今日もおいしくいただきました!

 十二月に入り、急に寒くなった。
 弁当作りのための五時起きも辛くないと言えば、嘘になる。
 でも、これが僕の生きがいのひとつにもなっている。って言い過ぎかな。
 お父さんにも最近は「お父さんの弁当も作って欲しいなー」と甘えられている。
 二人分を作れないこともない。
 だって、おかずを余分に持っていく必要がなくなったから。
 
 あの日、圭斗は田端先輩のバイト先に行って、付き合うと返事をした。

――先輩にOKって伝えた。後押し、ありがとな

 僕は「大成功」というスタンプだけを返して、ずっとその画面を見つめていた。
 インコは飛んでいってしまった。
 もう二度と、僕の手の中には戻ってくることはない。
 画面の上にポタポタと滴が落ちる。
 どうして、涙が出てくるのだろう。
 僕が大好きな二人が付き合うなら、何の文句もないはずなのに。
 
――今日、僕は十七年間生きて来て一番悲しい気持ちになりました。どうしてこんな気持ちになるのかわかりません。ある人がある人に告白をして、ある人が承諾しました。二人とも僕が信頼している大切な人です。だからお祝いしたいのに悲しくて仕方ありません。僕はひとりぼっちになりそうです

 僕はまた、送れもしないメッセージをあの人のDMの画面で残す。
 ここに残すことで、僕の心は少し軽くなる。

🔸🔸🔸

 お昼時間、相変わらず僕と圭斗は一緒に食べている。
 でも、圭斗が僕の弁当からおかずを取ることはない。
 自分の弁当以外に、田端先輩が作ったおかずが追加されているから。

「どうせなら、先輩とお昼食べれば?」
「なんでだよ。俺と喰うの嫌か?」
「だってさ、そうやって圭斗の分のおかずを作ってくるってことは一緒に食べたい気持ちの表れだろ?」
「お前、付き合ってもいなのになんでそんなことわかるんだよ!」

 不毛な会話をしていた。
 でも、先輩は絶対一緒に食べたいと思っているはず。
 僕が二人の邪魔をしていることは避けたかった。
 寂しいけど……

「お前と喰うのが一番楽しい。俺の数少ない楽しみを奪うなよ」

 僕は圭斗の話すことに一喜一憂していることに自分でも呆れた。
 もう、圭斗は誰かのものなのに。

「でも、正直言うと、秋吉の味付けの方が俺好み。生姜焼きでもハンバーグでも、なんか違うんだよなー。同じ料理部なのにな?」
「料理部が同じでも、味付けはその家それぞれ違うだろうし。リクエストすればいいんじゃない? 俺はこういう味付けが好きだ! って」
「んなこと言えるかよ。お前に言うならまだしも」
「それって遠慮しているってこと? 遠慮している圭斗が新鮮―」
「遠慮じゃないよ、うーん、信頼かな? 俺と秋吉の間には絶対的な信頼があるからな、そこの違いだな」

 信頼はあるけど、愛情はないのか……
 え、キモ!
 自分で自分がキモい……愛情とか何言っているんだ?

「おい、大丈夫か? 飯こぼしてるぞ」
「は? ああ、まずい」

 僕はあわてて机に落ちたご飯粒を手で拾う。
 落ち着け、落ち着け。

「料理部でクリスマス料理作るって聞いたけど」
「え、ああ。そうそう、去年も作ったよ。圭斗に食べてもらったよな、フライドチキン」
「あれ、美味かったなー。今年も作るか?」
「うーん、どうだろう。部員みんなで候補を出して、投票して決めるから」
「秋吉の候補は何?」

 フライドチキン一択。
 去年、圭斗が美味い! 美味い! と唸りながらあっという間に平らげてくれたから、 作ろうと思っていたけど……
 今年はどう考えてもクリぼっちだ。

「まだ考え中。先輩は何か言っていた?」
「クリスマスケーキかフライドチキンって言ってた」
「え、そうなのか……」

 去年、僕がフライドチキンを候補に挙げた時、先輩はローストチキンを候補にしていたけど……

「俺が、秋吉が作ったフライドチキンが美味かったって話したら、それいいかもって言っていたよ」

 やっぱり別のものにしよう。
 先輩と張り合ってもしょうがない。

「じゃあ、今年の圭斗は先輩の手作りのフライドチキンが食べられるかもなー。いいね、去年は僕と寂しい男二人のクリスマスだったけど、今年はキラキラできるじゃん」

『クリスマスまであと一ヶ月だからちょっと焦ってる』

 田端先輩は念願通り、クリスマスを圭斗と一緒に過ごせるチャンスをものにした。

「……俺は秋吉と一緒にクリスマスを過ごせたのは楽しかったけどな。ケーキ買って、秋吉が作ったフライドチキン食べて、ゲームして、どうでもいいことに爆笑して。俺が荒みそうになっていたところを、秋吉に救われたと思っている」

 心臓がトクんと鳴った。
 圭斗は、去年の秋の陸上の大会で、半月板を損傷して走れなくなった。
 圭斗が走れなくなったあの秋を、僕は忘れられない。
 ただ、隣にいることしか出来なかった。
 
「うん……クリスマスは楽しかったな」

 僕は空になった弁当箱を見つめる。
 自分の心の中を映し出しているようだった。

🔸🔸🔸

 調理教室に入る。
 今日は、料理部でクリスマスに何を作るかを決める日だ。
 一年生から三年生までで、部員数は二十名。
 去年までは男子は僕一人だったけど、今年の一年生の男子が二名入り、合計三名になった。
 各々、作りたい料理の候補を持ち寄る。
 デコレーションケーキ、ブッシュドノエル、シュトーレンなどのスイーツから、フライドチキン、ローストチキン、ミートローフなどの料理まで二十名分の候補が並んだ。
 その中から、スイーツ一点と料理一点を投票で選ぶ。
 スイーツではデコレーションケーキとシュトーレンが最終候補に残り、料理ではフライドチキンとローストビーフが残った。

「結果を発表しまーす。スイーツ部門はシュトーレン! 料理部門はフライドチキンに決まりましたー。みなさん、頑張って作っていきましょうー」

 田端先輩の声に全員で拍手した。
 作る料理が決まったら、後は誰が何を作るかを決めていく。
 僕は今年はスイーツを作ろうかなと思い始めた。
 ケーキは作ったことがあるけど、シュトーレンは初めてだ。
 恐らく、田端先輩はフライドチキンを作るだろう。
 であれば、僕は避けた方がいい。

「堤くんはどっちにする?」

 田端先輩が僕に聞いてきた。
 僕は自分の心の声が田端先輩に聞こえたのかと焦った。

「えっと、今年はスイーツを作ってみようかなって思ってます」
「ホント? 私も同じ考えだった。シュトーレンだと日持ちもするし、誰かにあげるとしても、持ち運びにも気を遣わなくてすみそうだし、いいよね」

 僕の頭の中に圭斗の顔が浮かんだが、すぐに黒く塗りつぶした。

「はい。いいですよね……」
「……橋上くんは甘い物好きかな?」
「え?」

 いきなり、先輩は僕の耳元に顔を寄せると、こそこそと聞いてきた。

「えーと、あんまり好きじゃなさそうです。カフェでも甘い物食べないし」

 嘘を吐いた。
 僕は正直に答えなくてはいけなかった。
 頭ではわかっているのに、口からは真逆な答えを出していた。
 圭斗はスイーツには目がない。
 去年のクリスマスも、デコレーションケーキの三分の二は圭斗の腹の中に消えた。

「そっか……うーん、じゃあどうしようかな」

 僕は自分が吐いた嘘で、先輩の顔をまともに見られなかった。

🔸🔸🔸

――僕は今日最低なことをしました。ある人がある人の好きなものを聞いてきました。僕は正直に答えるべきなのに嘘を吐きました。どうしても教えたくなかったんです。ある人はある人と既に付き合っているのに、僕の入る隙なんてないのに、僕は意地悪をしました。最低です。でも嘘を吐いても心が軽くはなりませんでした。もっと重くなり苦しくなっています。僕はサイテーな人間です

 自分で書いていて自分を憐れんでいるようで、かなり引いた。
 消そうと思い、指が画面に触れた時、謝って送信を押してしまった。

「げっ! マズい」

 全身の血が一気に冷えた。
 僕の駄文はあの人に送られてしまった。