真直の嫁入り

「ここが、千金楽家……さすが、立派なお屋敷……」

 地図を頼りに、列車を乗り継ぎ単身で千金楽家へ。
 千金楽家がある場所は都から多少離れている森の中にあるもののその門構えはとても立派で、家屋の大きさも資産家の母方実家の数倍はあろうかと思われるほど大きく、敷地の広さにも圧倒される。

「変、じゃない……わよね。いえ、既に付き人もつけずに単身で来てる時点で変か。荷物もほぼなく手ぶらみたいなものだし」

 自分の身嗜みを整えながら自嘲する。
 父から荷物をまとめろと言われたものの、元々自分の持ち物という持ち物はなかったため、ほぼ身一つで来てしまっていた。
 持参金も何も持たせてもらえなかったので、一応僅かなへそくりを工面して手土産だけは用意したのだが。

「結納金をもらったくせに、持参金どころか持参品も全くなかったら印象悪すぎるけど、今更どうしようもないから仕方ないものね」

 早速出だしから躓いている気もしないでもないが、だからと言って私が何か言ったところで実家の誰かが何かしてくれるわけでもないからどうしようもない。
 印象は悪いかもしれないが、例え嫌われたとしてもさすがに実家での扱いよりかは幾分かマシだろうとたかを括って、私は意を決して千金楽家の玄関を叩いた。

「ごめんください!」

 あまりにも大きな家なので、つい勢いよく声を張り上げて戸を叩いてしまったが、ちょっと不躾すぎたのではないかと後悔するも時既に遅し。
 第一印象が肝心だというのに、その第一印象が悪くなるのではないかと内心あわあわしていると、奥から「はーい!」と伸びやかな明るい声が聞こえてきた。

「どちらさまでしょうか〜?」

 出てきたのは若い女性だった。
 身内なのか、はたまた女中なのかは不明だが、思ったよりも早い出迎えに一瞬で私の思考は真っ白になって、何を言えばいいのか忘れてしまった。

「あっ、あの、わわわ私……露草真直と申しますっ! 千金楽様のお家に嫁ぎに参りました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします!」

 言い切ったあとに我ながらどこで何を言っているんだと思うも、口から出てしまった言葉は今更戻すことはできない。初っ端からやらかしてしまったことと、自分がこんなにも緊張する人間なのかと初めて知ったことに内心驚きながら、相手の言葉を待った。

「つゆくささま……つゆくさ、さま……って、えぇ!? 露草様……って、有馬様のご婚約者様の露草様ですよね? え、ちょっと待ってください。お一人でいらしたんです!? こんな山奥まで、たったお一人で?」
「え、えぇ。一人で参りました……」
「えー!? うそっ、信じられない! ちょ、ちょっと待ってくださいね。奥様ー! 奥様ー!!」

(信じられないって言われてしまった)

 やはり驚かれるようなことなんだなと、指摘されて改めて恥じ入る。
 嫁入りの作法や妻の在り方など女学校で一通り学んだとはいえ、半人前の状態で嫁ぐことになってしまって申し訳なかった。

 そんなことを考えている間に家の奥から声が聞こえてくる。
 どうやら家人が来たらしい。

「お待たせしました。千金楽有馬の母の千金楽(かすみ)と申します。先程はごめんなさいね。あの子ったら驚きすぎて頭真っ白になってしまって、家の中に通すのも忘れてしまったそうで。遠路はるばる単身でいらしてくださったのに、お気遣いできず申し訳なかったわ」
「い、いえ」
「どうぞ、こちらへ。えっと、お荷物は……」
「あ、えっと、こちら以外……荷物は特に……なく……て、ですね」
「えぇぇぇぇ!?」

(また驚かれてしまった)

 嫁ぐ予定の嫁がほぼ何も持たずにやってきたら誰だって驚くとは思ってはいたが、想定以上の驚かれよう。
 ますます申し訳なさが募る。

「やだ、私ったら。不躾に大きな声を出してしまって恥ずかしいわ。と、とにかく、こんなところで立ち話してたら虫に刺されちゃうから中に入って! 中でゆっくりお茶でも飲みながらお話しましょう」
「あ、ありがとうございます」

 促され、中に入る。
 土間の広さにまた圧倒されながら、奥様に案内されるがままに奥にある部屋へと着いていくのだった。