真直の嫁入り

 病院付近に到着したところで車を停める場所を探していると、奥様から「せっかく久々に来たのだから、先に行ってらっしゃいな。私達はあとから行くから」と言われて、私は有馬様と二人で先に病院近くで降り立った。

「っ、懐かしい……!」

 懐かしい草と土の匂い。冬の乾燥でちょっと荒れた畦道。
 多少様相が変わっているところもあるが、見覚えのある場所に郷愁を感じる。

(ここをよく母と一緒に通って来てたなぁ……)

 薄れつつあったはずの記憶。
 母と一緒に手を繋ぎながら、私の歩調に合わせてゆっくりと楽しげに笑って通院していた日々。
 ぬかるんだ土に足を取られて転んだり、歩きたくないと駄々をこねて母を困らせたり。

 自然と母との思い出が蘇り、涙が込み上げて胸がギュッとなった。

「ここに、真直さんのお母様が通っていた病院が?」
「はい。とても評判のよい病院で。老若男女問わずたくさんの方がいらしてました」
「そうなんだ。ふふ、真直さんいつもよりも楽しそうだね」
「あっ、すみません。懐かしくて、つい。有馬様のために来たのに」
「いいんだよ。僕は真直さんが喜ぶ顔が見れて嬉しいし」

 そう言って笑う有馬様。とことん優しい方だと思う。
 だからこそ、どうにか病気から救ってあげたい。少しでも軽くなるようにしたいと思った。

「有馬様、寒くはないですか?」
「うん、大丈夫。ちょっと身体が火照っていたからちょうどいいくらいだよ。寒かったら真直さんにくっつけばいいし」
「もう。また、そんなことおっしゃって……。あまり冷やしてもよくないですから、そろそろ病院に……」
「あら……え、うそ……っ!? もしかして、露草さんちの真直ちゃん?」

 有馬様と会話していると、不意に声をかけられてそちらを向けば、見知った顔に思わず破顔する。

「わっ、小野寺さん! お久しぶりです。そうです、真直です!」

 そこには、病院の看護婦をしていて母のこともよく知っている小野寺さんがいた。
 あれから十八年経って顔立ちは年月を感じたものの、まだ面影が残っている。

「あー、やっぱり! お久しぶりね〜! あのときはこーんなにちっちゃくて可愛いかったのに、今はもうお母様の真子(まさこ)さんそっくりの別嬪さんね。元気にしてた?」
「はい、おかげさまで元気にしてます」
「そう、それはよかった。真子さん亡くなってからめっきり見なくなっちゃって心配してたのだけど、杞憂でよかったわ。ところで、そちらの方はもしかして……」
「はい、主人です。実は最近結婚しまして」
「真直さんの夫の有馬です。幼少期、妻がお世話になったようで」
「あら、やだ。おめでとう! ご主人とっても男前でお二人とってもお似合いだわ。……そっか、あんな小さかった子がもう本当に立派になっちゃって……なんか私が嬉しくなっちゃったわ……」

 私の結婚の報告に涙ぐんで喜んでくれる小野寺さん。そういえば、昔からよく泣く方だったと思い出す。

(母のお葬式に出席してくれたときも、すごく泣いて抱きしめてくれたっけ)

 私を抱きしめて、慰めながらもその身体や手は嗚咽で震えていたことを思い出す。
 当時は自分のことで手一杯で、とにかく母が亡くなった苦しみと悲しみで周りのことをよく見ていなかったが、こうして母のことを想ってくれている人がいたのだと今更ながら記憶が戻ってきた。

「ところで、真直ちゃんはどうしてここに? 真子さんのお墓参り?」
「いえ、先生に主人の診察をお願いしたくて。先生はまだお元気ですか?」

 尋ねながら、内心ちょっとだけ緊張が走る。
 当時の先生の年齢は覚えていないが、あのときもまぁまぁ年を重ねていたはず。当時から十八年も経っていたらと思うと、祈るような面持ちで小野寺さんの言葉を待った。

「先生? えぇ、もうとっても元気よ! もう八十近いっていうのに現役で……って言っても、さすがに足腰は弱ってるから今は訪問とかはしていないのだけどね。今患者さんいないから、ちょうどよかったわ。外は寒いでしょう? 診察受けるなら、どうぞ中に入ってちょうだい」
「ありがとうございます」
「先生がご健在でよかったね」
「はい」

(ご無事でよかった……っ)

 先生が現役と聞いて安堵する。
 ご健在であることもさることながら、有馬様のことを診てもらえるという点でもよかったと、有馬様の顔を見るなり緊張で固まっていた表情が自然と和らいだ。

「奥様、花も来てください」

 振り返ったとき、小野寺さんとの会話中にいつのまにか追いついていたらしい二人を見つけて声をかける。どうも私が懐かしんでいたからか気を遣って離れたところにいてくれたようだ。

「でも、私達お邪魔では?」
「車で待ってましょうか?」
「いえ、大丈夫です。寒いですし、今患者さんいないそうなのでぜひ」
「なら、お邪魔しようかしら」
「奥様が風邪をひいても困りますから、お言葉に甘えさせていただきましょうよ」

 そう言うと、病院の中に入っていく奥様と花。
 そして私も有馬様の手を引いて、有馬様の歩調に合わせながら病院の中へと入っていった。