今日もおいしくいただきました!

 二人並んでトレーニング室のベンチに座っている。
 さっき起こったことを、僕は消化出来ずにいた。
 僕は圭斗に抱きしめられた。
 でも、圭斗にとっては嬉しさの反動に過ぎなかったかもしれない。
 だからあえてそのことは口にしたくなかった。
 答え合わせはしたくない。

「先生に言われたんだ。もう練習に参加してもいいぞって。その件で呼び出された」
「そうなんだ。でも、ホントすごいよ。って、いつトレーニングしていたんだ? 放課後? 週末?」
「どっちも。最初はキツくて泣きそうだったけどな……」
「話してくれれば、付き合ったのに。励ましのエールだっておくれたぞ」
「口で言われてもな」

 圭斗が恥ずかしそうな顔をして笑う。
 僕も自分で言っていて、間が抜けていたなと笑ってしまう。

「俺は完璧になってから秋吉に見て欲しかった。これ以上心配させたくなかったし」
「……そんな心配してないけど」
 
 圭斗に肩を思いっきり叩かれた。

「痛いよ! 筋肉痛なんだから優しくしろよ」
「なんで筋肉痛なんだ? お前、何か運動始めたのか?」
「違うよ。昨日、お母さんの料理教室の手伝いをしたから」
「なんだ、そっか。お前は料理を極めて、俺は短距離を極める。良いコンビじゃね?」
「そうかな~」

 僕は昨日のパスタを圭斗に食べさせたいと思った。
 
「美味しい料理を習ったんだ。絶対、圭斗が好きなやつ。お前が食べている顔が浮かんでちょっと可笑しかったよ。だから、家に来てよ。僕が圭斗の陸上選手復帰をお祝いするから」
「やった! 弁当以外のお前の手料理が食べられるって俺、ホント持ってるわー」

 圭斗がウキウキした様子で、僕の肩に手を回す。
 僕はまだ、圭斗に触れられることに慣れてない。
 だからまた心臓が音を立てる。

「でも、あれかな。週末は先輩とデートとかしてるよね……だから、都合が良い日を言ってくれれば……」
「俺と先輩のこと気になるか?」
「え?」

 圭斗は僕の肩を引き寄せると顔を近づける。
 僕は圭斗の顔がまともに見られずに、視線を外す。

「き、気になるっていうか……全然先輩との話してくれないだろ。普通、付き合ったらノロけるもんなんじゃないの? でも僕が話を振らないのがいけないのかもだけど、圭斗から全然話してくれないから……」
「話してくれないから……何?」
「え、僕には話したくないのかな……って」
 
 圭斗が僕の肩から手を離すと、急に立ち上がった。

「帰ろう。次に使う人が来る時間だ」

 さっきまで楽しそうにしていた圭斗とは別人に見えた。
 圭斗はまだ座っている僕には目を向けずに、ドアに手を掛けて出て行った。
 僕はなかなか立ち上がることが出来ずに、ただ閉まるドアを見つめていた。

🔸🔸🔸

 帰りのバスの中でも僕たちは無言だった。
 僕はどうして、圭斗が急に機嫌が悪くなったのかわからなかった。
 田端先輩の話を持ち出したから?
 牧田さんが言っていたように、本当に上手くいってないから?
 だったら、余計に僕に話してくれればいいのに。
 圭斗の脚が治って嬉しかったのに、シャボン玉が弾けた後のような虚しさが残った。

 終点で降りると、圭斗のLINE通知が鳴った。
 僕は気にしないように、自分のスマホを見る。

「ごめん、急用が出来た。飯食いたかったけど……」
「うん、いいよ。また、明日」
「わりぃな」

 そのまま圭斗と別れた。
 
「はぁー」

 ため息が漏れる。
 相変わらず、筋肉痛は直らないし、朝ご飯以外何も食べてないし、圭斗の気持ちがわからないし。
 ネガティブな感情の重さで、足元が崩れそうになるところを必死に立っていた。

「明日の弁当の食材でも買って帰ろう」

 料理をすれば少しは立て直せるかもしれない。
 そう思いながら、駅前の大型スーパーに向かうが、臨時休業だった。
 ツイてない!
 仕方なく、ちょっと離れた小さなスーパーに向かう。
 このスーパーの傍に、田端先輩がバイトしているカフェがある。
 あそこの塩キャラメルラテは絶品だけど、最近は先輩と鉢合わせたくなくて行ってない。
 学校で会う分にはいいけど、なんだか外で顔を合わすのは恥ずかしい。
 それに店に圭斗が居ないとも限らない。
 スーパーの裏手から入ろうとすると、誰かが喧嘩している声が聞こえた。
 え、真昼間にこんなところで言い合いなんてするの?
 僕は、気になって声のする方に近づいてみた。

「え!」

 カフェの裏口の前で、圭斗と田端先輩が言い合いをしていた。
 僕は見てはいけないものを見ている。
 でも、気になってしまう。

「どうして、いつもそうなの?」
「ーー」
「ちゃんと誤魔化さないで答えて。私はちゃんと伝えてるよ!」
「ーー」

 先輩の声しか聞こえなかった。
 圭斗が何か反論しているのはわかるけど言葉の粒が聞こえない。
 でも、牧田さんが言っていた話は本当かもしれない。
 まだ付き合ってそんなに時間が経っていないのに、こんな言い合いになるものなのだろうか?
 僕は圭斗が怒ったところを見たことがない。
 怪我して、走れなくなった時ですら、怒りを露にしたことはなかった。
 僕はずっと聞き耳を立てているのが、悪い気がしてその場を離れた。
 自分の事じゃないのに、心臓の鼓動が早くなっていた。
 人が争うのを見るのは好きじゃない。
 それが、自分が大切に思っている人ならなおさらだ。
 明日、どういう顔をして圭斗に会ったらいいんだろう……
 そんなことを考えながら歩いていたら、スーパーの入り口から遠く離れていた。

🔸🔸🔸

――今日は嬉しいことと悲しいことがあった日でした。嬉しいことはある人がずっと悩んでいたことが解決したことです。しかも自分の努力で。僕は嬉しくて仕方ありませんでした。本当に尊敬します。悲しいことは……止めておきます。明日の弁当頑張りますね

「どうでもいい内容になっちゃったな……」

 送るのを止めようかと、一旦考えた結果、送信ボタンを押していた。
 もう日記みたいなもんだ。
 こんな拙い文章を読んでくれるだけでありがたい。
 田端先輩と圭斗の喧嘩のシーンがずっと目の奥に残っていた。
 先輩のことを口にした途端、圭斗が不機嫌になったのはこのせいだったのかな。
 だとしたら、謝ったほうがいいかな。
 明日の弁当は、圭斗が好きなハンバーグにした。
 これで機嫌を直して欲しい。
 今回はちょっとソースをアレンジしてみることにする。
 初挑戦だから上手くいくかな、圭斗の美味いが聞こえるかな。

「あ……圭斗は要らないんだった……」

 思わず声が出た。
 僕はどうかしている。
 きっと、圭斗に抱きしめられたせいだ!
 もう二度と、あいつのために料理なんて作ってやらない!
 僕はスマホをベッドの上に放り投げた。