帰り道、自分のインスタを開く。
「え……どうして」
――今日はお休みですね。大丈夫ですか?
昨日の投稿にいつもの人からコメントがあった。
僕は鼻がツンとした瞬間、涙が出ていた。
こんな些細なことで泣ける自分が情けなかった。
でも、一番聞きたかった言葉。
――大丈夫ですか?
全然大丈夫じゃないです。
僕は誰だかわからないこの人に、なんて表現していいかわからない今の気持ちを聞いて欲しかった。
僕はバスに乗ると、意を決してこの人のDMを開いた。
🔸🔸🔸
今朝は目覚ましのタイマーを五時に直しておいた。
いつもの僕の日常に戻る日。
冷蔵庫に大量にあった豚のロース肉を消費して、とお母さんに言われたのもあって、今日はシンプルに豚の生姜焼きにした。
シンプルだけど、男子高校生の弁当には必須なおかず。
圭斗も一番好きなおかずって言っていたから、今日も大量に詰める。
肉の味付けが濃いから、シーチキンと塩昆布だけで和えたキャベツと、お母さんが夕べ作ったカボチャの肉そぼろあんかけを幾つか。
プチトマトとブロッコリーを詰めたら完成。
今日も完璧な弁当の出来上がり。
僕は様々な角度から写真を撮り、インスタに上げた。
――休み明け。今日もおいしくいただきます!
ちょっとコメントに足してみた。
弁当箱を開けた途端、圭斗が声をあげながら生姜焼きにガッツく姿が目に見える。
それを想像しただけで、顔がニヤけてしまい、自分でキモいと一旦冷静になる。
昨日、バスの中でいつもの人のDMを開いた。
僕は気が急いて、入力する指の方が追いつかないでいた。
――初めまして。いつもコメントありがとうございます。毎日励みになっています。昨日は弁当作りをお休みしてしまいました。僕は……大丈夫ではないです。最近モヤモヤした気持ちになっていて、毎日疲れます。原因はわかっているような、いないような。すみません、ヘンな内容で。ある人にある人を好きだと言われました。僕は協力すると伝えたのに、今更後悔しています。でもどうして後悔しているのかよくわかりません。でも、嫌なんだと思います。ある人がある人を好きになって欲しくない。そういうことみたいです。
「あーー。何書いているんだよ、無理無理」
僕は自分で書いた文章を読んで、一瞬にして気持ちが覚めた。
こんな内容が、弁当しか投稿してない人間から届いたら引くだろう。
僕は自分で書いていて身震いがした。
痛い、イタ過ぎる……僕ってこんなにイタい奴だったのか。
そのまま、送信ボタンは押さずにインスタを閉じた。
ダメ、ダメ、もっと冷静にならないと。
自分で息を整えているうちに、降りる停留所に着いていた。
でも、文章にしてみたら気持ちが少しスッキリして、今朝弁当を作ろうと前向きになれたみたいだ。
自分の気持ちをどこかに吐きたかったのかな……
決して送信されないDMを読み直しながら、学校へ向かった。
🔸🔸🔸
教室に入ると、牧田さんから目くばせをされた。
わかってる……でも。
「おはよ!」
いきなり肩を叩かれてビクッとする。
いつもの圭斗の挨拶なのに。
ヘンに自分の全身が緊張しているのがわかる。
「え、痛かった? まだ調子悪いのか?」
圭斗は僕が座っている横にしゃがみ、僕の顔を心配そうな顔で覗く。
「もう戻った。弁当も作ってきたし。今日は圭斗が好きなものが入ってるぞ」
「マジか!」
圭斗の笑顔を見て、僕も釣られて笑ってしまう。
この笑顔が好きなんだよな……
え、ちょっと待って。
好きって……何? 何言ってるんだ、僕は?
「じゃ、後でな」
再度、圭斗は僕の肩を叩いて席に戻った。
いつも叩かれ慣れているはずの肩が、痛い。
でもそれは、肩の痛みではなく、心の痛みだった。
🔸🔸🔸
「ウォー! 生姜焼きかよ! 美味そうー。いただきます!」
圭斗は豪快に僕の弁当から生姜焼きを箸で掴んだ。
想定通り。
これぐらい圭斗は食べるだろうと思っていた量が減った。
「美味い! やっぱりお前天才! 母ちゃんの作る生姜焼きも美味いけど、なんか違うんだよなー」
「うーん、僕はちょっとはちみつを足すんだよね。醤油の味を少しまろやかにする」
「へー。それもおばさんからの伝授?」
「それは自分で試してみた結果」
「すげーな、将来はコックになって欲しいわ。俺、毎日通うから」
話しながらも、圭斗は弁当を平らげていく。
僕も今日の弁当の出来は、かなり良いと自画自賛しながら食べていく。
昨日までは、憂鬱だと思っていた時間が、いつもの時間に戻っていた。
まだ、解決しなければいけない問題はあるけど、僕はこの時間だけは何にも邪魔されたくないと思った。
「昨日、ダッシュして帰っただろ?」
「え? ああ、うん」
「振り向いたら、もうお前居ないからビックリしたよ。また調子悪くなって保健室にでも行ったのかと思って」
「保健室まで行ったの?」
「ああ。だって心配だったから」
「……ごめん」
圭斗の言葉を聞いて、嬉しい気持ちと、騙しているという罪悪感がないまぜになる。
『この間、先輩、橋上くんに告ったんだよ』
牧田さんの言葉が頭を巡る。
そうだ、圭斗は田端先輩から告白されたんだ。
僕を心配するよりも、先輩が心配していることを解決しろよ。
「昨日の件だけど……今日ならいいよ。部活ないし」
「あ。ああ。うん。じゃあ、帰りにでも」
急に圭斗が僕から視線を外した。
もうその態度で僕は何を言いたいのか察した。
さっきまでの高揚感が一気に失せた。
自分でこの話を振っておいて、かってに落ちている自分が情けなかった。
🔸🔸🔸
放課後、先生に呼ばれた圭斗を校舎の裏側で待つ。
その間に自分のインスタを開くと、あの人からのコメントがあった。
――今日もおいしそうですね! 生姜焼き大好きです
「え……コメントが足されている」
この人も生姜焼きが大好きなんだ。
急に親近感が沸いて、僕は嬉しくなった。
でも、どうして急に?
僕が一日投稿しないだけでも心配してくれるぐらいの人だから、これは励ましなのかな。
それでもリアクションがあるのは嬉しい。
明日も弁当作りを頑張ろうというモチベに繋がる。
「ごめん、遅くなったー」
圭斗が息を切らしてやってきた。
「走ったの? そんなに急がなくてもいいのに」
「いやー、まさか呼び出しくらうとは思っていなかったからさ」
「え、呼び出しだったの? 何か悪い事?」
「いや、そうでもない。そのうちお前には話すよ」
そう言うと、肩を掴まれた。
僕にだけ話してくれるって思っていいのかな。
「で、なに? 帰りながらじゃ話せないことなのか?」
僕と圭斗は同じ駅で降りる。
だから帰り道でも話せるはずだけど……
「……料理部の部長の田端先輩、お前仲良いよな?」
「!」
やっぱり、そのことなのか……
僕は身を固くする。
「うん。この間カフェでも会ったじゃん」
「……そう、あのちょっと事故った時な」
圭斗の顔がほころんでいた。
僕が緊張して顔がこわばっているのとは対照的で、それだけで心が重くなる。
「俺、先輩に好きだって言われた。付き合って欲しいって」
知っている……
僕は視線を圭斗の足元に落とす。
「……どう思う?」
「へ?」
いきなり話を振られて、思わず圭斗の顔を見る。
僕が想像していた表情ではなかった。
悲しそうな、辛そうな。
「どう思うって……どうして、僕に聞くの? 圭斗のことだろ? 圭斗が先輩を好きか、付き合いたいかってことだろ。僕は関係ないよ」
自分でも声が震えていることがわかった。
「そっか……だよな」
「じ、実は僕、先輩に頼まれていて。圭斗の気持ちが知りたいって。保留にされたけど、断られてはいないから、あとちょっとかもって。だから、僕が一押ししますって言ったんだ。うん、先輩はオススメできるよ。キレイだし、優しいし、しっかりしているし。だから……」
「わかった!」
圭斗のこの表情をどこかで見た。
そうだ、膝を怪我して、絶望感に打ちひしがれていた時のだ。
でも、どうして……
「先輩のことよく知っているお前の口から言われたら説得力あるよな。うん、わかった。ありがと。やっぱり持つべきものは親友だよなー」
さっきまでの陰鬱なトーンがガラっと変わった。
あれは、芝居だったの?
僕からこの言葉を引き出したいために、可哀想な人を演じていたのか?
僕は膝の力が抜けて、しゃがみこみそうになるのを必死で耐えた。
自分の弱さを圭斗に見せたくない。
「き、今日も先輩はバイトしているよ。寄ってみたら? 喜ぶかも」
「だよなー。秋吉も一緒に行かねー?」
「い、嫌だよ。二人がイチャつくの見たくない」
「バーカ」
圭斗の大きな手が僕の頭をわしゃわしゃする。
ご機嫌な時にする癖。
でも、今日はしてほしくなかった。
僕は圭斗の顔を見上げる。
え?
僕をわしゃわしゃしている圭斗の顔が真顔だった。
いつもは、満面の笑みでするのに。
「じゃ、帰るか」
「……うん」
二人の間に、冷たい空気が流れた。
冬の知らせを告げる、風だったのかもしれない。
「え……どうして」
――今日はお休みですね。大丈夫ですか?
昨日の投稿にいつもの人からコメントがあった。
僕は鼻がツンとした瞬間、涙が出ていた。
こんな些細なことで泣ける自分が情けなかった。
でも、一番聞きたかった言葉。
――大丈夫ですか?
全然大丈夫じゃないです。
僕は誰だかわからないこの人に、なんて表現していいかわからない今の気持ちを聞いて欲しかった。
僕はバスに乗ると、意を決してこの人のDMを開いた。
🔸🔸🔸
今朝は目覚ましのタイマーを五時に直しておいた。
いつもの僕の日常に戻る日。
冷蔵庫に大量にあった豚のロース肉を消費して、とお母さんに言われたのもあって、今日はシンプルに豚の生姜焼きにした。
シンプルだけど、男子高校生の弁当には必須なおかず。
圭斗も一番好きなおかずって言っていたから、今日も大量に詰める。
肉の味付けが濃いから、シーチキンと塩昆布だけで和えたキャベツと、お母さんが夕べ作ったカボチャの肉そぼろあんかけを幾つか。
プチトマトとブロッコリーを詰めたら完成。
今日も完璧な弁当の出来上がり。
僕は様々な角度から写真を撮り、インスタに上げた。
――休み明け。今日もおいしくいただきます!
ちょっとコメントに足してみた。
弁当箱を開けた途端、圭斗が声をあげながら生姜焼きにガッツく姿が目に見える。
それを想像しただけで、顔がニヤけてしまい、自分でキモいと一旦冷静になる。
昨日、バスの中でいつもの人のDMを開いた。
僕は気が急いて、入力する指の方が追いつかないでいた。
――初めまして。いつもコメントありがとうございます。毎日励みになっています。昨日は弁当作りをお休みしてしまいました。僕は……大丈夫ではないです。最近モヤモヤした気持ちになっていて、毎日疲れます。原因はわかっているような、いないような。すみません、ヘンな内容で。ある人にある人を好きだと言われました。僕は協力すると伝えたのに、今更後悔しています。でもどうして後悔しているのかよくわかりません。でも、嫌なんだと思います。ある人がある人を好きになって欲しくない。そういうことみたいです。
「あーー。何書いているんだよ、無理無理」
僕は自分で書いた文章を読んで、一瞬にして気持ちが覚めた。
こんな内容が、弁当しか投稿してない人間から届いたら引くだろう。
僕は自分で書いていて身震いがした。
痛い、イタ過ぎる……僕ってこんなにイタい奴だったのか。
そのまま、送信ボタンは押さずにインスタを閉じた。
ダメ、ダメ、もっと冷静にならないと。
自分で息を整えているうちに、降りる停留所に着いていた。
でも、文章にしてみたら気持ちが少しスッキリして、今朝弁当を作ろうと前向きになれたみたいだ。
自分の気持ちをどこかに吐きたかったのかな……
決して送信されないDMを読み直しながら、学校へ向かった。
🔸🔸🔸
教室に入ると、牧田さんから目くばせをされた。
わかってる……でも。
「おはよ!」
いきなり肩を叩かれてビクッとする。
いつもの圭斗の挨拶なのに。
ヘンに自分の全身が緊張しているのがわかる。
「え、痛かった? まだ調子悪いのか?」
圭斗は僕が座っている横にしゃがみ、僕の顔を心配そうな顔で覗く。
「もう戻った。弁当も作ってきたし。今日は圭斗が好きなものが入ってるぞ」
「マジか!」
圭斗の笑顔を見て、僕も釣られて笑ってしまう。
この笑顔が好きなんだよな……
え、ちょっと待って。
好きって……何? 何言ってるんだ、僕は?
「じゃ、後でな」
再度、圭斗は僕の肩を叩いて席に戻った。
いつも叩かれ慣れているはずの肩が、痛い。
でもそれは、肩の痛みではなく、心の痛みだった。
🔸🔸🔸
「ウォー! 生姜焼きかよ! 美味そうー。いただきます!」
圭斗は豪快に僕の弁当から生姜焼きを箸で掴んだ。
想定通り。
これぐらい圭斗は食べるだろうと思っていた量が減った。
「美味い! やっぱりお前天才! 母ちゃんの作る生姜焼きも美味いけど、なんか違うんだよなー」
「うーん、僕はちょっとはちみつを足すんだよね。醤油の味を少しまろやかにする」
「へー。それもおばさんからの伝授?」
「それは自分で試してみた結果」
「すげーな、将来はコックになって欲しいわ。俺、毎日通うから」
話しながらも、圭斗は弁当を平らげていく。
僕も今日の弁当の出来は、かなり良いと自画自賛しながら食べていく。
昨日までは、憂鬱だと思っていた時間が、いつもの時間に戻っていた。
まだ、解決しなければいけない問題はあるけど、僕はこの時間だけは何にも邪魔されたくないと思った。
「昨日、ダッシュして帰っただろ?」
「え? ああ、うん」
「振り向いたら、もうお前居ないからビックリしたよ。また調子悪くなって保健室にでも行ったのかと思って」
「保健室まで行ったの?」
「ああ。だって心配だったから」
「……ごめん」
圭斗の言葉を聞いて、嬉しい気持ちと、騙しているという罪悪感がないまぜになる。
『この間、先輩、橋上くんに告ったんだよ』
牧田さんの言葉が頭を巡る。
そうだ、圭斗は田端先輩から告白されたんだ。
僕を心配するよりも、先輩が心配していることを解決しろよ。
「昨日の件だけど……今日ならいいよ。部活ないし」
「あ。ああ。うん。じゃあ、帰りにでも」
急に圭斗が僕から視線を外した。
もうその態度で僕は何を言いたいのか察した。
さっきまでの高揚感が一気に失せた。
自分でこの話を振っておいて、かってに落ちている自分が情けなかった。
🔸🔸🔸
放課後、先生に呼ばれた圭斗を校舎の裏側で待つ。
その間に自分のインスタを開くと、あの人からのコメントがあった。
――今日もおいしそうですね! 生姜焼き大好きです
「え……コメントが足されている」
この人も生姜焼きが大好きなんだ。
急に親近感が沸いて、僕は嬉しくなった。
でも、どうして急に?
僕が一日投稿しないだけでも心配してくれるぐらいの人だから、これは励ましなのかな。
それでもリアクションがあるのは嬉しい。
明日も弁当作りを頑張ろうというモチベに繋がる。
「ごめん、遅くなったー」
圭斗が息を切らしてやってきた。
「走ったの? そんなに急がなくてもいいのに」
「いやー、まさか呼び出しくらうとは思っていなかったからさ」
「え、呼び出しだったの? 何か悪い事?」
「いや、そうでもない。そのうちお前には話すよ」
そう言うと、肩を掴まれた。
僕にだけ話してくれるって思っていいのかな。
「で、なに? 帰りながらじゃ話せないことなのか?」
僕と圭斗は同じ駅で降りる。
だから帰り道でも話せるはずだけど……
「……料理部の部長の田端先輩、お前仲良いよな?」
「!」
やっぱり、そのことなのか……
僕は身を固くする。
「うん。この間カフェでも会ったじゃん」
「……そう、あのちょっと事故った時な」
圭斗の顔がほころんでいた。
僕が緊張して顔がこわばっているのとは対照的で、それだけで心が重くなる。
「俺、先輩に好きだって言われた。付き合って欲しいって」
知っている……
僕は視線を圭斗の足元に落とす。
「……どう思う?」
「へ?」
いきなり話を振られて、思わず圭斗の顔を見る。
僕が想像していた表情ではなかった。
悲しそうな、辛そうな。
「どう思うって……どうして、僕に聞くの? 圭斗のことだろ? 圭斗が先輩を好きか、付き合いたいかってことだろ。僕は関係ないよ」
自分でも声が震えていることがわかった。
「そっか……だよな」
「じ、実は僕、先輩に頼まれていて。圭斗の気持ちが知りたいって。保留にされたけど、断られてはいないから、あとちょっとかもって。だから、僕が一押ししますって言ったんだ。うん、先輩はオススメできるよ。キレイだし、優しいし、しっかりしているし。だから……」
「わかった!」
圭斗のこの表情をどこかで見た。
そうだ、膝を怪我して、絶望感に打ちひしがれていた時のだ。
でも、どうして……
「先輩のことよく知っているお前の口から言われたら説得力あるよな。うん、わかった。ありがと。やっぱり持つべきものは親友だよなー」
さっきまでの陰鬱なトーンがガラっと変わった。
あれは、芝居だったの?
僕からこの言葉を引き出したいために、可哀想な人を演じていたのか?
僕は膝の力が抜けて、しゃがみこみそうになるのを必死で耐えた。
自分の弱さを圭斗に見せたくない。
「き、今日も先輩はバイトしているよ。寄ってみたら? 喜ぶかも」
「だよなー。秋吉も一緒に行かねー?」
「い、嫌だよ。二人がイチャつくの見たくない」
「バーカ」
圭斗の大きな手が僕の頭をわしゃわしゃする。
ご機嫌な時にする癖。
でも、今日はしてほしくなかった。
僕は圭斗の顔を見上げる。
え?
僕をわしゃわしゃしている圭斗の顔が真顔だった。
いつもは、満面の笑みでするのに。
「じゃ、帰るか」
「……うん」
二人の間に、冷たい空気が流れた。
冬の知らせを告げる、風だったのかもしれない。



