「……あのときから、ここは変わらないですね」
中に入って思わずの感嘆の声が漏れる。
記憶と変わらない院内に、懐かしさがまた込み上げてくる。
消毒液の匂い。色褪せてる壁。タイルが欠けてる床。
院内の配置もほとんど変わっていなくて、当時の記憶がだんだんと鮮明に思い出される。
「先生〜! 聞いてください! 露草さんちの真直ちゃんがいらしてるんです!」
小野寺さんから声をかけられると、奥からやってきたのはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる先生。
先生は私を見るなり、「おぉ、真子さんとこのお嬢ちゃんか」と朗らかに笑った。
「先生! ご無沙汰してます」
「おぉおぉ、懐かしいねぇ。あんなに泣き虫でこーんなにちいちゃかった子が大人びて。真子さんそっくりな美人さんになったねぇ」
「先生、私と同じこと言ってますよ」
「あっはっは」
小野寺さんの指摘に笑う先生。
笑う顔も笑い声も当時と変わらない先生に、なんだか嬉しくなる。
「真直ちゃんがお元気そうで何よりだ」
「先生もお元気そうでよかったです」
「無駄に年食っちゃってるだけだけど、おかげさまでこの通り元気だよ。……それで? 真直ちゃんはどうしてここに来たんだい?」
「それが……先生に主人を診ていただきたくて」
「ほう、なるほど。じゃあ、早速診察しようか。真直ちゃんの旦那さん、診るからこちらにおいで」
先生に促されて診察室へ。
奥様と花は診察室の大きさの関係で待合室で待機してるとのことで、私と有馬様のみ診察室へと入っていった。
「それで、どういった症状があるのか聞いてもいいかな?」
先生に聞かれて、幼少期から発熱したり腕に発疹が出たりしていること。咳も止まらず体力もあまりなく、かかりつけ医に病名不明の不治の病だと診断されて大量の薬を出され食事制限もされていること。最近はだいぶ体調もよくなっている気がしているが、かかりつけ医では一過性でまた悪化すると言われたことなどを洗いざらい全部話す。
「ふむふむ。なるほど、そうかそうか。じゃあ、とりあえず身体を診てみようか」
「お願いします」
目、耳、喉、腕、呼吸や脈などを確認しつつ、体温を計って先生は「うーん」と唸りながら手元のカルテに書き込む。
「先生、主人はやはり難病なのでしょうか……?」
あまりにも考え込む先生に、気が急いてつい尋ねると先生はゆっくり口を開いた。
「色々診てみたけど、あまり異常が見られないんだよねぇ」
「え? どういうことでしょうか?」
「それがね。難病ということだけど、呼吸音も平常だし、脈も咳も体温も発疹も落ち着いていて、正直難病って言われるほどの特筆するような異常が見られないんだよねぇ」
「あの、つまり……」
「もし病気だって診断されたにしても、治ってきてるんだと思うよ。あくまで、今診た感じではね」
「治って、きている……」
先程の清水医師とは全く別のことを言われて困惑するも、同時にやはり治ってきているのかという喜びも感じる。
思わず有馬様の顔を見れば有馬様もこちらを見ていて、お互い喜びを抑えられずに微笑んだ。
「だからちょっと不思議でね……そのかかりつけ医は何をどう診断したのか気になるのだけど。あと他にもう一点気になるところもあって」
「気になるところ、ですか?」
「うん。有馬さんの瞳孔がちょっと開いているのが気になってね。最近、変なものを食べたり毒のようなものに触れたりしたかな?」
先生に聞かれて思い返すも心当たりは全くない。
特にここのところは先日体調崩したこともあって、なるべく家の中で大人して食事もいつも通りのものしか食べていないので、先生が指摘するようなことは何もなかった。
「いえ、心当たりは……」
「そうか。なら、他の症状に引っ張られて出ちゃったのかもしれないね」
先生の言葉にどうも釈然としないが、先生に言ったところで仕方ないだろう。多少異常があったとしても、今は治ったというお墨付きをもらったことを喜ぼうと思った。
「あの、治ってきたとのことですが、先程別の病院でいただいた薬は飲んだほうがいいのでしょうか?」
先生に、先程処方された薬の袋を差し出して見てもらう。両手でも溢れるほどの多さに先生も困惑している様子だった。
「うーん……そうだねぇ。処方されている薬が何の薬なのかわからないけど、さすがにその量は多すぎるから減薬をしていったほうがいいかな。薬もね、摂りすぎると毒になるからね。調子が悪いときだけ飲んで、だんだんと減薬して、いずれは断薬していけばいいと思うよ」
(断薬……!)
とうとう薬をなくすことができるかもしれない。そうなれば、いよいよ完治も見えてくるはずだ。
「もちろん、減薬したら悪くなる場合もあるかもしれないけど、そうしたらそうしたで考えていけばいいよ。もし通えるようなら日々の様子も確認したいから定期的においで。診てあげるから。とにかく、回復傾向にあるのは間違いないから、そう気負わなくていいよ」
「ありがとうございます」
「よかったですね、有馬様」
「あぁ、よかった。本当に、よかった」
希望の光が見えたからか、有馬様の目元が潤んでいるのがわかる。幼少期から苦痛を味わってきたことを考えると何となく自分と重なる。私が千金楽家に嫁いできたことによって救われたように有馬様も救われるかもしれないと思うと胸が熱くなった。
「病は気からとも言うし、日々栄養のあるものを食べて、たっぷり寝て、動けるときにしっかり動く。これを心がけたら自然と元気になるよ。私のようにね。あっはっは」
「それは心強いです」
先生の言葉が励みになったようで笑う有馬様。
先程のかかりつけ医のところにいたときとは比べ物にならないほど明るくなった気がする。
「ちなみに先生、食事制限って……」
「食事制限なんてしなくていいよ。好きなものをたらふく食べなさい。若いもんはいっぱい食べないと。あぁでも、食べすぎて食あたりは起こさないようにね」
「わかりました。ありがとうございます」
「早く元気になるといいね。お大事に」
診察室からほくほく顔で出る私達。
出ると同時に、奥様と花が心配そうにどうだったか尋ねられ、診察結果を包み隠さず報告すると、二人も安堵の表情をする。
そして帰宅後、その日の夜は回復祝いだと有馬様の好物であったすき焼きを食べることになり、久々の牛肉にみんなで舌鼓を打つのであった。
中に入って思わずの感嘆の声が漏れる。
記憶と変わらない院内に、懐かしさがまた込み上げてくる。
消毒液の匂い。色褪せてる壁。タイルが欠けてる床。
院内の配置もほとんど変わっていなくて、当時の記憶がだんだんと鮮明に思い出される。
「先生〜! 聞いてください! 露草さんちの真直ちゃんがいらしてるんです!」
小野寺さんから声をかけられると、奥からやってきたのはゆっくりとこちらに向かって歩いてくる先生。
先生は私を見るなり、「おぉ、真子さんとこのお嬢ちゃんか」と朗らかに笑った。
「先生! ご無沙汰してます」
「おぉおぉ、懐かしいねぇ。あんなに泣き虫でこーんなにちいちゃかった子が大人びて。真子さんそっくりな美人さんになったねぇ」
「先生、私と同じこと言ってますよ」
「あっはっは」
小野寺さんの指摘に笑う先生。
笑う顔も笑い声も当時と変わらない先生に、なんだか嬉しくなる。
「真直ちゃんがお元気そうで何よりだ」
「先生もお元気そうでよかったです」
「無駄に年食っちゃってるだけだけど、おかげさまでこの通り元気だよ。……それで? 真直ちゃんはどうしてここに来たんだい?」
「それが……先生に主人を診ていただきたくて」
「ほう、なるほど。じゃあ、早速診察しようか。真直ちゃんの旦那さん、診るからこちらにおいで」
先生に促されて診察室へ。
奥様と花は診察室の大きさの関係で待合室で待機してるとのことで、私と有馬様のみ診察室へと入っていった。
「それで、どういった症状があるのか聞いてもいいかな?」
先生に聞かれて、幼少期から発熱したり腕に発疹が出たりしていること。咳も止まらず体力もあまりなく、かかりつけ医に病名不明の不治の病だと診断されて大量の薬を出され食事制限もされていること。最近はだいぶ体調もよくなっている気がしているが、かかりつけ医では一過性でまた悪化すると言われたことなどを洗いざらい全部話す。
「ふむふむ。なるほど、そうかそうか。じゃあ、とりあえず身体を診てみようか」
「お願いします」
目、耳、喉、腕、呼吸や脈などを確認しつつ、体温を計って先生は「うーん」と唸りながら手元のカルテに書き込む。
「先生、主人はやはり難病なのでしょうか……?」
あまりにも考え込む先生に、気が急いてつい尋ねると先生はゆっくり口を開いた。
「色々診てみたけど、あまり異常が見られないんだよねぇ」
「え? どういうことでしょうか?」
「それがね。難病ということだけど、呼吸音も平常だし、脈も咳も体温も発疹も落ち着いていて、正直難病って言われるほどの特筆するような異常が見られないんだよねぇ」
「あの、つまり……」
「もし病気だって診断されたにしても、治ってきてるんだと思うよ。あくまで、今診た感じではね」
「治って、きている……」
先程の清水医師とは全く別のことを言われて困惑するも、同時にやはり治ってきているのかという喜びも感じる。
思わず有馬様の顔を見れば有馬様もこちらを見ていて、お互い喜びを抑えられずに微笑んだ。
「だからちょっと不思議でね……そのかかりつけ医は何をどう診断したのか気になるのだけど。あと他にもう一点気になるところもあって」
「気になるところ、ですか?」
「うん。有馬さんの瞳孔がちょっと開いているのが気になってね。最近、変なものを食べたり毒のようなものに触れたりしたかな?」
先生に聞かれて思い返すも心当たりは全くない。
特にここのところは先日体調崩したこともあって、なるべく家の中で大人して食事もいつも通りのものしか食べていないので、先生が指摘するようなことは何もなかった。
「いえ、心当たりは……」
「そうか。なら、他の症状に引っ張られて出ちゃったのかもしれないね」
先生の言葉にどうも釈然としないが、先生に言ったところで仕方ないだろう。多少異常があったとしても、今は治ったというお墨付きをもらったことを喜ぼうと思った。
「あの、治ってきたとのことですが、先程別の病院でいただいた薬は飲んだほうがいいのでしょうか?」
先生に、先程処方された薬の袋を差し出して見てもらう。両手でも溢れるほどの多さに先生も困惑している様子だった。
「うーん……そうだねぇ。処方されている薬が何の薬なのかわからないけど、さすがにその量は多すぎるから減薬をしていったほうがいいかな。薬もね、摂りすぎると毒になるからね。調子が悪いときだけ飲んで、だんだんと減薬して、いずれは断薬していけばいいと思うよ」
(断薬……!)
とうとう薬をなくすことができるかもしれない。そうなれば、いよいよ完治も見えてくるはずだ。
「もちろん、減薬したら悪くなる場合もあるかもしれないけど、そうしたらそうしたで考えていけばいいよ。もし通えるようなら日々の様子も確認したいから定期的においで。診てあげるから。とにかく、回復傾向にあるのは間違いないから、そう気負わなくていいよ」
「ありがとうございます」
「よかったですね、有馬様」
「あぁ、よかった。本当に、よかった」
希望の光が見えたからか、有馬様の目元が潤んでいるのがわかる。幼少期から苦痛を味わってきたことを考えると何となく自分と重なる。私が千金楽家に嫁いできたことによって救われたように有馬様も救われるかもしれないと思うと胸が熱くなった。
「病は気からとも言うし、日々栄養のあるものを食べて、たっぷり寝て、動けるときにしっかり動く。これを心がけたら自然と元気になるよ。私のようにね。あっはっは」
「それは心強いです」
先生の言葉が励みになったようで笑う有馬様。
先程のかかりつけ医のところにいたときとは比べ物にならないほど明るくなった気がする。
「ちなみに先生、食事制限って……」
「食事制限なんてしなくていいよ。好きなものをたらふく食べなさい。若いもんはいっぱい食べないと。あぁでも、食べすぎて食あたりは起こさないようにね」
「わかりました。ありがとうございます」
「早く元気になるといいね。お大事に」
診察室からほくほく顔で出る私達。
出ると同時に、奥様と花が心配そうにどうだったか尋ねられ、診察結果を包み隠さず報告すると、二人も安堵の表情をする。
そして帰宅後、その日の夜は回復祝いだと有馬様の好物であったすき焼きを食べることになり、久々の牛肉にみんなで舌鼓を打つのであった。



