***
天馬さんが連れて来てくれたのは、プレハブの並んだ部室棟の一室だった。
一階の奥にあるそこは、映像サークルの部室らしい。日当たりが良いとは決して言えない室内は少し埃っぽくて、たくさんのBlu-rayやDVDが並ぶ棚がある。
そこで天馬さんは新しいTシャツに着替えて、俺は部室に置いてあったシミ取り剤で、服の汚れをとった。ややあって。
「莱くんさ、何か飲む? ビール?」
天馬さんは小さめの冷蔵庫を開けながら、ソファに座る俺の方を振り返る。
「び、ビール……?」
まさかの問いに目をぱちくりさせたら、天馬さんは「あ、ヤベッ」と苦笑した。
「わりぃ。まだ高校生だったよな。えっと、りんごジュースならいいだろ」
天馬さんは冷蔵庫を閉めると、俺の隣に座って「ほら」と紙パックを差し出してくれた。
ただ、「ありがとうございます」と、お礼を言ったものの、なぜか俺の顔をじぃっと見つめてくる。
(……さっきから思ってたけど。なんでこんなにじっと見てくんの)
穴が空きそうなほど視線を送ってくるものだから、もらったジュースを飲むに飲めない。
あまりに居心地が悪くて、手元のジュースに視線を落としたときだった。
「それさぁ、史のやつなんだけどさぁ」
「えっ、史くんの」
思わず反応してしまったら、天馬さんがくくっと笑った。
「莱くんさ。史のジュース渡しただけでそんな動揺すんの、かっわいーな。やっぱさ、史のこと好きなん? 反応おもろすぎて、ついからかいたくなるんだけど」
その突然のぶっ込みに、俺はゲホゲホッと咳き込んでしまった。
天馬さんは史くんの彼氏だし、史くんのこと根掘り葉掘り聞かれるかもと身構えてた。けど、まさかその彼氏に好きバレしてるとか。穴があったら、入りたい。
「……い、いつから、気づいて」
「ん? 最初から〜。史の話するだけで、百面相してんだもん。分かりやすすぎて、ビビったわ」
「ひゃ、百面相……?」
「そ、百面相。こんなにする子初めて見た」
「無意識すぎて……知らなかったです」
「ははっ。ま、そーゆーとこがいいんだろな」
天馬さんは、俺が史くんに横恋慕してるってのに、全く気にしてないらしい。けらけら笑うその姿が少し不思議で、ほんの少しこの人に興味が出た。
「その……気にならないんですか? 幼なじみが、自分の彼氏のこと好きって」
そう聞いた瞬間、天馬さんは驚いたみたいに軽く眉を上げた。
「ほーん。そゆこと? そんな勘違いまでしてんの、かわいすぎんだけど」
「え?」
「いんや、こっちの話」
天馬さんはまたへらっと笑って、わざとらしく肩をすくめた。
「で、気にならないかって話だけどさ。んー……史が誰に好かれてようが、俺は気にしねーよ。やっぱお互い、好きにしてるくらいがちょうどいいじゃん?」
「そう……なんですか?」
「そ。束縛したところで窮屈だしさぁ」
天馬さんはそう言って、腕を上げて、ぐーっと伸びをした。
俺は天馬さんとは反対だ。好きな人には、俺だけを見てて欲しい。他の人に、一ミリも気持ちを渡したくない。
だけど、史くんは俺のことも大切にしてくれてもいるからこそ、この人を選んだのかもしれない。
(心が広いんだろな……この人)
人として負けたような気分になっていたら、天馬さんがふっと笑った。
「でさ……俺、莱くんと仲良くなりてーかも」
「俺と?」
「うん。莱くんの顔、普通にタイプなんだよな。おまけに、こんな反応おもろいとか、マジ最高じゃん」
「…………は?」
今、とんでもない言葉が飛び出した気がして、自分の耳を疑った。
(タイプって……は? 普通、恋人の幼なじみに言う!? なんで……史くん、こんな男と付き合ってんの!?)
尊敬したあの瞬間を、今すぐ返して欲しい。
てか、こんなクソみたいな発言する男に勝てなかったとか、自分があまりにも情けなすぎる。
急に怒りと悔しさのないまぜになった感情がぐるぐる胸の中で渦巻いてきて、ぎゅっと唇を噛んだ。
そうしないと、今にも全部、吐き出してしまいそうだ。涙が出て来そうなくらい、目元がじわじわと熱を帯びていく。
(史くんの彼氏相手に、喧嘩しちゃだめだ。だめだけど──)
史くんのことを傷つけるような相手に、我慢する必要なんてないんじゃないだろうか。
「だからさ、莱くんさえよければ俺と──」
「ふざけんなっ、このクソ野郎!」
なんかもう振り切って、気づいたら俺は叫びながら立ち上がってた。
「え?」
「史くんはっ……史くんはっ……あんたに勿体無いくらいいい男なんだからな!」
やばいと思ったけど、もう遅い。感情が昂りすぎて、とめられなかった。それに、そこまで口にしたところで、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてくる。
「史くんがいるくせに! 高校生を口説くな、この変態! 史くんはっ……史くんはっ、そんな扱いされていい人じゃないんだからな!? もう二度と史くんに近づくなっ! このうんこ野郎!」
手の甲で涙を拭いながら、ぎゃんぎゃん叫ぶ。
高三にもなって、こんなふうに誰かの前で泣くとか恥ずかしすぎる。けど、かっこ悪くても、いくら子どもっぽくても、もう知らん。俺ができることはたったひとつ。
史くんを、このクソ野郎から引き離すことだけだ。
(いきなりヒスるやばい幼なじみ。そんなの上等)
大人を論破することもできなければ、殴り合いの喧嘩なんてできない俺の、なけなしの戦い方だった。
ただ、次の瞬間、背後から「莱、何やってんの」と史くんの声がして、ギュッと抱きしめられた。
ヒック……としゃくりあげながら、俺は目をぱちくりさせる。
そんな俺を見る天馬さんは「やべぇ! 莱くんほんと最高!」と笑ってるし、史くんは後ろで盛大なため息をこぼしてるし。何が起きてるのかさっぱりわからない。
でも、ふたりは俺を抜きで、そのまま話を始める。
「天馬、悪ふざけすんのはやめろ」
「はぁ? してねーわ」
「じゃあなんで、莱が泣いてんの」
「あーこわいこわい。俺があえて憎まれ役買って恋のキューピットしてやってんのに、そんな怒る?」
「は? どこが? 莱に何吹き込んだのか知らないけど、なんでお前と俺が付き合ってるって勘違いされてんの」
「いや、それは俺も知らねー」
ふたりの言葉を聞いて、俺はギョッとした。
「えっ!? ふたりって、付き合ってるんじゃないの!?」
そう言った瞬間、史くんは「絶対にありえないから! なんで天馬と付き合ってると思った!?」って言うし。天馬さんも「ありえねーありえねぇ」と口々に言い出したのだった。
天馬さんが連れて来てくれたのは、プレハブの並んだ部室棟の一室だった。
一階の奥にあるそこは、映像サークルの部室らしい。日当たりが良いとは決して言えない室内は少し埃っぽくて、たくさんのBlu-rayやDVDが並ぶ棚がある。
そこで天馬さんは新しいTシャツに着替えて、俺は部室に置いてあったシミ取り剤で、服の汚れをとった。ややあって。
「莱くんさ、何か飲む? ビール?」
天馬さんは小さめの冷蔵庫を開けながら、ソファに座る俺の方を振り返る。
「び、ビール……?」
まさかの問いに目をぱちくりさせたら、天馬さんは「あ、ヤベッ」と苦笑した。
「わりぃ。まだ高校生だったよな。えっと、りんごジュースならいいだろ」
天馬さんは冷蔵庫を閉めると、俺の隣に座って「ほら」と紙パックを差し出してくれた。
ただ、「ありがとうございます」と、お礼を言ったものの、なぜか俺の顔をじぃっと見つめてくる。
(……さっきから思ってたけど。なんでこんなにじっと見てくんの)
穴が空きそうなほど視線を送ってくるものだから、もらったジュースを飲むに飲めない。
あまりに居心地が悪くて、手元のジュースに視線を落としたときだった。
「それさぁ、史のやつなんだけどさぁ」
「えっ、史くんの」
思わず反応してしまったら、天馬さんがくくっと笑った。
「莱くんさ。史のジュース渡しただけでそんな動揺すんの、かっわいーな。やっぱさ、史のこと好きなん? 反応おもろすぎて、ついからかいたくなるんだけど」
その突然のぶっ込みに、俺はゲホゲホッと咳き込んでしまった。
天馬さんは史くんの彼氏だし、史くんのこと根掘り葉掘り聞かれるかもと身構えてた。けど、まさかその彼氏に好きバレしてるとか。穴があったら、入りたい。
「……い、いつから、気づいて」
「ん? 最初から〜。史の話するだけで、百面相してんだもん。分かりやすすぎて、ビビったわ」
「ひゃ、百面相……?」
「そ、百面相。こんなにする子初めて見た」
「無意識すぎて……知らなかったです」
「ははっ。ま、そーゆーとこがいいんだろな」
天馬さんは、俺が史くんに横恋慕してるってのに、全く気にしてないらしい。けらけら笑うその姿が少し不思議で、ほんの少しこの人に興味が出た。
「その……気にならないんですか? 幼なじみが、自分の彼氏のこと好きって」
そう聞いた瞬間、天馬さんは驚いたみたいに軽く眉を上げた。
「ほーん。そゆこと? そんな勘違いまでしてんの、かわいすぎんだけど」
「え?」
「いんや、こっちの話」
天馬さんはまたへらっと笑って、わざとらしく肩をすくめた。
「で、気にならないかって話だけどさ。んー……史が誰に好かれてようが、俺は気にしねーよ。やっぱお互い、好きにしてるくらいがちょうどいいじゃん?」
「そう……なんですか?」
「そ。束縛したところで窮屈だしさぁ」
天馬さんはそう言って、腕を上げて、ぐーっと伸びをした。
俺は天馬さんとは反対だ。好きな人には、俺だけを見てて欲しい。他の人に、一ミリも気持ちを渡したくない。
だけど、史くんは俺のことも大切にしてくれてもいるからこそ、この人を選んだのかもしれない。
(心が広いんだろな……この人)
人として負けたような気分になっていたら、天馬さんがふっと笑った。
「でさ……俺、莱くんと仲良くなりてーかも」
「俺と?」
「うん。莱くんの顔、普通にタイプなんだよな。おまけに、こんな反応おもろいとか、マジ最高じゃん」
「…………は?」
今、とんでもない言葉が飛び出した気がして、自分の耳を疑った。
(タイプって……は? 普通、恋人の幼なじみに言う!? なんで……史くん、こんな男と付き合ってんの!?)
尊敬したあの瞬間を、今すぐ返して欲しい。
てか、こんなクソみたいな発言する男に勝てなかったとか、自分があまりにも情けなすぎる。
急に怒りと悔しさのないまぜになった感情がぐるぐる胸の中で渦巻いてきて、ぎゅっと唇を噛んだ。
そうしないと、今にも全部、吐き出してしまいそうだ。涙が出て来そうなくらい、目元がじわじわと熱を帯びていく。
(史くんの彼氏相手に、喧嘩しちゃだめだ。だめだけど──)
史くんのことを傷つけるような相手に、我慢する必要なんてないんじゃないだろうか。
「だからさ、莱くんさえよければ俺と──」
「ふざけんなっ、このクソ野郎!」
なんかもう振り切って、気づいたら俺は叫びながら立ち上がってた。
「え?」
「史くんはっ……史くんはっ……あんたに勿体無いくらいいい男なんだからな!」
やばいと思ったけど、もう遅い。感情が昂りすぎて、とめられなかった。それに、そこまで口にしたところで、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちてくる。
「史くんがいるくせに! 高校生を口説くな、この変態! 史くんはっ……史くんはっ、そんな扱いされていい人じゃないんだからな!? もう二度と史くんに近づくなっ! このうんこ野郎!」
手の甲で涙を拭いながら、ぎゃんぎゃん叫ぶ。
高三にもなって、こんなふうに誰かの前で泣くとか恥ずかしすぎる。けど、かっこ悪くても、いくら子どもっぽくても、もう知らん。俺ができることはたったひとつ。
史くんを、このクソ野郎から引き離すことだけだ。
(いきなりヒスるやばい幼なじみ。そんなの上等)
大人を論破することもできなければ、殴り合いの喧嘩なんてできない俺の、なけなしの戦い方だった。
ただ、次の瞬間、背後から「莱、何やってんの」と史くんの声がして、ギュッと抱きしめられた。
ヒック……としゃくりあげながら、俺は目をぱちくりさせる。
そんな俺を見る天馬さんは「やべぇ! 莱くんほんと最高!」と笑ってるし、史くんは後ろで盛大なため息をこぼしてるし。何が起きてるのかさっぱりわからない。
でも、ふたりは俺を抜きで、そのまま話を始める。
「天馬、悪ふざけすんのはやめろ」
「はぁ? してねーわ」
「じゃあなんで、莱が泣いてんの」
「あーこわいこわい。俺があえて憎まれ役買って恋のキューピットしてやってんのに、そんな怒る?」
「は? どこが? 莱に何吹き込んだのか知らないけど、なんでお前と俺が付き合ってるって勘違いされてんの」
「いや、それは俺も知らねー」
ふたりの言葉を聞いて、俺はギョッとした。
「えっ!? ふたりって、付き合ってるんじゃないの!?」
そう言った瞬間、史くんは「絶対にありえないから! なんで天馬と付き合ってると思った!?」って言うし。天馬さんも「ありえねーありえねぇ」と口々に言い出したのだった。



