その二の腕が俺を離してくれない!

 キャンパス内の駐車場は学祭で使用不可ということで、俺たちは自宅近くのバス停から、大学行きのバスに乗った。
 大学前で降りると、以前オーキャンでくぐった門には、煌びやかな学祭の立て看板がある。キャンパスの敷地内には屋台が並んでいて、たくさんの人で賑わっていた。

(あー……なんで来ちゃったんだろ。意思弱すぎんだろ……)

 史くんに誘われたからって、のこのこと学祭に足を運ぶなんて、自分でも馬鹿みたいだと思う。
 諦めなきゃなのに、このくらいなら一緒にいてもいいんじゃないかな。なんて弱い自分が、つい顔を出してしまった。

 そんな俺を連れてきてくれた史くんは、俺をちっちゃい子どもとでも、思ってるのかもしれない。
 175センチもある高校生に、歩きながら「莱、迷子にならないように」とか「莱、そこに段差あるから気をつけて」とか言ってくるし。時折、手を差し出そうとしてくれる。

(やっぱり俺は……いつまで経っても、弟みたいなもんなんかな)

 恋愛対象外なのかと痛感するたびに、虚しさで胸が苦しくなる。
 あーあ、ほんとなんでついて来ちゃったんだろ。嘆息しながら、史くんのあとを歩いていたときだった。

「浅倉くん! ちょうど良いとこにいた!」

 映像サークルと書かれたTシャツを着た女の人が、急に史くんを呼び止めてきた。

「木澤さん、どうしたの?」
「それが今、ちょっと人手が足りなくて、手伝ってくれる人探してて! 当番の子に電話したけど、全然出ないの! ごめんなんだけど、一時間! いや、三十分でいいから手伝ってくれないかな!?」

 よほど切羽詰まってるんだろう。木澤さんという彼女の目元は赤くなっていて、見るからに困っていそうだった。

「そうなの? でも、今、連れを案内してて──」
「史くん、困ってるんだし、助けてあげなよ」

 今の史くんは、王子様みたいな史くんだ。
 史くんが俺のせいで評判を落とすのは嫌で、俺はすかさず会話に割って入った。

「でも、莱……来たばかりだけど」
「来たばっかだからじゃん。ひとりでちょっと回ってくるし、あとで集合しよ」
「ほんとにいいの?」
「うん。三十分くらい、ひとりで平気。ほら、お笑いライブだっけ? そういうのもあるじゃん? ステージ見とくからさ」

 気を遣わせたくなくて、返事を聞く間も無く、俺は手を振ってその場をあとにすることにした。

***
 とはいえ、目的の場所なんて特になければ、お笑いライブも特に興味はないわけで。

「どこに行くかなー……」

 行くあてもなく、とりあえず人の流れに沿って歩いていく。
 ただ、キャンパス内はグループになって歩く人ばかりで、ひとりで歩く俺はどことなく浮いていた。
 
(あー……なんか飲み物でも買って、どっか座っとこうかな……)

 辺りをキョロキョロ見回せば、すぐにホットチョコレートと書かれた看板が目につく。
 コートを着てもちょっと肌寒いし、ワンコインで買えるみたいだし、とりあえずそれを頼むことに決めた。
 歩きながら、ごそごそとコートのポケットから財布を取り出す。財布の中の小銭を数えて、列に並ぼうとしたとき、ドンッと勢いよく誰かにぶつかってしまった。

「あっ、すみません」

 そう謝ったときには、もう遅い。俺の目に飛び込むのは、ガッツリと茶色の液体がかかった男性の白シャツ。確実に、ホットチョコレートがついていた。

「うわっ! ごめんなさい! 服が汚れて──」
「いや、俺が悪い! かかってないか!?」

 自分の方が火傷してるかもしれないのに、男性は俺を心配してくれる。

「俺は大丈夫です。それより早く落とさないと──」

 顔を上げて男性を見た瞬間、俺は言葉を失った。
 そこにいた人物はまさに、半年前に史くんを抱きしめていた人物。あの精悍な面立ちの男性だった。
 なんていう運の悪さなんだろう。

(史くんの……彼氏だ。やばい)
 
 この人に、いつかは会う日がくるとは思っていた。
 でも、史くんを介さない、こんな遭遇は想定外だ。緊張感のあまり、全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出すのが分かった。
 どうすればいいか考えあぐねていたら、なぜか史くんの彼氏は食い入るみたいに、俺の顔を覗き込んできた。

「もしかしてさ、莱くん?」
「へ?」
「いや、莱くんだよな? 史の幼なじみの」
「え……っと、あの……あー……はい」

 史くんが俺のことを話してるとは思わなくて、ついしどろもどろな反応をしてしまった。
 
「だよな? よかった、会えて。俺、天馬(てんま)っつーの。史から写真見せてもらったことあってさ、莱くんの話するときだけテンション上がっから、どんな子か一回見てみたかったんだわ」
 
 天馬さんは大人っぽく見えるのに、豪快ににかっと笑ってみせる。
 その笑顔が『史くんの彼氏』であるがゆえの余裕に思えて、俺の中によくない感情が湧き上がりそうになった。
 でも、天馬さんは俺に好感を持ってくれてるらしい。
 
「あのさ、ここで会ったのもなんかの運命じゃん? よかったら、うちの部室来ねえ? 莱くんの服もちょっと汚れてっし、ついでに莱くんともゆっくり話してみたかったし」

 軽いノリでそう言われて、俺はようやく自分の服にもチョコレートが飛んでることに気づいた。
 本音を言うと、これ以上、天馬さんとは関わりたくはない。
 嫌な自分がひょっこり顔を出しそうだし、俺じゃだめなんだって、現実を突きつけられそうで怖くもある。
 だけど、史くんがこの人の何を好んで、選んだのか。それは気になった。

(俺に足りないものがなんなのか、分かるかも……)

 それに、史くんをここに残して行くのなら、史くんには幸せであってほしい。どんな人なのか、知っておきたかった。

「史くんとの約束もあるから、それまでなら」
「よし、じゃあ決まり! いこーぜ」

 天馬さんはそう言って俺の腕を掴むと、どこかに向かって歩き出したのだった。