今日もおいしくいただきました!

「珍しいわよね、秋くんが熱出すなんて。一年生の時は皆勤賞だったでしょ?」
「うん。自分でもびっくりしてる」
「弁当作るのに早起きしているからなー。寝不足になっていないか?」

 夕飯の時間には既に熱は平熱に下がっていて、身体も楽になっていた。
 ただ、まだくしゃみと鼻水はズルズルだ。

「明日、もう一日休んだ方がいいかも。この際、とことん治しておいたほうが、クリスマスもお正月も元気に迎えられるんじゃない」
 
 お母さん、息子のクリスマスは、ぼっち確定ですよ。

「そうだね。好きなだけ寝てられて嬉しいかも」
「寝る子は育つからな。そういう日があってもいいんじゃないか」

 ピンポーン。
 インターフォンが鳴った。

「はい?」
『おばさん、こんばんは。橋上です。秋吉は大丈夫ですか?』
「!」

 圭斗が来た!
 わざわざ、こんな時間に?
 え、どうして。
 大丈夫だってLINEで伝えたのに……

「まあ、橋上くん、わざわざこの寒い中来てくれたの? ありがとうね。今、開けるわね。秋くん、橋上くんよ。大丈夫? うつすといけないからマスクして」

 僕は軽くパニックになっていた。
 聞いてない!
 っていうか、夜の八時だよ!

「こんばんは……」
「こんばんは。寒かったでしょ、上がって。久しぶりねー。なんだかまた背が伸びたんじゃない? 相変わらずスタイル良くて。どうぞ」
「お邪魔します……あ、これ買って来たんで」
「え? うわ、美味しそうな焼きいも。あ、駅前のあそこでしょ?」
「はい、良い匂いがしたんで。秋吉の好物ですよね」
「さすが、よくわかってるわねー。秋くん、橋上くんに焼きいも頂いたわよ」
「久しぶりだね、橋上くん。また格好良くなってないか?」
「こんばんは。いや、全然です。よっ! 秋吉、大丈夫か?」

 圭斗がお父さんと笑っている横顔を見て、僕はこの景色をずっと見ていたいと思った。
 そしてその気持ちが怖くなった。

「秋くん? ほら頂いたわよ」
「あ、ありがとう。わざわざ……こんな遅い時間に」
「うん。もっと早く来ようと思ったんだけど、部活やっていて」
「え! 橋上くん、部活また始めたの?」
「はい。無事に復帰できました」
「おー、おめでとう! 橋上くんの走りはすごかったもんなー。おじさん、興奮して立ち上がって応援していたよ」
「ああ、ウチの母ちゃんから聞きました。あの時はありがとうございます」
「良かったわねー。橋上くんのお母さんも辛そうにしていらしたから。秋くんは知っていたの?」
「え? うん」
「一番先に、秋吉に伝えました。ずっとそばに居てくれて、励ましてもらっていたので」

 圭斗の照れた顔を見て、僕の鼓動が早くなる。
 そんな顔を見せられたら、ぎりぎりのラインで保っている好きが漏れ始めてしまう。

「へ、部屋行く?」
「あ、うん。っていうか大丈夫か? これ渡しに来ただけだから、辛いならもう帰るよ」
「大丈夫。熱は下がったから。行こう」

 圭斗と部屋に入る。
 僕の鼓動の早さは、治まることを知らない。
 こんな状態で部屋に二人っきりって、僕にとっては拷問だ!

「秋吉が風邪引くとはな、珍しいこともあるもんだ」
「うん。自分でも驚いたけど……明日も大事をとって休むかも」
「……そっか、了解。はぁー、秋吉が学校に居ないとつまんねーなー」

 床に座った圭斗は、顔を天井に向けて大袈裟な仕草をする。

「で、一年ぶりの部活はどうだった?」
「ん? 歓迎されてかなり照れ臭かった。でも、やっぱりトラックを走るのは気持ちがいいな。もう無理かもって諦めてたから」
「僕は絶対に圭斗は復帰出来るって思ってたよ。不屈の精神が圭斗には備わっているって信じていた。でも、やっぱり陰であんなに努力していたのはホントに感動した」

 圭斗はずっとそうだ。
 決して口には出さないけど、黙々と努力している。
 一年生で、陸上大会の代表に選抜された時も、当時の三年生に嫌味を言われたのを知っている。
 でも、結果でその嫌味を吹き飛ばした。
 その結果を出すために、一人で残って走っていたのを僕は見ていたから。
 圭斗に克服できないことはないと信じていた。

「ずーっとお前が見てくれていたからなー。俺はそれで頑張れた。正直、もう辞めようかなって何回も思ったけどさ。一年の時、俺が遅くまでトラック走っていたのを、お前調理教室から見ていただろ。余ったからって部活で作ったもの持ってきてくれたり」
「そうだね……」
「絶対に『頑張れ』って言わないんだよな、秋吉は。他の人はみんな『頑張れ』って言うけど、決して言わない。『既に十分頑張っているから』って、お前はそう言ったんだよ……俺はその言葉にどれだけ救われたか……」

 圭斗の視線が彷徨っているのが見える。
 僕を見るわけでもなく、宙を見るわけでもなく、何か緊張しているように見えた。

「この間のスポーツセンターで初めて、お前に『よく頑張りました』って言われた。俺は、その言葉でもう嘘を吐くのは止めようと思った」

 言葉を止めると、圭斗は僕の頭を引き寄せマスクの上からキスをした……
 僕は突然のことに目を見開き、全身が氷のように固まっていた。
 
「……ごめん」

 そう言うと、圭斗は振り返らずに部屋を出て行った。
 僕は息をするのも忘れ、ただただ固まっていた。