真直の嫁入り

 汗を拭いて新たな服に着替えると、さっぱりとした様子の有馬様。そのまま「では、休憩しようか」と言いながら私の腕を引いて抱きすくめたかと思えば、そのまま添い寝させられてしまった。

「あの、有馬様……?」
「休憩するんでしょう? 真直さんも朝から朝食作りに、お蚕様のお世話に、僕の散策に付き合ったりなんなりで動きっぱなしだから、僕と一緒に休憩」

 そう背後から言われて抱きしめる力を強くされたら逃れられるわけもなく、抱きしめられたまま。
 しかも背からは有馬様の体温が伝わってきて、そんな状態で休憩などできるわけがなかった。

「ふふ、緊張してる?」
「……してます」
「そっか。じゃあ、慣れるためにももっとくっつこうかな」
「へぁ!?」

 耳元に口づけながら囁く有馬様に狼狽していると、そのままさらに強く抱きしめられて首筋に唇を落とされる。
 身動ぎしてもびくともせず、ついこの間まで病床に伏せていたはずなのに、こんなにも力が強いのかと驚くほどだった。

「そういえば、体調がよくなったらまずは一緒に百貨店に行きたいな」
「ひゃ、百貨店……ですか?」
「うん。母さん達とは行ったんだろう? 僕が寝ている間に行ったってこの前聞いたけど、ずるいよね。だから僕も真直さんと一緒に買い物に行きたい」
「私は、別に構いませんが……」

 密着され、慣れない距離感に目を白黒させながらもどうにか受け答えをする。

「指輪もそろそろ買いたいしね」

 言いながら、右手の指をさわさわと触られる。
 それが何だか意味ありげな触り方で、私はさらにそわそわしてしまった。

「真直さんの指は綺麗だよね」
「そんなことありません。手荒れが酷くて、有馬様にお見せできるような手では」

 実家では散財こき使われていたせいで、年齢のわりに手荒れが酷かった。あかぎれやひび割れなどがたくさんあるのに、もちろん手入れなどさせてもらったことはなく、常にガサガサな状態だ。

「働き者の素敵な手、ということだろう? 僕はこの手がとても好きだよ。……まぁ、手だけじゃなくて真直さんの全てが好きだけど」
「……っ」
「好きだよ」

 何度も何度も言い聞かせるように好意を伝えられ、戸惑う。

 正直に言うと、私は有馬様のことが好きだ。

 けれど、未だに消えぬ実家に帰りたくないという下心も残ったまま。
 どちらの気持ちが強いのかと聞かれたら帰りたくないほうで、そう考えると有馬様への気持ちは詭弁なのではないかと思ってしまう。

 __貴女の名前は真直。その名の通りまっすぐ嘘偽りのない生き方をしなさい。

 不意に母の言葉が蘇る。

(あぁ、私……)

 ふと、ずっと有馬様のことを本当に好きなのか思い悩んでいたが、この悩みを隠していること自体が誠実ではないのではないかと気づく。
 同時に、有馬様に本当の気持ちを吐露することで離縁されるのではないかという勝手な被害妄想に囚われている自分に気づいた。

 そして、こんなにも私に真摯に向き合ってくれている有馬様を信用しないで、ぐずぐずと余計なことばかり考え、素直にならなかった自分を恥じる。

(私は有馬様の妻。もうここに来て半年以上経つというのに、妻である私が有馬様を信頼しないでどうするの)

 有馬様なら私の本音を言ってもきっと受け入れてくれるだろう。もしかしたら、受け入れてくれないかもしれないという気持ちもなきにしもあらずだが、それでも私は有馬様を信頼してまっすぐ嘘偽りなく全てを曝け出そうと思った。

「有馬様」
「うん?」

 身体を反転させて向き合う形になる。
 思いのほか近すぎる距離にさらに胸がドキドキと早鐘を打って身体が強張りそうになるも、ええいままよと勢いよく正面から首元に抱きついて「私も、有馬様のことが好きです」と有馬様の耳元で囁いた。

「でも、私……有馬様に隠していることがありました」
「え?」
「実は……」

 私が幼少期に実母を亡くしたこと。
 それによって父と叔母がもらい婚をして妹の麗ができたこと。
 そして、麗と差別されて育ち、実家では虐げられていたこと。
 今回の結婚も結納金目当てで自分には支度金として使われることなく持参金も何も持たせてもらえなかったこと。
 実家では迫害され、孤立していたため家に戻りたくないことなど、恥を忍んで洗いざらい話した。

「そうだったんだ」

 そう言って、そのまま難しい顔をして黙り込む有馬様。

(呆れられてしまっただろうか。それとも、家格の違いで不相応だと判断されて離縁されてしまうだろうか。そもそも、有馬様がよいとおっしゃっても、千金楽家の方々がどう思うか……)

 ぐるぐるぐるぐると、悪い考えばかりが頭をよぎる。

 けれど、これ以上ぐずぐずと悩むのも素直になれないことも嫌だった。
 有馬様には誠実でいたかったのだ。

「だから、私……有馬様のことが好きですが、それが実家に帰りたくないからそう思うのか自信がなくて。気に入られようとしていた私を好きになっていただけたなら、その……不誠実だったかもしれない、と……」
「え。そんなこと気にしてたの?」
「え?」

 そんなこと、と言われて面食らう。
 私が困惑していると、なぜか有馬様に大きな溜め息をつかれた。

「真直さんは相変わらず固いね。そんな気負わなくても、人なんてそんなものでしょ。多かれ少なかれ下心はあるものだし、好かれようと相手に合わせるなんてこと往々にしてあるものだよ。それは悪いことじゃない」
「悪いことじゃ、ない……?」
「そうだよ。前に言ったかもしれないけど、僕は真直さんだから好きになったんだよ。まぁ、正直に言うと、なんだかんだ言いつつも一目惚れだったんだ。初めて真直さんを会ったとき、とても美人で声が透き通っていて立ち振る舞いも綺麗で、こんな素敵な人を奥さんにできるんだと内心舞い上がってしまうくらい嬉しく思ったし。それがバレたくなくて、最初はちょっと距離を置くような言動をしてしまったのは申し訳なかったと思ってるけど、今はそのぶん真直さんに好かれたくて好意を示してるつもりではいるよ」
「え? え?」

 突然一目惚れだったと言われて戸惑う。
 当時のことを思い出してもそんな素ぶり全然なかったように思うし、気づかなかった。
 さすがに、現在は好意を露わにしてくれているのは気づいているが。

「もちろん、今は顔や声だけじゃなくて仕草も匂いも性格も何もかもが好きだよ。前にも話したと思うけど、真直さんの全てが好きだし結婚してよかったと思ってる。だから、きっかけや下心なんてどうでもいいんだよ。僕を想って行動してくれる真直さんが好きなんだから」
「でも、私……」
「まだ言う? じゃあ、僕の顔は好き?」
「っ! えっと……はい。とても好みです。初めてお会いしたとき、私も有馬様のことをカッコいいと……こんな素敵な人と結婚できるのかと思いました」
「そっか、ありがとう。まさか、あのときお互い同じことを思ってたなんてね。それじゃあ、他に僕の身長や身体つき、声や言動……嫌なところはあるかい?」
「嫌なところなんてありません。有馬様はどこも魅力的で素敵です。言動も、私のことを尊重してくださいますし、気を遣っていただいてますし、気持ちを言葉にしてくださるのも嬉しいです」
「そう思ってもらえてよかった。では、最後に……僕と子作りできると思う?」
「こ……っ!?」

 いきなり話が飛躍して思わず言葉を失う。
 頭が今までにないくらい急回転して、脳内で言葉を何度も再生する。

(こ、づくり……)

 羞恥で顔が熱くなる。
 勝手に有馬様とまぐわうことを想像して、自分にはしたないと叱咤しながら、「でも、有馬様が元気になったらそういうことも……」と思い至って、さらに顔が熱くなるのを感じた。

「僕は真直さんみたいな可愛い子供が欲しいと思ってる。男でも女でもどちらでも。あ、でもできれば複数人がいいな。僕は一人っ子だったから兄弟が欲しくてね。真直さんは? 僕との子供欲しいと思う?」

 まっすぐ見つめられる。
 その顔はとても近くて、恥ずかしくて。できれば逸らしたかったけれど、有馬様に額をくっつけられてしまって逸らすに逸らせなかった。

「私は……私も、有馬様の子供…………が、欲しい、です……」
「はは、なら両想いだ。それでいいだろう? 真直さんは僕のことが好きなんだよ」

(あぁ、そうか。そうなんだ)

 色々自分で自分に言い訳していたけれど、私はとっくの昔に有馬様のことが好きだったんだと気づかされる。
 それなのに、今まで好きだと言えなかった自分が何だか馬鹿らしく思えてきた。

「……そうですね。私は有馬様のことが大好きです」

 私が有馬様に同調するように頷くと、そのままゆっくりと重なる唇。
 その口づけは今までよりも甘くしっとりとしていて、想い合った口づけはこんなに心地よいものなのかと酔いしれるのだった。