真直の嫁入り

 ある晩秋の昼下がりのことだった。
 突然、父から呼ばれて私室へと行けば、そこには既に父だけでなく叔母と麗がいた。

「そこに座りなさい」
「はい」

 父に促され、私は彼らに向かい合う形で正座する。
 改めて自分だけはこの家族にとって異物なのだと思い知らされるも、何も言わずに父の言葉を待った。

「真直の結婚が決まった」

 唐突な話に、自分の耳を疑う。
 今まで結婚のけの字も聞いたことのなかった私にとって、自分の結婚の話というのは寝耳に水だった。

「私の、結婚……ですか?」
「真直ももう二十二。嫁ぐなら今いかないと手遅れになるだろう?」
「これ以上行き遅れられても困るもの。行かず後家になって、麗に迷惑をかけられるわけにはいかないから」

(それが本音か)

 なるほど、そういうことかと納得する。
 もしかしたら既に麗にはよい縁談が来ているのかもしれないが、世間体的に姉の私がまだ未婚のまま家にいるというのは体裁が悪いということだろう。

「お相手を伺ってもよろしいでしょうか?」
千金楽(ちぎら)家のご子息である有馬様だ」
「ちぎらって……もしかして、あの生糸の反物で有名な千金楽様ですか?」
「あぁ、そうだ」

 想像以上の相手に、思わず言葉を失う。

 千金楽と言えば反物の老舗。絹糸が特に優れていて、千金楽が作った反物は帝にも献上されるほど質が高いことで有名だ。代々続く由緒ある家で、我が家の成り上がりの父方の家はもちろん資産家である母方の実家よりも家柄がよく、資産も豊富だろう。

 そんな相手を私の縁談相手に見繕うというのは一体どういうことなのかと、私は内心訝しんで身構えた。

「私なんかにお相手が務まるのでしょうか?」
「あぁ。そこに関しては問題ない。あちらも真直をぜひにと望んでいる」
「そう、なのですか……?」
「いい縁談よね。結納金もたっぷりいただいたし! 望まれて嫁げるだなんて最高でしょう?」
「よかったね、お姉ちゃん。このまま売れ残りの行かず後家にならなくて」

 よほどの金を積まれたのだろうか、珍しく笑みを浮かべる叔母。それに追従するように麗もにっこりと微笑んだ。

 普段であればこのような好条件はぜひ麗に、と真っ先に進言する叔母からは想像もつかないほど上機嫌。麗も麗で、自分が得しそうなことには真っ先に食いつき、誰かが得をしそうなときは卑屈になって癇癪を起こすというのに、それが一切ない。
 ますます不可思議なことに私が内心首を傾げていると、あとを追うように悪意が流れ込んできた。

 __ふふ。お相手の有馬様は不治の病で余命は幾ばくもないというのに結納金はたっぷりもらえた上に、うちの用なしを厄介払いまでできていいこと尽くめだわ。

 __くすくす。初婚で未亡人になってしまうだなんて。二十二で傷物になってお先真っ暗なんて、お姉ちゃんかわいそー。ま、陰気なお姉ちゃんにはお似合いかも。

(あぁ、なるほど。そういうわけか)

 叔母と麗、流れてきたそれぞれの悪意で得心する。

 いくら名家とはいえ、相手が早逝する可能性があるというのなら、大事な麗を未亡人にするわけにはいかないだろう。
 ならば、結納金ももらえて私を嫁に出すという選択は叔母にとって願ったり叶ったりであるはずだ。

「こほんっ。まぁ寿子が言った通り顔合わせはまだではあるが、こちらも真直を嫁がせることなど諸々了承済みゆえ、既に結納金もいただいている。顔合わせも式もお相手の事情によって叶わないそうだから、真直は明日にでも荷物をまとめてそのまま千金楽家へと嫁ぎなさい」
「結納金をたくさんいただいているぶん、もうこちらには帰って来なくていいから。あちらに骨を埋めるつもりでしっかり奉仕すること。いいわね?」
「わかりました」

 私が深く頭を下げると、頭上で三人が笑むのを感じる。

 __あぁ、目障りな存在がやっといなくなって清々する!

 __お姉ちゃんがいなくなったら、ぜーんぶ私のもの!

 __これでようやく肩の荷が降りた。真直のことで寿子と麗から無駄に疎まれて気が滅入る日々を過ごさなくて済みそうだ。

(つくづく、私はこの家のあぶれものだったな)

 そう思うも、今更感傷に浸る時期はとうに過ぎていた。
 今はただ、難ありの相手に嫁ぐとは言えど、この家から離れられることのほうが嬉しかった。

「今まで、お世話になりました」

 私の内心はとても晴れやかだった。
 だから、畳に額をつけながら三つ指をついて平伏するも、その心は歓びに満ちているのだった。