真直の嫁入り

 待てど暮らせど、呼ばれる気配はない。
 とても丁寧なお医者様なのか、待合室から診察室へと呼ばれる人の様子を伺うと、どの人もとても診察が長かった。

(いつになったら呼ばれるのかしら?)

 正直、体調不良で来ている患者にこれほどまで待たすのはどうなのかといささか思うも、初めて来たばかりの私が物申せるはずもなく。
 ただ大人しく、有馬様の様子を伺いながら順番が来るのを待つことしかできなかった。

「千金楽さーん。千金楽有馬さーん!」
「あ、呼ばれた」
「奥様、花、行って参ります」
「真直さん、有馬をよろしくね」
「有馬様、真直様、いってらっしゃいませ」

 診察室に来るように呼ばれて、やっと呼ばれたと安堵しながら有馬様と共に席を立つ。
 慣れないせいでちょっと緊張してきたが、有馬様のためにも頑張らねばと内心で自分を鼓舞した。

「では、こちらでお待ちください。お付き添いの方はどうぞこちらの椅子をお使いください」
「はい。ありがとうございます」

 看護婦さんに案内され、診察室の中へ有馬様と一緒に入る。
 診察室は待合室よりもさらに綺麗で余計に緊張する。付き添いだというのに何だか借りられてきた猫のような気分だった。

(すごい豪華な作り。……見たことはないけど、華族のお屋敷くらい立派なお部屋な気がする)

 病院の診察室とは思えないほど豪奢な部屋に、ここにいるのは場違いなのではないかとなんとなく萎縮する。
 それくらい、電燈や窓枠などどれもこれも普段見ているものとは全く違って煌びやかな細工がされており、調度品も素人目から見ても素晴らしく高級な作品だとわかるものばかりだった。

(とりあえず、有馬様の診察の内容を聞いて覚えて不明点は尋ねる……くらいよね。緊張して聞きそびれることがないようにしないと)

 奥様の代わりの付き添いとして来ている以上、任されたことはしっかりとこなさなければと自分に言い聞かせる。頼りにされた以上、それ相応の役に立たねばと意気込んだ。

 __あぁ、めんどくせ。金が入るのはいいことだが、いちいちこの量のカモの相手をするのは面倒だな。……まぁ、とはいえ金のためだ。くっさい病人相手に愛想振り撒くのは癪だが、やるしかないか。

(え。何? この悪意、どこから……?)

 不意に感じる悪意に、寒気がする。
 どこから聞こえてきたのかわからない悪意に思わずキョロキョロと辺りを見回すも、それらしい人は誰もいなかった。

「真直さん? どうしたの? 何かあった?」
「……あっ、いえ。すみません。何か見えたような気がしたのですが、気のせいでした」
「そう? なら、いいのだけど」

 いきなり不審な動きをした私に不思議がる有馬様。
 けれど、悪意が聞こえたなんて言えるわけがなく、私は慌てて誤魔化した。

(上手く誤魔化せたかな。有馬様には嘘をついているようで申し訳ないけど、こればかりは本当のことを言っても信じてもらえないだろうし。……それにしても、今のは誰の悪意なんだろう?)

 診察室にいるのは私と有馬様だけ。
 内容的にどう考えても有馬様の悪意なはずがなく、一体誰がこんなことをと思考を巡らせていたときだった。

「お待たせ致しました、千金楽さん」

 ニコニコと人のよさそうな笑みを浮かべた医師が診察室に入ってくる。整った顔のその医師はとても若く、人に好かれそうな明るい表情をこちらに向けていた。

(……え、もしかして……この人があの悪意を……? まさか、カモって言うのは患者さんのこと……? いや、そんなはずが)

 先程感じた悪意のせいで思わず内心身構えるも、どうにか顔に出さないように努める。

「体調はあれからいかがです? 多少でもよくなっているとよいのですが。私の力不足でなかなか一進一退な状態から進まず申し訳ないです」
「いえ、そんなことありませんよ。体調は今はだいぶ落ち着いてますし、先生のおかげで今もこうして生きてお会いできているわけですから」
「千金楽さんにそうおっしゃっていただけて、ありがたい限りです」

 会話内容に合わせて表情をコロコロと変え、とても愛想よく振る舞う医師。優しそうな声音に柔和な表情で、恐らく誰もが好印象を抱くだろうな顔立ち。
 有馬様も慣れている様子で会話している。

(勘違い……? でも、そんなこと……)

 確信が持てなくてモヤモヤする。
 けれど、それを表には出さないようにグッと堪えた。

「そういえば、本日はお母様はお見えではないのですね」
「はい。本日の付き添いは妻にお願いしました」
「おや、千金楽さんご結婚なさったんですね。おめでとうございます。奥様、初めまして。私、千金楽さんのかかりつけ医をしております清水と申します」
「あっ、初めまして、妻の真直です。よろしくお願いします」

 急に自分のほうに話を振られて、慌てて挨拶をする。不信感が顔に出ていないかと気にしつつ、どうにか引き攣りながらも愛想笑いを浮かべた。

 __へぇ、まぁまぁ別嬪な嫁だな。どっかの令嬢か? それとも病中の野郎に嫁ぐということは金目当ての庶民か? まぁ、いい。こいつもいずれカモになるのだろうし、適当にお世辞を言って愛想振り撒いてりゃ騙されるだろ。

(やっぱり! 悪意を出してるのはこの人で間違いない……!)

 上から目線の見定めるような悪意に嫌悪感を抱く。
 見た目こそ無害そうに見えるのに、その実は悪意に塗れ、他人を品定めているのだと思うと虫唾が走った。

 とはいえ、不快感はあるもののただ性格が悪いだけの医師かもしれない。カモという言葉が気になるが、私は大人しく診察の様子を伺うことにした。