今日もおいしくいただきました!

「ウォー。今日も秋吉(あきよし)の弁当豪華じゃね? 毎日、毎日、ごくろうさん。いただきます!」

 そう言うと、橋上圭斗(はしがみけいと)は僕の弁当からチキン南蛮を一つ掴むと口に入れた。

「あ、それ一番楽しみにしていたのに、勝手に喰うなよー」

 親友の圭斗と食べる昼飯は、毎日この展開から始まる。
 僕はもう慣れたもので、毎日主菜をひとつ余分に弁当に詰める。

「だってスゲー美味そうだったから。代わりに俺の弁当から何でも喰っていいよ」

 圭斗は自分の弁当を差し出す。
 圭斗のお母さんが作る弁当は、ザ・男飯だ。
 肉・卵・コメで味付けも濃い。でも、そこに愛情が見えて僕は嫌いではない。

「圭斗のお母さんの卵焼きは甘くて好きなんだー」

 僕は卵焼きを箸で取り、自分の弁当箱に入れた。

「ウハッ! このタルタルソース最高だな。ちょっとウチの母ちゃんにも教えてやってよ。これ家で喰いたいわ」
「じゃあ、レシピをLINEで送るよ」
「さんきゅ!」

 圭斗が豪快に弁当を食べる姿が好きだ。
 食べっぷりは豪快なのに、お箸の持ち方もキレイだし、食べこぼしもないし、何よりもコメ粒ひとつも残さずに平らげる姿が見ていて気持ち良い。
 って、親友に対して言う事じゃないよな……。

堤秋吉(つつみあきよし)くん居るー?」

 教室の後ろのドアから誰かに呼ばれた。
 振り返ると、三年生の田端(たばた)先輩だった。
 目の前の圭斗が怪訝な顔をしたのが分かったが、先輩の呼び出しに応えないわけにはいかない。
 僕は箸を置いて席を立ち、先輩の元に小走りで向かった。

「はい、なんでしょうか」
「ああ、お弁当食べている時にごめんね。ちょっと牧田さんに用事があって来たんだけど、堤くんの姿が見えたから。あの件、どうなった?」

 田端先輩は今日も睫毛がくるんとカールされている。その大きな瞳には、何かを期待しているような輝きが見えた。

「すみません……まだ伝えてなくて……」
「え、そうなの。そっか……。クリスマスまであと一ヶ月だからちょっと焦ってる」

 田端先輩が僕の肩越しに、圭斗をチラチラと見ているのがわかった。

「今週のバイトは何曜日がシフトなんですか?」
「ああ、今日と明後日と、土・日もいるよ。来てくれる?」
「はい、圭斗と行こうと思います」
「ありがと! 待っているね」

 花が咲いたという表現は大袈裟かもしれないけど、満面の笑みを残して田端先輩は廊下を戻って行った。
 田端先輩から圭斗を好きだと聞かされた時、僕はそれを応援する側にいなくてはいけないと思っていた。
 でもどうしても、気持ちが沈んでしまう。
 席に戻ると、わかりやすいぐらい圭斗の顔が不機嫌で、僕の沈んだ気持ちがちょっと浮上した。

「なんで、二年の教室に三年が来るんだよ? しかもお前を呼び出しってエラそう過ぎないか?」
「うん。まあ……ね。え、ちょっと待って! 弁当減っているんだけど」
「うん。俺が喰った」
「な……なんでだよ! 僕まだ全然食べてないのに!」
「だって、お前先輩と仲良く話してお腹いっぱいだろ。だーかーらー」

 意地悪く言う圭斗の顔を見て、僕は思わず吹き出してしまった。
 だって、あまりにも的外れだから。

「よく笑ってられんな? そんなに楽しかったのかよ」

 今度はあからさまに嫌な顔をした。
 圭斗は自分の気持ちが全て顔にでる。僕はそれが可笑しくて仕方がなかった。
 ホントに可愛いな、圭斗は。こう思う度に、僕はこの気持ちをどう対処すればいいのかわからなかった。

「あー笑った。圭斗は自制心っていうのを身に着けた方がいいよ。この先、絶対損すると思う」
「なにをエラそうに。俺ほど自制している奴はいないだろ」

 今日も圭斗の弁当箱はコメ一粒もなく、キレイに空になっていた。
 まるで、圭斗の心の中を映しているみたいだ。

「……明日の弁当は何を作ろうかな……」
「……ハンバーグ一択」

 僕は圭斗の答えに、気づかれないように口角を上げた。

🔸🔸🔸

「弁当足りなかったから、カフェ寄っていくから」
「えー、マジかよ? 俺に奢れって言ってる?」
「んなこと言ってないよ。付き合ってよ、一人じゃ入りにくい」
「しゃーねーなぁー」

 放課後、僕と圭斗の家の最寄り駅にあるセルフサービスのカフェに入る。
 ここは、田端先輩がアルバイトしている店だ。
 今日もシフトで入ると言っていた。
 田端先輩は既に推薦で大学進学が決まっていて、時間を自由に使えるといってバイトの時間を増やしているらしい。
 圭斗が嫌がれば、帰る選択肢もあったけど。
 隣でメニューを見ている圭斗の顔を見つめる僕の心境は複雑だ。

「塩キャラメルラテのアイスのショートにしよ、秋吉は?」
「え? ああ、僕も同じにする」
「なんか喰わないの?」
「ん? いいや」

 これから起きることを考えると、さっきまでの空腹感が失せた。

「じゃ、圭斗の分も一緒に注文するね」

 僕は席に座ると、自分のインスタを開く。
 今日も同じ人のコメントがついていた。
 毎日、必ず同じ時間に、同じコメント。

――今日もおいしそうですね!

 その人のインスタを見ても何も投稿されていない。
 ただ、僕の投稿にコメントといいねをくれるだけ。
 こんな弁当の写真しか上げてない僕のインスタをフォローする奇特な人は何者なんだ?

「何見てる?」
「いや、別に……」

 僕は圭斗に自分のインスタのアカウントは教えていない。
 自分が作った弁当の写真を毎日上げているなんて、恥ずかしくて言えなかった。
 圭斗のインスタは常に自信に溢れて、笑顔が弾けていて、躍動感のある圭斗の姿がアップされていた……去年までは。
 僕は圭斗のインスタを見る度に、喉に何かがつかえたような息苦しさを覚えた。
 こんなに弾けた笑顔をずっと見ていない。
 
――パシャッ

 いきなり圭斗が僕の顔を写真に撮った。

「な、なんだよ急に」
「ん? なんかシリアスモードに入ってカッコつけてたから」
「そんなことないよ!」
「じゃ、見る?」

 圭斗が僕に差し出した画面には、スマホ片手にどこを見ているかわからない僕が居た。
 でも別にカッコつけてなんかない!

「別に、フツーだろ」
「どこが? 秋吉は口角上げて笑っているウサギみたいな顔が可愛いんだから。こんな寂しい顔するなよ」

 胸がギュッとなると、ドクン、ドクンと鳴り始めた。
 
「寂しい顔なんてしてないよ! それに可愛いとか言うな。男同士なのに……」

 一瞬、圭斗の顔に暗い影が差したように見えた。
 え……なんで?

「堤くん、来ていたんだ。あ、橋上くんも……」

 タイミングよく、田端先輩が僕たちの前に現れた。
 本当にタイミングよく……

「はい。ちょっとお腹すいちゃって」
「そうなの? でも飲んでいるだけじゃない? 何か食べる? 私奢ってあげる」

 田端先輩は圭斗を前に機嫌が良いのが丸わかりだ。
 圭斗はさっきよりも、もっと遠いところに行ってしまったように見えるのは錯覚だろうか。

「大丈夫です。自分で買えますから」

 田端先輩の視線の先は答えている僕ではなく、圭斗に注がれていた。

「橋上くん、この前聞き忘れちゃったけど、LINE教えてくれるかな?」
「……どうしてですか?」
「どうしてって。遠野くんが聞きたいって言っていて……」
「だったら、遠野先輩が俺に直接聞けばいいんじゃないですか?」
「でも、遠野くんは今、九州だし。直接会えないじゃない?」
「九州だったらどうせ会えないし。意味ないっす」

 田端先輩と話せば話すほど不機嫌になっていく圭斗を前に、僕はさっきとは違う心臓の鼓動を感じて、息苦しくなる。
 どうしてそんなに喧嘩腰になるんだ?
 田端先輩の気持ちがわからないのかよ?

「行こう、秋吉」

 圭斗は鞄を乱暴に掴むと席を立った。
 その瞬間、圭斗はバランスを崩して横に居た田端先輩を抱きしめるような体制になって止まった。
 よく見るドラマのワンシーンみたいで、僕は急速に体温が下がっていくのを感じた。
 ショックを受けたわけじゃない、シラケただけだ……そう思いたかった。

「す、すみません……」
「ううん。大丈夫?」

 二人とも顔を赤くしていた。
 安っぽいラブストーリーを見せられてもな……
 僕は鞄を持って、二人を残して店を出た。
 後ろから圭斗の声が聞こえる。
 僕はバス停に向かって走り出し、そのまま停車していたバスに乗った。
 何故か、涙が出ていた。