなくてもよくなったもんね。だから、最近はお父さんにねだられているんだー。お父さんの分も作って欲しいって。自分以外の人に食べてもらえるとモチベも上がるし、うん、嬉しいもんだよ」
圭斗の視線を感じる。
「だから、田端先輩も毎日すごく張り合いがあると思う。今日は何を作れば圭斗が喜ぶかなーって考っているだろうから、有難く思いなよ」
僕は沈黙が怖くて言葉を続ける。
「料理部でクリスマスに作るものが決まった。シュトーレンっていうドイツの焼き菓子とフライドチキン。僕は今回スイーツを担当しようかなって思っていて、多分、先輩はフライドチキンにするみたい。だから圭斗は、今年のクリスマスは先輩が作ったフライドチキンが食べられるよ。後、先輩に聞かれたんだけど……あ、いやなんでもない」
先輩に聞かれたけど、僕は嘘を吐いたんだ。
ごめんね、圭斗。
「そっか。それは楽しみだなー」
いつもの圭斗。
僕も楽しそうに振舞った。
もう、僕はわかってしまったから。
どうして、こんなに苦しいのかが。
🔸🔸🔸
「ふぅー。一旦休憩! 毎回思うけど、秋吉の集中力は半端ねえな。俺、必死に食らいついている感じ」
「そっかな? 僕は理数系だけど、圭斗は文系得意じゃん。特に英語。毎回、満点取っているだろ?」
「まあ、好きなのもあるよなー。留学行きたいと思っていた時期あったし」
「……そうだったね」
『アメリカの大学で陸上競技をとことん突き詰めたい。それが俺の夢』
高校一年で同じクラスになった時、いきなり熱い夢を聞かされた。
面白いヤツ。
「ちょっと待っていて。なんか食べるもの持ってくる」
圭斗が部屋を出ると、いきなり寂しさに襲われた。
僕はノートに綴られている圭斗の几帳面な字を指でなぞる。
あんなに口は荒っぽいのに、食べ方も、書く文字も、夢に掛ける思いも、真っ直ぐで純粋だ。
ちょっと褒め過ぎたかな、単純って言ってもいいかも……
僕は物事を斜めに見てしまうところがある。
疑い深いし、自分の気持ちに素直じゃない。
だからよく拗らせる……現に、今も。
互いに真逆の個性なのに、一緒に居て心地よかった。
これからも、一緒に居られるのかな……居ていいのかな……
僕はため息を吐きながら、圭斗が脱いだパーカーに顔を埋めた。
🔸🔸🔸
「さぶっ」
圭斗の家を出るとすっかり暗くなっていた。
朝、学校へ行く時よりも温度が急激に下がっていて、僕はマフラーを巻いてこなかったことを後悔した。
「夕飯、食べていけばいいいのに」
「あれだけお菓子やケーキ頂いたからお腹満腹だよ」
「まあ、ウチの母ちゃんの飯よりも秋吉のおばさんの飯の方が何十倍も美味いもんなー」
「おばさんのだって、美味しかったよ」
圭斗が顔の前で呆れたような顔で手を振る。
「お世辞はいいから」
「じゃあ、今度ウチに来なよ。お母さん、圭斗に会いたがってたよ」
「マジ? 行く! 行く! いつでも行ける! クリスマスは?」
「それはダメだろ……」
流石に、圭斗もバツが悪い顔をした。
圭斗のクリスマスは田端先輩と過ごす日だ。
少なくとも、先輩はそれを目標に圭斗に告白したんだから。
「そのうちな」
僕は出来るだけ軽い調子で言った。
「え……」
いきなり圭斗が自分の首に巻いていたマフラーを僕の首に掛けた。
「ちょっとこっち向いて」
そう言うと、僕の首に丁寧にマフラーを巻き始めた。
保健室の時のように、僕の心臓の音がドクンドクンと大きく鳴り始めた。
「ん。これで寒くないだろ」
圭斗からいつも香ってくる柔軟剤の匂いに包まれた。
「ちょっとキツい……」
僕は恥ずかしくなって軽口を叩く。
「文句言うな!」
圭斗の大きな手が僕の頭をわしゃわしゃした。
今日は笑っていた……と思ったら、僕の額に圭斗の唇が触れた。
「!」
一瞬の出来事で、僕は何のリアクションも出来なかった。
でも、さっきよりも心臓の音が激しくなり、立ち続けているのが辛くなってきた。
「じゃ、じゃあ、また来週!」
それだけを言うと、僕は全速力で駅に向かって走り出していた。
気持ちと身体が完全に乖離していた。
後ろを振り返る勇気もなく、今起こったことを思い返す勇気もなく、ひたすら走り続けた。
駅のバス停に着くと流石に息が切れた。
首に巻かれたマフラーがキツい。
でも、圭斗が巻いてくれたマフラーを外したくない。
さっきのシーンが思い出されて、僕は頬が赤くなるのを感じる。
どういうことなんだよ……
振り返ったところで、答えが出るわけじゃない。
僕は一旦、今起こったことと距離を置こうと思った。
すかさず、スマホを取り出すと、怖くて見ることが出来なかったインスタを開く。
「届いてる……」
あの人からDMの返信が届いていた。
僕は見るのが怖いくせに、でも何が書いてあるのか知りたいという欲求の狭間で揺れていた。
バスに乗り込み、一番後ろの席に座ると、DMを開いた。
――僕も最低なことをしています。本心を隠してどちらにも良い顔をしようとして。同じように心は軽くはなりません。後悔している毎日です。ある人を大事にしたいのにその人の本心がわからなくて別のある人を選びました。自分が傷つきたくなくて。大丈夫、みんなスタートラインは一緒です。
さっきまで冷めきっていた心に、じんわりと温かい熱が流れていくのを感じた。
スマホを握る手が、嬉しくて震えた。



