結局、また熱が出た。
風邪が治りきっていなかったのか、それとも圭斗にあんなことをされたショックからなのか……
解熱剤を飲んでも、身体がゾクゾクしても、気持ちが興奮していて、全く寝付けなかった。
目をつむっても、さっきの光景がまぶたの裏に貼り付いていて、剥がそうとしても一向に剥がせない。
僕は圭斗にキスをされた。
『……ごめん』
謝るぐらいなら、するな!
僕をそんなにからかいたいのか……と切なくなる。
本当に僕のことを好きなら、謝らないはずだから。
――苦しくて仕方ありません。僕を助けてください。僕はある人に全く想像できなかったことをされました。僕はされるがまま、何もできませんでした。でもある人はその後に僕に謝りました。僕はそのことが悲しくて、苦しくて、辛いです。
だって、僕はそのある人を好きだから……そう書く勇気はなかった。
僕が明日も学校を休んでも、もう圭斗が家に来ることはないだろう。
僕はスマホをそっと置くと、きつく目をつむった。
🔸🔸🔸
「今日も一日大人しく寝ていて。でも、お母さん今日は撮影があって家を空けちゃうけど大丈夫かな?」
「ヘーキヘーキ。もう下がり始めてるから」
「また、学校帰りに橋上くん来てくれるかもしれないわね。一応、何か用意しておく?」
「来ないよ……あいつも忙しいだろうし。それに風邪をうつすわけにはいかないから断る」
「そうね」
お母さんは大荷物を車に積んで、出掛けて行った。
熱は平熱に戻りつつある。
結局、夕べはあのまま眠ることが出来た。
ヘンな夢を見ることなく。
DMの返信は届いていなかった。
冷静になって読み返すと、かなり恥ずかしい。
こんなことを書かれても、どう返していいかわからないよな……
あの人が男性なのはわかっている。
でも、何歳で、何をしている人なのかはDMのやり取りだけではわからない。
ただ、僕に寄り添ってくれていることだけは感じる。
ネガティブなことばっかり書いていると、そのうち拗らせている面倒なヤツって着信拒否されるかも。
それは嫌だ!
今の僕にはあの人しか本音を吐ける人がいないのだから。
「はぁー。バカみたいだ……」
僕は頭からベッドに倒れ込むと、壁に掛かっているカレンダーが目に入った。
来週はクリスマスだ。
今日の部活はフライドチキンの予習をするだろう。
クリスマスには、田端先輩は完璧なフライドチキンを作って、圭斗と一緒に食べる。
絶対、去年僕が作ったものよりも美味しいだろう……
LINEの通知音が鳴った。
――調子はどうだ? 部活はないから帰りに行く
――大丈夫。風邪うつしたくないから来ないで
本当は『来るな!』って打ちたいところだけど、心配してくれている圭斗に悪いと思った。
本当に来ないで、僕の熱を上げるだけだから。
🔸🔸🔸
――謝ったのはその人が不器用だからではないですか。僕がある人に嘘を吐いたという話をしました。本当はある人に自分の気持ちを打ち明けるつもりが拒否されるのが怖くて安易に違う人を選んでしまいました。それが嘘です。
夕方、僕は返信を読みながらボーっとしていた。
不器用……って?
確かに、圭斗は実直すぎるぐらいまっすぐで、器用ではないけど。
僕も嘘は吐きたくない、でも拒否される怖さもわかる。
僕の口から圭斗に好きだと伝えることは永遠に無い……
🔸🔸🔸
昨日までの調子の悪さが嘘のように、今朝は快適だ。
僕の中で、ひとつ区切りがついたから。
僕は圭斗とは今まで通り、親友として過ごす。
たぶん、顔を見たら好きが溢れそうになるだろうけど、でも拒否されたり、距離を置かれるぐらいなら今のままのほうが良い。
昨日のDMの返信を読みこんで、僕なりの解釈で結論を出した。
今日の弁当は、から揚げだ。
正直、朝から揚げ物をするのは面倒だと思ったけど、美味しそうな鶏のモモ肉が大量にあったので使うことにした。
夕べから、にんにくと生姜にマヨネーズも入れたタレに漬け込んでおいた。
薄力粉と片栗粉を混ぜた衣を着ければ、カリッカリに揚がる。
今日も、圭斗用に多めに弁当箱に詰める。
僕と圭斗の関係は変わらない……
――今日もおいしくいただきます!
🔸🔸🔸
「珍しいよね、橋上くんが風邪でお休みって」
「うん、そうだね」
圭斗が風邪で学校を休んだ。
僕がうつしたのだろうか?
昼休み、僕が一人で弁当を食べていると、牧田さんが一緒に食べようと弁当を持ってきた。
「やっぱり、美味しそうだよねー。堤くんのお弁当。毎朝、自分で作っているんでしょ? エラすぎる、尊敬するわ」
「もう慣れ。牧田さんはお母さんが作ってくれるの?」
「そうそう、いい加減自分で作りなさい! とか言われるけど。娘のためにお弁当を作れる時間もあと一年と少しだよとか言って、その気にさせているの」
牧田さんは楽しそうに笑う。
僕もその言い方に釣られて笑ってしまった。
いつもノリが良くて面白い。
ただ、噂好きなところがちょっと気になるけど。
「……昨日ね、ちょっと見ちゃったの」
「何を?」
「田端先輩が泣いているのを」
「え? どこで」
「裏門のところ。部活の時間になっても先輩が来ないから探していたら、裏門で見たって人がいて、行ってみたら、先輩と橋上くんがいて」
「え! 圭斗もいたの?」
「うん。どう見ても橋上くんが責めているように見えちゃった。で、私はマズいと思って調理室戻って。先に始めますって始めちゃった」
「先輩は?」
「LINEで欠席するって連絡で終わり。そしたら橋上くんが今日休みでしょ? やっぱり何か最悪なことがあったのかなーって思って」
あったのかなーって思って、僕に聞きにきたってわけか……
でも、僕は何も知らない。
この間の、スーパーのところで見た二人の姿が浮かんだ。
「僕は全然聞いてないよ。昨日も一昨日も休んでたし」
「そっか、そうよね。あんなにこの間はご機嫌だったのになー」
僕にキスしたこととは関係ない……と思いたかった。
「堤くんも辛いよね」
「どうして?」
「だって、二人のキューピッドでしょ。別れたらどっちにも気まずいよね? 違う?」
「ち、違わない……」
でも、僕は親友として圭斗に寄り添うつもりだ。
僕は一向に減らない、大量のから揚げに目を落とす。
クリスマスのフライドチキンはどうするんだろう……
🔸🔸🔸
帰り道、僕は圭斗にLINEを送った。
心配だったのと、僕の風邪をうつしてしまったかもしれないという申し訳なさで。
――体調はどう? もしかして僕の風邪をうつしていたらゴメン
――問題ない。実はズル休みだったりしてー
「マジかよ!」
僕は思わず声が出た。
嫌、これは僕を心配させないようにする圭斗のやり方だ。
――了解。お大事に
――なんだよ、冷たいなー。俺は秋吉の家まで行ったのになー
これって家に来いってことかよ?
行ってもいいけど、夕方から雪が降るという天気予報を見たばかりだ。
外は凍るぐらい寒い。
さくっと圭斗の顔を見て帰れば大丈夫かな……
――何か欲しい物ある?
――秋吉!
「ばーかっ!」
僕はスマホの画面に向かって悪態をついていた。
「おーー、今川焼かよ! ちょうどあんこが喰いたかった! やっぱり秋吉とは以心伝心だな」
駅前で買った今川焼を前に、上機嫌の圭斗は、いつもと変わらない。
僕はあの日のことを意識しないように、少し緊張気味に家に行ったけど、なんだか考え過ぎだったみたいだ。
「全然元気そうじゃん。やっぱりズル休みだったのかよ」
「ああ、そう書いただろ」
「なんで、ズル休みなんかするんだ? 圭斗らしくない」
「……そっかなあ。休んでいる秋吉がちょっと羨ましくなって真似てみた」
「僕はさぼったわけじゃないぞ。ちゃんと熱が出て……」
「わかった、わかった。ほら、お前も喰え」
いつもと変わらない……わけじゃなかった。
両手に今川焼をもって、ワンパクに食べる圭斗を見て、少し違和感を覚えた。
こんなにハイテンションなところは見たことがない。
「……なんだよ、そんなに俺の顔好きか?」
「はぁ? いや、そうじゃなくてさ……なんかいつもよりもハイだなーって」
「そっか? いつもと変わんねーけど。しかし美味いな」
「そんなに腹減ってたの? 今日圭斗が食べると思って多めにから揚げ持ってきたのが無駄になっちゃったよ」
「え、から揚げ! 残っているのか?」
「食べきれなかったから……え、食べる気?」
「おお、食べる気。出せ、出せ」
まあ、冬だし、平気だとは思うけど、でも朝、揚げたものだよ?
「いただきます! ウマーー。時間経ってもさっくさくじゃん。スゲーな秋吉」
あんなに大量にあったから揚げが、次から次へと圭斗の口に消えていく。
僕は慣れているはずなのに、その食べっぷりに感心してしまった。
「そんなに美味いか?」
「ああ、美味いに決まってるだろ! 俺の口に一番合うのは秋吉の料理なんだから」
「なら、良かった」
心底そう思った。
僕は圭斗が美味いと僕の作った料理を頬張ってくれるだけで、自分の気持ちを抑えられるような気がした。
これ以上の関係は望まない。
本人を前にして、僕の気持ちは固まった。
「ずっと、秋吉の弁当を食べられるといいな」
「食べられるよ。親友の絆はたやすく切れるわけないんだから」
「……親友か……」
あれほど勢いよく食べていた、圭斗の手が止まった。
「うん、親友……どうかした?」
「……俺、先輩と別れた。すごく悪いことをしたと思っている。謝っても謝り切れないけど。でも、お前にも言ったよな、もう嘘を吐くのは止めにするって」
「嘘って? 先輩を好きなわけじゃないってこと?」
圭斗が黙って頷いた。
「す、好きでもないのに付き合っていたってこと?」
「他に好きなヤツがいる」
「え? 二股していたってこと? どうして? 先輩はずっと圭斗のこと好きだったのに、付き合って嬉しそうにしていたのに……ずっと騙していたってことなのかよ」
「ああ、騙していたよ」
圭斗は音を立てて、テーブルの上に箸を置いた。
僕はその音に思わず、ビクッとしたけど、それ以上に怒りが沸いてきた。
「そんな開き直ることなのかよ!」
「そんなに秋吉が怒ることなのかよ!」
「だって、ひ、人の気持ちを弄ぶなんて最低だよ! 人が人を好きになるのってそんな簡単なことじゃないのに。相手が自分のことをどう思っているのか、知るのが怖くて、何でもないふりして、でも好きな気持ちが溢れて、それに戸惑って、辛くて。でも受け入れてくれて幸せになれるはずだったのに、それが嘘って……圭斗は最低だ!」
口に出せば、出すほど怒りの熱が高まっていくのを押さえることが出来ない。
「ああ、俺は最低だよ。だから、何だよ? お前に人を好きになる気持ちなんてわかるのかよ? そんなにエラそうに俺に言えるのかよ!」
「わかるよ! だって、圭斗が好きだから!」
僕の怒りの熱は最高温度に達し、火山のように噴き出した。
自爆という名のマグマが流れ落ちていく……
「え……」
「もう、いいよ……」
僕は脱いだコートとカバンを掴むと、そのまま圭斗の家を出た。
心配していた通り、一面銀世界になっていた。
僕はスニーカーで一歩踏み出すと、滑って転びそうになるところを後ろから抱きかかえられた。
「!」
「……ごめん。秋吉……お前に先に言わせて。ごめん」
「何が?」
「俺の好きなヤツはお前だ。ずっとお前のことしか好きになれない」
「え……」
圭斗に後ろから抱きしめられたまま、雪が頭や肩に降り積もっていく。
でも、僕は圭斗の体温を感じたまま、ここから動きたくなかった。
風邪が治りきっていなかったのか、それとも圭斗にあんなことをされたショックからなのか……
解熱剤を飲んでも、身体がゾクゾクしても、気持ちが興奮していて、全く寝付けなかった。
目をつむっても、さっきの光景がまぶたの裏に貼り付いていて、剥がそうとしても一向に剥がせない。
僕は圭斗にキスをされた。
『……ごめん』
謝るぐらいなら、するな!
僕をそんなにからかいたいのか……と切なくなる。
本当に僕のことを好きなら、謝らないはずだから。
――苦しくて仕方ありません。僕を助けてください。僕はある人に全く想像できなかったことをされました。僕はされるがまま、何もできませんでした。でもある人はその後に僕に謝りました。僕はそのことが悲しくて、苦しくて、辛いです。
だって、僕はそのある人を好きだから……そう書く勇気はなかった。
僕が明日も学校を休んでも、もう圭斗が家に来ることはないだろう。
僕はスマホをそっと置くと、きつく目をつむった。
🔸🔸🔸
「今日も一日大人しく寝ていて。でも、お母さん今日は撮影があって家を空けちゃうけど大丈夫かな?」
「ヘーキヘーキ。もう下がり始めてるから」
「また、学校帰りに橋上くん来てくれるかもしれないわね。一応、何か用意しておく?」
「来ないよ……あいつも忙しいだろうし。それに風邪をうつすわけにはいかないから断る」
「そうね」
お母さんは大荷物を車に積んで、出掛けて行った。
熱は平熱に戻りつつある。
結局、夕べはあのまま眠ることが出来た。
ヘンな夢を見ることなく。
DMの返信は届いていなかった。
冷静になって読み返すと、かなり恥ずかしい。
こんなことを書かれても、どう返していいかわからないよな……
あの人が男性なのはわかっている。
でも、何歳で、何をしている人なのかはDMのやり取りだけではわからない。
ただ、僕に寄り添ってくれていることだけは感じる。
ネガティブなことばっかり書いていると、そのうち拗らせている面倒なヤツって着信拒否されるかも。
それは嫌だ!
今の僕にはあの人しか本音を吐ける人がいないのだから。
「はぁー。バカみたいだ……」
僕は頭からベッドに倒れ込むと、壁に掛かっているカレンダーが目に入った。
来週はクリスマスだ。
今日の部活はフライドチキンの予習をするだろう。
クリスマスには、田端先輩は完璧なフライドチキンを作って、圭斗と一緒に食べる。
絶対、去年僕が作ったものよりも美味しいだろう……
LINEの通知音が鳴った。
――調子はどうだ? 部活はないから帰りに行く
――大丈夫。風邪うつしたくないから来ないで
本当は『来るな!』って打ちたいところだけど、心配してくれている圭斗に悪いと思った。
本当に来ないで、僕の熱を上げるだけだから。
🔸🔸🔸
――謝ったのはその人が不器用だからではないですか。僕がある人に嘘を吐いたという話をしました。本当はある人に自分の気持ちを打ち明けるつもりが拒否されるのが怖くて安易に違う人を選んでしまいました。それが嘘です。
夕方、僕は返信を読みながらボーっとしていた。
不器用……って?
確かに、圭斗は実直すぎるぐらいまっすぐで、器用ではないけど。
僕も嘘は吐きたくない、でも拒否される怖さもわかる。
僕の口から圭斗に好きだと伝えることは永遠に無い……
🔸🔸🔸
昨日までの調子の悪さが嘘のように、今朝は快適だ。
僕の中で、ひとつ区切りがついたから。
僕は圭斗とは今まで通り、親友として過ごす。
たぶん、顔を見たら好きが溢れそうになるだろうけど、でも拒否されたり、距離を置かれるぐらいなら今のままのほうが良い。
昨日のDMの返信を読みこんで、僕なりの解釈で結論を出した。
今日の弁当は、から揚げだ。
正直、朝から揚げ物をするのは面倒だと思ったけど、美味しそうな鶏のモモ肉が大量にあったので使うことにした。
夕べから、にんにくと生姜にマヨネーズも入れたタレに漬け込んでおいた。
薄力粉と片栗粉を混ぜた衣を着ければ、カリッカリに揚がる。
今日も、圭斗用に多めに弁当箱に詰める。
僕と圭斗の関係は変わらない……
――今日もおいしくいただきます!
🔸🔸🔸
「珍しいよね、橋上くんが風邪でお休みって」
「うん、そうだね」
圭斗が風邪で学校を休んだ。
僕がうつしたのだろうか?
昼休み、僕が一人で弁当を食べていると、牧田さんが一緒に食べようと弁当を持ってきた。
「やっぱり、美味しそうだよねー。堤くんのお弁当。毎朝、自分で作っているんでしょ? エラすぎる、尊敬するわ」
「もう慣れ。牧田さんはお母さんが作ってくれるの?」
「そうそう、いい加減自分で作りなさい! とか言われるけど。娘のためにお弁当を作れる時間もあと一年と少しだよとか言って、その気にさせているの」
牧田さんは楽しそうに笑う。
僕もその言い方に釣られて笑ってしまった。
いつもノリが良くて面白い。
ただ、噂好きなところがちょっと気になるけど。
「……昨日ね、ちょっと見ちゃったの」
「何を?」
「田端先輩が泣いているのを」
「え? どこで」
「裏門のところ。部活の時間になっても先輩が来ないから探していたら、裏門で見たって人がいて、行ってみたら、先輩と橋上くんがいて」
「え! 圭斗もいたの?」
「うん。どう見ても橋上くんが責めているように見えちゃった。で、私はマズいと思って調理室戻って。先に始めますって始めちゃった」
「先輩は?」
「LINEで欠席するって連絡で終わり。そしたら橋上くんが今日休みでしょ? やっぱり何か最悪なことがあったのかなーって思って」
あったのかなーって思って、僕に聞きにきたってわけか……
でも、僕は何も知らない。
この間の、スーパーのところで見た二人の姿が浮かんだ。
「僕は全然聞いてないよ。昨日も一昨日も休んでたし」
「そっか、そうよね。あんなにこの間はご機嫌だったのになー」
僕にキスしたこととは関係ない……と思いたかった。
「堤くんも辛いよね」
「どうして?」
「だって、二人のキューピッドでしょ。別れたらどっちにも気まずいよね? 違う?」
「ち、違わない……」
でも、僕は親友として圭斗に寄り添うつもりだ。
僕は一向に減らない、大量のから揚げに目を落とす。
クリスマスのフライドチキンはどうするんだろう……
🔸🔸🔸
帰り道、僕は圭斗にLINEを送った。
心配だったのと、僕の風邪をうつしてしまったかもしれないという申し訳なさで。
――体調はどう? もしかして僕の風邪をうつしていたらゴメン
――問題ない。実はズル休みだったりしてー
「マジかよ!」
僕は思わず声が出た。
嫌、これは僕を心配させないようにする圭斗のやり方だ。
――了解。お大事に
――なんだよ、冷たいなー。俺は秋吉の家まで行ったのになー
これって家に来いってことかよ?
行ってもいいけど、夕方から雪が降るという天気予報を見たばかりだ。
外は凍るぐらい寒い。
さくっと圭斗の顔を見て帰れば大丈夫かな……
――何か欲しい物ある?
――秋吉!
「ばーかっ!」
僕はスマホの画面に向かって悪態をついていた。
「おーー、今川焼かよ! ちょうどあんこが喰いたかった! やっぱり秋吉とは以心伝心だな」
駅前で買った今川焼を前に、上機嫌の圭斗は、いつもと変わらない。
僕はあの日のことを意識しないように、少し緊張気味に家に行ったけど、なんだか考え過ぎだったみたいだ。
「全然元気そうじゃん。やっぱりズル休みだったのかよ」
「ああ、そう書いただろ」
「なんで、ズル休みなんかするんだ? 圭斗らしくない」
「……そっかなあ。休んでいる秋吉がちょっと羨ましくなって真似てみた」
「僕はさぼったわけじゃないぞ。ちゃんと熱が出て……」
「わかった、わかった。ほら、お前も喰え」
いつもと変わらない……わけじゃなかった。
両手に今川焼をもって、ワンパクに食べる圭斗を見て、少し違和感を覚えた。
こんなにハイテンションなところは見たことがない。
「……なんだよ、そんなに俺の顔好きか?」
「はぁ? いや、そうじゃなくてさ……なんかいつもよりもハイだなーって」
「そっか? いつもと変わんねーけど。しかし美味いな」
「そんなに腹減ってたの? 今日圭斗が食べると思って多めにから揚げ持ってきたのが無駄になっちゃったよ」
「え、から揚げ! 残っているのか?」
「食べきれなかったから……え、食べる気?」
「おお、食べる気。出せ、出せ」
まあ、冬だし、平気だとは思うけど、でも朝、揚げたものだよ?
「いただきます! ウマーー。時間経ってもさっくさくじゃん。スゲーな秋吉」
あんなに大量にあったから揚げが、次から次へと圭斗の口に消えていく。
僕は慣れているはずなのに、その食べっぷりに感心してしまった。
「そんなに美味いか?」
「ああ、美味いに決まってるだろ! 俺の口に一番合うのは秋吉の料理なんだから」
「なら、良かった」
心底そう思った。
僕は圭斗が美味いと僕の作った料理を頬張ってくれるだけで、自分の気持ちを抑えられるような気がした。
これ以上の関係は望まない。
本人を前にして、僕の気持ちは固まった。
「ずっと、秋吉の弁当を食べられるといいな」
「食べられるよ。親友の絆はたやすく切れるわけないんだから」
「……親友か……」
あれほど勢いよく食べていた、圭斗の手が止まった。
「うん、親友……どうかした?」
「……俺、先輩と別れた。すごく悪いことをしたと思っている。謝っても謝り切れないけど。でも、お前にも言ったよな、もう嘘を吐くのは止めにするって」
「嘘って? 先輩を好きなわけじゃないってこと?」
圭斗が黙って頷いた。
「す、好きでもないのに付き合っていたってこと?」
「他に好きなヤツがいる」
「え? 二股していたってこと? どうして? 先輩はずっと圭斗のこと好きだったのに、付き合って嬉しそうにしていたのに……ずっと騙していたってことなのかよ」
「ああ、騙していたよ」
圭斗は音を立てて、テーブルの上に箸を置いた。
僕はその音に思わず、ビクッとしたけど、それ以上に怒りが沸いてきた。
「そんな開き直ることなのかよ!」
「そんなに秋吉が怒ることなのかよ!」
「だって、ひ、人の気持ちを弄ぶなんて最低だよ! 人が人を好きになるのってそんな簡単なことじゃないのに。相手が自分のことをどう思っているのか、知るのが怖くて、何でもないふりして、でも好きな気持ちが溢れて、それに戸惑って、辛くて。でも受け入れてくれて幸せになれるはずだったのに、それが嘘って……圭斗は最低だ!」
口に出せば、出すほど怒りの熱が高まっていくのを押さえることが出来ない。
「ああ、俺は最低だよ。だから、何だよ? お前に人を好きになる気持ちなんてわかるのかよ? そんなにエラそうに俺に言えるのかよ!」
「わかるよ! だって、圭斗が好きだから!」
僕の怒りの熱は最高温度に達し、火山のように噴き出した。
自爆という名のマグマが流れ落ちていく……
「え……」
「もう、いいよ……」
僕は脱いだコートとカバンを掴むと、そのまま圭斗の家を出た。
心配していた通り、一面銀世界になっていた。
僕はスニーカーで一歩踏み出すと、滑って転びそうになるところを後ろから抱きかかえられた。
「!」
「……ごめん。秋吉……お前に先に言わせて。ごめん」
「何が?」
「俺の好きなヤツはお前だ。ずっとお前のことしか好きになれない」
「え……」
圭斗に後ろから抱きしめられたまま、雪が頭や肩に降り積もっていく。
でも、僕は圭斗の体温を感じたまま、ここから動きたくなかった。



