真直の嫁入り

 部屋に着くやいなや早々に手土産を渡す。
 ちなみに、本日旦那様は仕事で不在。婚約者である有馬様は先程体調が落ち着いて寝たばかりだそうで、なんとも間が悪いときに来てしまったと思いながらも、私は改めて対面にいる奥様に三つ指をついて平伏しながら挨拶した。

「改めまして、お初にお目にかかります露草真直と申します。この度はご縁をいただき、どうもありがとうございます。至らぬところも多々あるとは思いますが、精一杯仕えさせていただきますので、どうぞよろしくお願い致します」

 第一印象は失敗したかもしれないが、ここで名誉を挽回しようと一生懸命口上する。
 と言っても、言葉にしたこと全て本心ではあるが。

「そんな律儀に平伏なんかしなくていいのよ。こちらとしては、真直さんがお嫁さんに来てくれただけでありがたいんだから。そもそも都からそこまで距離はないとはいえ、こんな僻地に来てくださってこちらのほうが感謝だわ」
「いえ、そんなことは……」
「あるわよ! 晩秋だから夏に比べてそこまででもないけど、本当に夏はもう虫が凄くて! あ、真直さん虫は大丈夫?」
「はい。虫の対処はできます」

 実家では私以外みんな虫嫌いだったので誰も虫を触れず、虫が出れば怒号が飛んできて虫退治をさせられるのが常だった。
 正直、虫が好きかと聞かれたら嫌いだし、対処が得意かと聞かれれば得意というほどではない。

 だが、怒られるくらいなら虫退治のほうがマシということもあって、対処の腕はメキメキと上がってはいた。

「ならよかった。周りを緑に囲まれているぶん、どうしても色々な虫が多くてね! しかもほら、うち反物を作るから生糸を扱ってる関係で蚕を飼ってるでしょう? だから、下手に虫除けの線香なども使えなくて」
「あぁ、なるほど。それはそうですよね」

 想像以上に話が好きな方のようで、初対面だというのにいい意味でこちらを巻き込みながら話をしてくれる。
 今までまともに会話をする機会がなかった私にとって、家で誰かと会話ができることが嬉しかった。

「それにしてもごめんなさいね。主人だけでなく有馬まで挨拶できない状態で。聞いてたよりも早い到着で、お迎えもできずに申し訳なかったわ。有馬は夜になったら起きるとは思うけど、ここのところ肌荒れのせいで寝つけなかったみたいで」
「そうなんですね。あの、身体のお加減のほうは……」
「波があるけど、今はだいぶ落ち着いてるわ」
「それはよかったです」

 奥様の言葉にちょっとホッとする。
 どうしても脳裏に母のことを思い浮かべてしまって、あのときの後悔が押し寄せそうになる。

「でも、まさか来るにしても真直さん一人で来るだなんて思いもしなかったわ。心細くはなかった?」
「いえ、慣れてますから」
「あら、そうなの? なら、いいんだけど……」

 実際、一人で行動することには慣れていた。
 女学校に行くときも、麗は車で送迎してもらっていたが私は徒歩。どこかに買い出しに行くときも誰が着いてくるわけでもなく、一人で家族分の食材を買いに行っていた。

 おかげで体力だけには自信がある。

「さて。ところで、真直さん!」
「はっ、はい。何でしょう?」

 いきなり身を乗り出して顔を近づけられ、思わず固まる。何か粗相をしてしまっただろうかと内心あたふたする。

「ここまで来て疲れてはいない?」
「は、はい。特には……」
「そう、よかった! じゃあ、ここで無駄な時間を過ごしても仕方ないし、一緒にお買い物にでも行かない?」
「え? え? お買い物、ですか……?」

 先程までとは打って変わって、目をキラキラと輝かせて声を弾ませる奥様。
 よほど買い物が好きなのだろうか。

「構いませんが……」
「そう! やった! よかったわ! では、善は急げで早速支度しましょうか。花さん、美代さん、百貨店へ出かけるから用意して!」

 奥様が声をかけると女中らしき女性が二人出てくる。一人は年輩の女性、一人は先程玄関先で出迎えてくれた女性だった。

「今からですか?」
「今からよ! 有馬が寝ている隙に行っておいたほうがいいでしょう? ということで、真直さんは花さんと一緒に先に車に乗っておいてちょうだい。私は準備をしてくるから。花さんは真直さんをよろしく」
「承知しました。真直様、こちらへどうぞ」

 花と呼ばれた先程出迎えてくれた女性のあとに着いていく。
 緊張していたせいであまりよく見ていなかったが、よくよく見れば花は自分と身長も年齢も同じくらいのようで、ちょっとだけ親近感が湧いた。

「先程は大変失礼しました。つい驚いてしまって、真直様には申し訳ないことをしてしまいました」
「いえ、驚かれるのも無理はないかと。むしろこちらこそ、驚かせてしまって申し訳ありません」
「いえ、そんな! 真直様が謝ることではないですっ」

 慌てて花に否定されるも、思わず苦笑してしまう。
 実際、人買いに娘を売るというならまだしも、嫁ぐ娘をここまで蔑ろにする家はあまりないだろう。
 人身御供になるわけでもないのに、嫁入りで単身で乗り込むというのはあまりにも配慮に欠けていると我ながら思う。

「あっ、車の手配をして参りますので、真直様はどうぞこちらに腰掛けてお待ちください」
「わかりました」

 土間の手前の小上がりで待つように言われ、言われた通り座りながら大人しく待つ。

(とても綺麗なおうち……)

 どこもかしこも隅々まで掃除が行き渡っていて、建ててからそれなりの年季は経っていそうだが、それを感じさせないほど綺麗な状態を保っていた。
 恐らく、手入れが行き届いているのだろう。
 現在いる土間も綺麗に掃かれた状態で、煤一つ見当たらないほど綺麗だ。

(何か、場違いな気がする)

 私はこんな立派なお屋敷でやっていけるのかと急に不安になってくる。
 荷物も何も手ぶらな状態で買い物に行くのは不相応ではないかと不安になってきたが、結局私にはどうすることもできなかった。