家に帰るとぐったりしてしまった。
出来上がったシュトーレンは美味しかったけど、調理教室でのあれこれで、いつも以上に疲れた。
「お母さん! 土曜日の料理教室で一緒に写真を撮った人がSNSにアップしていてちょっと大変なことになっているんだけど!」
僕は真っ先にお母さんに抗議した。
別にお母さん自体は悪くないけど……
「あー、アシスタントの子に聞いたわ。いいじゃない、よく撮れているし。お母さんとしては息子の自慢が出来て嬉しいけど」
「そういうことじゃなくてー」
「え、もしかして学校で指導とかされた? お母さん、呼び出しされてないわよね」
お母さんがスマホの着信履歴を確かめている。
こういうところが、ちょっとヌケていて可愛い。
「何も言われてないけど……でも、もしかしたら問題になるかも」
「そうなの? 私立だから公立よりもそのあたりユルいんじゃないのかしらね」
そうだといいけど。
圭斗はもう知っているのかな。
田端先輩に聞いているのかな。
っていうか、二人の関係はどうなっているんだよ!
「秋くん、明日のお弁当のおかず。鳥のささみがわりとあるんだけど、使う?」
「うん、使う。大量にある?」
「あるある。橋上くんの分までたっぷりあるわよ」
さすが、お母さんよくわかってる。
僕は部屋に戻り、インスタを開くと返信が届いていた!
無視されたわけじゃなかったんだ……
――僕も嬉しいことと悲しいことがありました。やっと伝えたい人に伝えられたこと。そしてその人がすごく喜んでくれたこと。悲しいことは……自分が嘘を吐いたことである人を傷つけてしまったこと
僕の気持ちとリンクしている……
LINEの通知音が鳴った。
――見たぞ。なかなかよく撮れているじゃん
圭斗からだった。
Xの投稿を見たのか……
――どうしよう……何も起こらないよね?
――遠くに行くなよ。ずっと俺の秋吉でいろ
「……どういう意味だよ」
🔸🔸🔸
鳥のささみに粉チーズを混ぜたパン粉をつけてあげ焼きにする。
ささみは味が淡泊だから粉チーズの濃厚さで食欲が沸く。
今日から圭斗の分も復活だ。
復活記念にいつもよりも量を増やしてあげる。
昨日のLINEの意味がよくわからなかった。
別にどこにも行かないのにな……
「あ、まずいっ。焦げそう」
考え過ぎて、ささみが焦げそうになる。
他にはレンコンの甘辛煮とじゃこ入りの卵焼きに、いつもの野菜。
今日もゆかりを混ぜたご飯にした。
ささみの量が多すぎて、ご飯の量が少なくなったのは笑えるけど。
――今日もおいしくいただきます!
🔸🔸🔸
学校がある駅に着くと、いつもよりも学生が多いように感じた。
しかも見たことがない制服の女性が多い。
え、何かイベントでもあるの?
僕は不思議な気持ちがしつつ、歩いていると、いきなり声を掛けられた。
「堤くんですよね。やっぱり格好いい。写真撮っていいですか?」
「は? え、な、なんで」
「私もー」
あっという間に女性たちに囲まれた。
ど、どういうこと?
「いや、ちょっと。学校行きたいんだけど……」
じわじわと女性たちに距離を詰められていると、突然、誰かに左腕を捕まれ、輪の中から脱出できた。
「圭斗!」
「いいから、走るぞ」
そう言うと僕の左手を握り、走り出した。
後ろから叫び声が聞こえているけど、僕は圭斗に引っ張られながら圭斗に付いていくのに必死だった。
校門が近づくと、そこにも見たことがない制服の子たちが見えた。
圭斗はいきなり進行方向を変えると、裏門を目指して走った。
「もう、ダメ。無理……」
僕は裏門の中で倒れ込んだ。
こんな速さで走ったことがない。
もう息をするのに精いっぱいで、声がまともに出ない。
隣で立っている圭斗は、余裕の顔をしている。
今、何が起きたのか整理する時間が必要だった。
だって、圭斗はまるでヒーローみたいに僕を助けに来て、二人で手を繋いで逃げるってどういうシチュエーション!?
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃない。けど、本当に走れるんだね、圭斗」
僕は自分のことはともかく、圭斗があれだけの速さで走れることに感動していた。
圭斗は僕の前に座ると、二人で向かい合う形になった。
圭斗は僕の顔をじっと見つめる。
僕はまだ息が切れているけど、その視線を逸らすことが出来ないでいる。
圭斗の手が僕の頬に触れる……
「……秋吉、俺さ本当は……」
「どうした? 大丈夫か?」
咄嗟に圭斗は僕の腕を掴んで立ち上がった。
「すみません、なんか正門に知らない子たちが大勢居て、逃げてきました」
「ああ、なんか駅にも居たらしいね。大丈夫?」
「はい。大丈夫です。行こう、秋吉」
圭斗と僕は警備員さんに頭を下げ、校舎に向かって歩き出した。
僕は心臓が口から出そうになっている。
決して走ったからじゃない、圭斗のせいだ。
🔸🔸🔸
結局、僕は職員室に呼ばれ、Xについての説明を求められた。
正直、僕が説明できるのは、料理教室で写真を撮ったという事実のみだ。
それをSNSにアップしたのは、あの場に居た人たちで僕じゃない。
「まあ、堤が被害者ってことだな。人気者になるのは悪いことではないけど。まさか学校まで来るとはなー。SNSの拡散能力は怖いね。一応、親御さんにも伝えておくから」
「……お騒がせしてすみませんでした」
僕は最敬礼をして職員室を出た。
なんだか納得いかないけど。
でも、僕は何も悪くない……はず。
「げっ! 昼休みが半分になっちゃったじゃないかよ」
僕は教室へ走った。
圭斗は自分の席で、グラウンドを見ていた。
ちょっと寂しそうに見えた。
「ごめん、まだ食べてないのか?」
「ああ。どうだった? 何か処罰されるのか?」
「大丈夫。でも、お母さんたちには連絡いくみたいだけど。なんか、勝手にバズって僕が悪いみたいになって。理不尽すぎるよな」
「しかし、SNSって怖いな。一瞬で有名人かよ」
圭斗が意地悪い顔をして笑っている。
勝手に笑っていればいいさ。
寂しい顔されるよりかは何十倍もましだ。
「じゃーん。復活記念で多めに持ってきたぞ」
「なに? 復活記念って」
「え、圭斗が僕の弁当からおかずを盗むこと」
「盗むって、お前、言い方!」
口ではそう言いながらも、嬉しそうな顔をしている。
「やっぱり美味そうー。じゃ、頂き!」
「鳥のささみの粉チーズ焼き。初めて作ったけど、どうかな?」
「……美味い! チーズの味がサイコー。お前天才か!」
わしわしとご飯をかっ込む圭斗の食べっぷりが気持ち良い。
やっぱり、圭斗が好きだ……
え、ちょっと待って。
え、え?
「どうした? 食べないのか? スゲー美味いぞ」
「……」
「……秋吉?」
「ちょっと……待ってて」
僕は席を立つと可能な限り速足で、非常階段に向かった。
誰にも見られたくない、誰にも見せたくない。
ブレザー姿で、北風が吹きすさぶ非常階段に腰が抜けたように座り込む。
自分が鼻をすする音しか聞こえない。
薄いベールに包まれ、よく姿が見えないままずっと抱えてきたものの正体がわかった。
僕は圭斗が好きだ。
親友としてだけではなく、恋愛の対象として。
それがわかってしまった。
でも、それは許されることなのだろうか?
圭斗がこのことを知ったら……
今、とてつもなく怖くて、涙が止まらない。
僕は後、どれくらいここに座っていられるだろう。
出来上がったシュトーレンは美味しかったけど、調理教室でのあれこれで、いつも以上に疲れた。
「お母さん! 土曜日の料理教室で一緒に写真を撮った人がSNSにアップしていてちょっと大変なことになっているんだけど!」
僕は真っ先にお母さんに抗議した。
別にお母さん自体は悪くないけど……
「あー、アシスタントの子に聞いたわ。いいじゃない、よく撮れているし。お母さんとしては息子の自慢が出来て嬉しいけど」
「そういうことじゃなくてー」
「え、もしかして学校で指導とかされた? お母さん、呼び出しされてないわよね」
お母さんがスマホの着信履歴を確かめている。
こういうところが、ちょっとヌケていて可愛い。
「何も言われてないけど……でも、もしかしたら問題になるかも」
「そうなの? 私立だから公立よりもそのあたりユルいんじゃないのかしらね」
そうだといいけど。
圭斗はもう知っているのかな。
田端先輩に聞いているのかな。
っていうか、二人の関係はどうなっているんだよ!
「秋くん、明日のお弁当のおかず。鳥のささみがわりとあるんだけど、使う?」
「うん、使う。大量にある?」
「あるある。橋上くんの分までたっぷりあるわよ」
さすが、お母さんよくわかってる。
僕は部屋に戻り、インスタを開くと返信が届いていた!
無視されたわけじゃなかったんだ……
――僕も嬉しいことと悲しいことがありました。やっと伝えたい人に伝えられたこと。そしてその人がすごく喜んでくれたこと。悲しいことは……自分が嘘を吐いたことである人を傷つけてしまったこと
僕の気持ちとリンクしている……
LINEの通知音が鳴った。
――見たぞ。なかなかよく撮れているじゃん
圭斗からだった。
Xの投稿を見たのか……
――どうしよう……何も起こらないよね?
――遠くに行くなよ。ずっと俺の秋吉でいろ
「……どういう意味だよ」
🔸🔸🔸
鳥のささみに粉チーズを混ぜたパン粉をつけてあげ焼きにする。
ささみは味が淡泊だから粉チーズの濃厚さで食欲が沸く。
今日から圭斗の分も復活だ。
復活記念にいつもよりも量を増やしてあげる。
昨日のLINEの意味がよくわからなかった。
別にどこにも行かないのにな……
「あ、まずいっ。焦げそう」
考え過ぎて、ささみが焦げそうになる。
他にはレンコンの甘辛煮とじゃこ入りの卵焼きに、いつもの野菜。
今日もゆかりを混ぜたご飯にした。
ささみの量が多すぎて、ご飯の量が少なくなったのは笑えるけど。
――今日もおいしくいただきます!
🔸🔸🔸
学校がある駅に着くと、いつもよりも学生が多いように感じた。
しかも見たことがない制服の女性が多い。
え、何かイベントでもあるの?
僕は不思議な気持ちがしつつ、歩いていると、いきなり声を掛けられた。
「堤くんですよね。やっぱり格好いい。写真撮っていいですか?」
「は? え、な、なんで」
「私もー」
あっという間に女性たちに囲まれた。
ど、どういうこと?
「いや、ちょっと。学校行きたいんだけど……」
じわじわと女性たちに距離を詰められていると、突然、誰かに左腕を捕まれ、輪の中から脱出できた。
「圭斗!」
「いいから、走るぞ」
そう言うと僕の左手を握り、走り出した。
後ろから叫び声が聞こえているけど、僕は圭斗に引っ張られながら圭斗に付いていくのに必死だった。
校門が近づくと、そこにも見たことがない制服の子たちが見えた。
圭斗はいきなり進行方向を変えると、裏門を目指して走った。
「もう、ダメ。無理……」
僕は裏門の中で倒れ込んだ。
こんな速さで走ったことがない。
もう息をするのに精いっぱいで、声がまともに出ない。
隣で立っている圭斗は、余裕の顔をしている。
今、何が起きたのか整理する時間が必要だった。
だって、圭斗はまるでヒーローみたいに僕を助けに来て、二人で手を繋いで逃げるってどういうシチュエーション!?
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃない。けど、本当に走れるんだね、圭斗」
僕は自分のことはともかく、圭斗があれだけの速さで走れることに感動していた。
圭斗は僕の前に座ると、二人で向かい合う形になった。
圭斗は僕の顔をじっと見つめる。
僕はまだ息が切れているけど、その視線を逸らすことが出来ないでいる。
圭斗の手が僕の頬に触れる……
「……秋吉、俺さ本当は……」
「どうした? 大丈夫か?」
咄嗟に圭斗は僕の腕を掴んで立ち上がった。
「すみません、なんか正門に知らない子たちが大勢居て、逃げてきました」
「ああ、なんか駅にも居たらしいね。大丈夫?」
「はい。大丈夫です。行こう、秋吉」
圭斗と僕は警備員さんに頭を下げ、校舎に向かって歩き出した。
僕は心臓が口から出そうになっている。
決して走ったからじゃない、圭斗のせいだ。
🔸🔸🔸
結局、僕は職員室に呼ばれ、Xについての説明を求められた。
正直、僕が説明できるのは、料理教室で写真を撮ったという事実のみだ。
それをSNSにアップしたのは、あの場に居た人たちで僕じゃない。
「まあ、堤が被害者ってことだな。人気者になるのは悪いことではないけど。まさか学校まで来るとはなー。SNSの拡散能力は怖いね。一応、親御さんにも伝えておくから」
「……お騒がせしてすみませんでした」
僕は最敬礼をして職員室を出た。
なんだか納得いかないけど。
でも、僕は何も悪くない……はず。
「げっ! 昼休みが半分になっちゃったじゃないかよ」
僕は教室へ走った。
圭斗は自分の席で、グラウンドを見ていた。
ちょっと寂しそうに見えた。
「ごめん、まだ食べてないのか?」
「ああ。どうだった? 何か処罰されるのか?」
「大丈夫。でも、お母さんたちには連絡いくみたいだけど。なんか、勝手にバズって僕が悪いみたいになって。理不尽すぎるよな」
「しかし、SNSって怖いな。一瞬で有名人かよ」
圭斗が意地悪い顔をして笑っている。
勝手に笑っていればいいさ。
寂しい顔されるよりかは何十倍もましだ。
「じゃーん。復活記念で多めに持ってきたぞ」
「なに? 復活記念って」
「え、圭斗が僕の弁当からおかずを盗むこと」
「盗むって、お前、言い方!」
口ではそう言いながらも、嬉しそうな顔をしている。
「やっぱり美味そうー。じゃ、頂き!」
「鳥のささみの粉チーズ焼き。初めて作ったけど、どうかな?」
「……美味い! チーズの味がサイコー。お前天才か!」
わしわしとご飯をかっ込む圭斗の食べっぷりが気持ち良い。
やっぱり、圭斗が好きだ……
え、ちょっと待って。
え、え?
「どうした? 食べないのか? スゲー美味いぞ」
「……」
「……秋吉?」
「ちょっと……待ってて」
僕は席を立つと可能な限り速足で、非常階段に向かった。
誰にも見られたくない、誰にも見せたくない。
ブレザー姿で、北風が吹きすさぶ非常階段に腰が抜けたように座り込む。
自分が鼻をすする音しか聞こえない。
薄いベールに包まれ、よく姿が見えないままずっと抱えてきたものの正体がわかった。
僕は圭斗が好きだ。
親友としてだけではなく、恋愛の対象として。
それがわかってしまった。
でも、それは許されることなのだろうか?
圭斗がこのことを知ったら……
今、とてつもなく怖くて、涙が止まらない。
僕は後、どれくらいここに座っていられるだろう。



