どうやら、俺はひとりで盛大な勘違いをしていたらしい。
「なんで天馬と付き合ってると思った!?」と、史くんに問い詰められて、早十分。半年前にふたりが抱き合ってた日のことをゲロったら、史くんは俺の隣に座り直したっきり、顔を上げてくれない。
対して、天馬さんは「ひー、やべぇ、まさかアレを勘違いされるとか、最高すぎる」とかなんとか、ずっと腹を抱えて笑ってる。
(やばい。どうしよ……。史くんがこんなになってるとか……)
ソファでどうしようってそわそわしてたら、史くんから「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」とめちゃくちゃ長いため息をつかれてしまった。
そして、額に手を当てたまま、ようやく顔を上げてくれた史くんと、視線がかち合う。
「あ、あの、史くん」
「莱はさ、ソレを見てからずっと……俺とそのクソヤリチン野郎が付き合ってると思ってた感じ……?」
「あー……えっと……うん?」
ヤリチン野郎なのかは知らないけど、そう返事をしたら、史くんは「ほんっと最悪」と吐き捨てた。しかも、もうなんていうか心底嫌そうに、顔を歪めてる。
「莱。その抱き合ってたってやつ、嘘だから」
「嘘?」
「サークルの自主制作映画の演技」
「演技?」
「俺、映像サークルなんだけど、普段は数合わせの幽霊部員なんだよ。でも、演者したら、新歓出なくていいって言われたから、やったわけ。あのとき、普通に周りに人いたしさ……莱に見られてたとか」
と、史くんはそこまで言ったところで、口を閉ざした。その視線が俺の後ろに向いてることに気づいて、ちらっと振り返る。
すると、天馬さんが「なになに、それで? それで?」と嬉々として聞いてくるもんだから、史くんがブチギレた。
「天馬ぁ。お前ふざけんなよ? てか、お前さ、出店の当番行けよ。木澤さんが困ってたんだけど? 当番ってお前だろうが」
「あっ、忘れてたわ」
「空気読んで、早く行け」
「はいはい。わかったよ。あとはお若いお二人で〜」
天馬さんがへらりと笑って、部室を後にすると、一瞬で沈黙が落ちた。
新歓がどうとか、俺は大学生じゃないからなんのこっちゃ、さっぱりわからない。でも、史くんが天馬さんと恋人じゃなかったという事実だけは、さっきの態度からもはっきりと分かるわけで。
史くんがあんなクソ野郎と付き合ってなくてよかったって安堵に、胸がいっぱいになった。
(俺……史くんのこと好きでいてもいいのかな)
ホッとしたら、我慢していた史くんへの想いが、今にも溢れそうなくらい胸に広がっていく。
喉も渇いてきて、りんごジュースを飲もうとストローを手に取った。そのとき、史くんが「莱」と、甘い声で呼んでくれた。
「俺の勘違いだったら笑ってくれていいんだけどさ。莱が頑なに東京行こうとしてたの、俺が天馬と付き合ってるって思ったから?」
史くんはストレートに聞きながら、俺の頰に手を伸ばしてくる。
(もう、史くんには筒抜けなんだろな……)
俺を見る眼差しはやさしくて、それでまた涙腺が緩む。
きっと、本当のことを言っても、史くんなら「バカだなあ」って受け止めてくれるんだろう。
史くんの指が優しく頰を撫でるたびに、唇が震えて、こくりと頷いた。
「史くん、ごめん。俺……史くんに失恋したんだって思ったら辛くて……。それで史くんから離れなきゃって、何度も思って……史くんのそばにいたら苦しくて……」
言葉にするたびに、じわじわと目の前がぼやけてくる。あぁ、だめだ。こぼれる。慌てて、目元に触れようとしたけど、史くんの指先が代わりに俺の涙を拭ってくれた。
「史くん、あの……」
「莱。好きだよ」
史くんのその一言で、ひくっと喉が鳴った。
「莱は失恋なんか、してないから。初めて会ったときから、莱だけが好きだった。俺なんかにいつも太陽みたいに明るく笑ってさ、史くんって追いかけてくれてることに、ずっと甘えてた」
史くんは俺を愛おしいとでも言いたげに、やわらかな目をしてる。けど、俺と視線が合うなり、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんな、莱。ずっと莱の笑顔なくさせてたの、俺だったんだよな」
そう史くんに謝られて、我慢してたものが全部、全部、溢れ出した。
今の俺は涙でぐしゃぐしゃな顔をしてるだろうし、自慢の顔も過去一ブサイクだと思う。だけど、そんなの知らない。
「史くんのこと、好きって……もう言っていい?」
へにょへにょになりながら、ただひとつ、ずっと伝えたかった言葉を口にした。
「うん」
「がまん、しなくでいい?」
「いいよ。なんでも受け止める」
史くんはそう言いながら、鼻先が触れ合いそうな距離まで、俺に顔を近づけてくれる。
「おでね……ずっど……ぐるじかった」
「うん」
「史くん、おでのこと好きだと思ってたから、かなしかった」
「うん。もっと早く好きって言っとけば、莱にこんな顔をさせることもなかったのに、ごめん。伝えるのが遅くなって」
「あのひとかれしなのって、きくのもこわくて、きけなかっだ」
「そうだよな。怖かったよな」
史くんは俺の言葉を聞くたびに、頭を撫でてくれる。
「おれ……ふみくんのかれしになりたい」
「俺も。莱の彼氏になりたい。いい?」
そんな史くんの琥珀色の瞳も涙が浮かんでいて、ああ、ほんとに俺たちは両想いなんだなって実感した。
こくりと頷いたら、史くんが優しく額に、頰に、鼻先に、次々とキスを落としてくれる。
それから俺が泣き止むまで、史くんはぎゅっと抱きしめてくれて──……。
学祭なんて全く見る余裕なんてなかったけど、久々の史くんの腕の中はあまりに幸せで。俺はきっと一生、この日当たりの悪い部室での一日を忘れることはないんだろう。
***
「うぅ……もう無理ぃ……」
史くんと気持ちを伝え合ってから、一ヶ月が過ぎた十二月上旬。自分の部屋で過去問を解きながら、俺はうめき声を上げていた。
というのも、史くんは恋人になってからも、容赦がないのだ。むしろ、悪化の一途を辿っていると言っても過言じゃない。
だって、先日帰ってきた模試の結果を史くんに見せたら、一瞬で顔色が変わってしまったのだ。
「莱。C寄りのB。前よりは良くなってはいるけど、これ、全く余裕ないB判定って知ってる?」
「いや、でも史くん! これ少し前のだから! 今の俺はもっと成績上がってるはずだから!」
なんて言い訳は全く通用せず。今日も史くんから徹底的に扱かれて、夕飯を食べたはずなのに腹がぐうと鳴る。
(俺たちって……ほんとに恋人って認識でいいんだよ……な? 鬼教官と訓練生みたいな感じなんだけど)
へろへろすぎて自分の机にうつ伏せてたら、コトッと何かを置く音がした。
いそいそと顔を上げれば、目と鼻の先にサンドイッチの載った皿がある。
「うわっ、サンドイッチ!? やりぃ!」
バッと起き上がれば、史くんから「どんだけ腹減ってんの」と笑われてしまった。
「史くんがスパルタすぎるからめちゃくちゃお腹空くんだってば」
「でも、前みたいに優しくしたら『こんなの史くんじゃない!』って言ったのはどこのだーれだ」
史くんは少しニヒルな笑みを浮かべて、俺の隣の椅子に座る。
「あー、はい、俺です」
「だろ? 王子様みたいな史くんが大好きだったのにな?」
「だって……史くん、俺が絵本の王子様が好きって理由だけで猫かぶってたんでしょ? なのに、俺が離れると思ったら、切羽詰まって本性隠せなくなっちゃうとか、可愛いすぎるし……」
と、そこまで口にしたところで、史くんが口角上げてることに気づいた。
「何? 史くん」
「莱はほんと、俺のことが大好きだなーって」
「そりゃもう。世界一好きだし」
史くんに心置きなく好きって伝えることが嬉しくて、いつも恥ずかしいくらい顔が綻んでしまう。
「俺も世界一、莱が好き。だからさ、俺のためにも頑張れるよな?」
「……へ?」
ぽかんとしたら、史くんはほらとプリントの山を見せてくる。
「はーい。サンドイッチ食べ終わったら、ちゃんと身についたか、抜き打ちテストしまーす」
「げぇっ……サンドイッチやめとく!」
すすっと皿を史くんのもとに戻そうとしたら、史くんはくすくすと笑い出す。
「食べなくても抜き打ちテストだから」
「やだやだやだ! 史くんの鬼畜!」
「鬼畜な俺も好きって言ったの、誰だよ」
「俺です! 俺だけど!」
「じゃあ、わかった。いいこにできたら、なんかひとつ言うこと聞くから」
史くんはそう言いながら、俺の頭に手を伸ばして、ぐしゃぐしゃっと撫でてくれる。
俺って、たぶんものすごく単純なんだろう。これだけで、もりもりやる気が出てしまうのだ。
だから、もうちょっと甘えさせて欲しい。
史くんに愛されてるって自覚してる今、自信を取り戻した俺はそりゃもう無敵なもんで。
「じゃあ、ぎゅってして、ちゅーして、朝まで添い寝つきで!」
高らかに、史くんにおねだりをかますのだった。
本編 了.
「なんで天馬と付き合ってると思った!?」と、史くんに問い詰められて、早十分。半年前にふたりが抱き合ってた日のことをゲロったら、史くんは俺の隣に座り直したっきり、顔を上げてくれない。
対して、天馬さんは「ひー、やべぇ、まさかアレを勘違いされるとか、最高すぎる」とかなんとか、ずっと腹を抱えて笑ってる。
(やばい。どうしよ……。史くんがこんなになってるとか……)
ソファでどうしようってそわそわしてたら、史くんから「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」とめちゃくちゃ長いため息をつかれてしまった。
そして、額に手を当てたまま、ようやく顔を上げてくれた史くんと、視線がかち合う。
「あ、あの、史くん」
「莱はさ、ソレを見てからずっと……俺とそのクソヤリチン野郎が付き合ってると思ってた感じ……?」
「あー……えっと……うん?」
ヤリチン野郎なのかは知らないけど、そう返事をしたら、史くんは「ほんっと最悪」と吐き捨てた。しかも、もうなんていうか心底嫌そうに、顔を歪めてる。
「莱。その抱き合ってたってやつ、嘘だから」
「嘘?」
「サークルの自主制作映画の演技」
「演技?」
「俺、映像サークルなんだけど、普段は数合わせの幽霊部員なんだよ。でも、演者したら、新歓出なくていいって言われたから、やったわけ。あのとき、普通に周りに人いたしさ……莱に見られてたとか」
と、史くんはそこまで言ったところで、口を閉ざした。その視線が俺の後ろに向いてることに気づいて、ちらっと振り返る。
すると、天馬さんが「なになに、それで? それで?」と嬉々として聞いてくるもんだから、史くんがブチギレた。
「天馬ぁ。お前ふざけんなよ? てか、お前さ、出店の当番行けよ。木澤さんが困ってたんだけど? 当番ってお前だろうが」
「あっ、忘れてたわ」
「空気読んで、早く行け」
「はいはい。わかったよ。あとはお若いお二人で〜」
天馬さんがへらりと笑って、部室を後にすると、一瞬で沈黙が落ちた。
新歓がどうとか、俺は大学生じゃないからなんのこっちゃ、さっぱりわからない。でも、史くんが天馬さんと恋人じゃなかったという事実だけは、さっきの態度からもはっきりと分かるわけで。
史くんがあんなクソ野郎と付き合ってなくてよかったって安堵に、胸がいっぱいになった。
(俺……史くんのこと好きでいてもいいのかな)
ホッとしたら、我慢していた史くんへの想いが、今にも溢れそうなくらい胸に広がっていく。
喉も渇いてきて、りんごジュースを飲もうとストローを手に取った。そのとき、史くんが「莱」と、甘い声で呼んでくれた。
「俺の勘違いだったら笑ってくれていいんだけどさ。莱が頑なに東京行こうとしてたの、俺が天馬と付き合ってるって思ったから?」
史くんはストレートに聞きながら、俺の頰に手を伸ばしてくる。
(もう、史くんには筒抜けなんだろな……)
俺を見る眼差しはやさしくて、それでまた涙腺が緩む。
きっと、本当のことを言っても、史くんなら「バカだなあ」って受け止めてくれるんだろう。
史くんの指が優しく頰を撫でるたびに、唇が震えて、こくりと頷いた。
「史くん、ごめん。俺……史くんに失恋したんだって思ったら辛くて……。それで史くんから離れなきゃって、何度も思って……史くんのそばにいたら苦しくて……」
言葉にするたびに、じわじわと目の前がぼやけてくる。あぁ、だめだ。こぼれる。慌てて、目元に触れようとしたけど、史くんの指先が代わりに俺の涙を拭ってくれた。
「史くん、あの……」
「莱。好きだよ」
史くんのその一言で、ひくっと喉が鳴った。
「莱は失恋なんか、してないから。初めて会ったときから、莱だけが好きだった。俺なんかにいつも太陽みたいに明るく笑ってさ、史くんって追いかけてくれてることに、ずっと甘えてた」
史くんは俺を愛おしいとでも言いたげに、やわらかな目をしてる。けど、俺と視線が合うなり、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんな、莱。ずっと莱の笑顔なくさせてたの、俺だったんだよな」
そう史くんに謝られて、我慢してたものが全部、全部、溢れ出した。
今の俺は涙でぐしゃぐしゃな顔をしてるだろうし、自慢の顔も過去一ブサイクだと思う。だけど、そんなの知らない。
「史くんのこと、好きって……もう言っていい?」
へにょへにょになりながら、ただひとつ、ずっと伝えたかった言葉を口にした。
「うん」
「がまん、しなくでいい?」
「いいよ。なんでも受け止める」
史くんはそう言いながら、鼻先が触れ合いそうな距離まで、俺に顔を近づけてくれる。
「おでね……ずっど……ぐるじかった」
「うん」
「史くん、おでのこと好きだと思ってたから、かなしかった」
「うん。もっと早く好きって言っとけば、莱にこんな顔をさせることもなかったのに、ごめん。伝えるのが遅くなって」
「あのひとかれしなのって、きくのもこわくて、きけなかっだ」
「そうだよな。怖かったよな」
史くんは俺の言葉を聞くたびに、頭を撫でてくれる。
「おれ……ふみくんのかれしになりたい」
「俺も。莱の彼氏になりたい。いい?」
そんな史くんの琥珀色の瞳も涙が浮かんでいて、ああ、ほんとに俺たちは両想いなんだなって実感した。
こくりと頷いたら、史くんが優しく額に、頰に、鼻先に、次々とキスを落としてくれる。
それから俺が泣き止むまで、史くんはぎゅっと抱きしめてくれて──……。
学祭なんて全く見る余裕なんてなかったけど、久々の史くんの腕の中はあまりに幸せで。俺はきっと一生、この日当たりの悪い部室での一日を忘れることはないんだろう。
***
「うぅ……もう無理ぃ……」
史くんと気持ちを伝え合ってから、一ヶ月が過ぎた十二月上旬。自分の部屋で過去問を解きながら、俺はうめき声を上げていた。
というのも、史くんは恋人になってからも、容赦がないのだ。むしろ、悪化の一途を辿っていると言っても過言じゃない。
だって、先日帰ってきた模試の結果を史くんに見せたら、一瞬で顔色が変わってしまったのだ。
「莱。C寄りのB。前よりは良くなってはいるけど、これ、全く余裕ないB判定って知ってる?」
「いや、でも史くん! これ少し前のだから! 今の俺はもっと成績上がってるはずだから!」
なんて言い訳は全く通用せず。今日も史くんから徹底的に扱かれて、夕飯を食べたはずなのに腹がぐうと鳴る。
(俺たちって……ほんとに恋人って認識でいいんだよ……な? 鬼教官と訓練生みたいな感じなんだけど)
へろへろすぎて自分の机にうつ伏せてたら、コトッと何かを置く音がした。
いそいそと顔を上げれば、目と鼻の先にサンドイッチの載った皿がある。
「うわっ、サンドイッチ!? やりぃ!」
バッと起き上がれば、史くんから「どんだけ腹減ってんの」と笑われてしまった。
「史くんがスパルタすぎるからめちゃくちゃお腹空くんだってば」
「でも、前みたいに優しくしたら『こんなの史くんじゃない!』って言ったのはどこのだーれだ」
史くんは少しニヒルな笑みを浮かべて、俺の隣の椅子に座る。
「あー、はい、俺です」
「だろ? 王子様みたいな史くんが大好きだったのにな?」
「だって……史くん、俺が絵本の王子様が好きって理由だけで猫かぶってたんでしょ? なのに、俺が離れると思ったら、切羽詰まって本性隠せなくなっちゃうとか、可愛いすぎるし……」
と、そこまで口にしたところで、史くんが口角上げてることに気づいた。
「何? 史くん」
「莱はほんと、俺のことが大好きだなーって」
「そりゃもう。世界一好きだし」
史くんに心置きなく好きって伝えることが嬉しくて、いつも恥ずかしいくらい顔が綻んでしまう。
「俺も世界一、莱が好き。だからさ、俺のためにも頑張れるよな?」
「……へ?」
ぽかんとしたら、史くんはほらとプリントの山を見せてくる。
「はーい。サンドイッチ食べ終わったら、ちゃんと身についたか、抜き打ちテストしまーす」
「げぇっ……サンドイッチやめとく!」
すすっと皿を史くんのもとに戻そうとしたら、史くんはくすくすと笑い出す。
「食べなくても抜き打ちテストだから」
「やだやだやだ! 史くんの鬼畜!」
「鬼畜な俺も好きって言ったの、誰だよ」
「俺です! 俺だけど!」
「じゃあ、わかった。いいこにできたら、なんかひとつ言うこと聞くから」
史くんはそう言いながら、俺の頭に手を伸ばして、ぐしゃぐしゃっと撫でてくれる。
俺って、たぶんものすごく単純なんだろう。これだけで、もりもりやる気が出てしまうのだ。
だから、もうちょっと甘えさせて欲しい。
史くんに愛されてるって自覚してる今、自信を取り戻した俺はそりゃもう無敵なもんで。
「じゃあ、ぎゅってして、ちゅーして、朝まで添い寝つきで!」
高らかに、史くんにおねだりをかますのだった。
本編 了.



