俺の家と高校は徒歩圏内だからバスや電車に乗る必要はない。
でも聖夜と遊んだ翌日、俺は高校の前を通りすぎて駅前のロータリーに向かっていた。
同じ制服を着た彼。どこにいても目立つ聖夜の姿を探す。
バス乗り場の近くにいた彼は俺に気づくと片手を挙げてきた。俺は小走りで駆けよる。
「おはよう、夏稀」
「……おはよ」
『明日、一緒に登校しよう』昨日の帰り際。いまと同じロータリーまで彼を見送った俺に聖夜はそう言ってきた。
『俺は夏稀のそばにいたい。そのことがわかるまで、ずっと一緒にいてあげる』
「夏稀、寝癖ついてるよ」近寄った俺の頭を見て聖夜が指摘してくる。え、どこ、と俺はあわてて自分の頭を押さえた。
「後ろ。――学校ついたら直してあげるよ」
「……うん」
「ひょっとしていつもよりはやく家でてくれた?」
聖夜を待たせちゃいけない。そう思ったので、このくらいにでれば間に合うな、という見込みよりも十分くらいはやく俺は家をでていた。
「そういうわけじゃないけど……」とごまかしたけど、聖夜はお見通しというふうに微笑む。
「俺のわがままなのにごめんね。あ、お詫びに鞄持とうか?」
「そんなのいいって……」
「それだと困るな。俺の片手が暇なんだけど」
「え?」
「夏稀、手繋がない?」
俺は差しだされた聖夜の右手を見る。ぽかんとして。
「な……っ」なにを言われているか気づいた瞬間に顔が赤くなって、いや、でも、外で、とかうろたえていたら聖夜が声を立てて笑った。
「夏稀、困ってる」
「え……、あ、冗談かよ……!」
「俺は冗談じゃなくてもいいけど」聖夜は駅ビルの壁時計をちらっと見た。「そろそろ行かないと余裕なくなるね。行こうか?」
完全に振りまわされている。
でもそれは非の打ちどころのない優等生だと思っていた彼の新しい一面を見せてもらっているみたいで嬉しかった。
俺は聖夜とならんで歩きはじめて、それから「あっ」とつぶやく。
「どうかした?」
「たっくんに連絡してない。ごめん、ちょっと待ってて」
俺は歩道の済みによってスマホを取りだす。
『今日聖夜と一緒に登校するから先行ってて!』という簡単なメッセージをたっくんに送り、お待たせ、と聖夜を見上げる。
「なんて送ったの?」
「今日聖夜と一緒に行くから先行ってて――って」
「今日だけ?」聖夜は小首をかしげて言ってくる。「俺はこれからずっとの予定だったけど」
「あ……、」
そう書いたほうがよかったんだろうか。いやでも。
聖夜は……いつまで俺にかまってくれるかわからないし。
「まあいいや」俺が返事に困っているのを見て彼が言う。「ほんとに遅くなっちゃうよ。行こう、夏稀」
「……うん」
ふたりで登校してきた俺たちをみんなは奇異の目で見た。
というか最初は偶然一緒になったんだろうという感じでなんとも思われてないみたいだったけど、自分の机に座っている伊藤が「聖夜おはよ! なあ昨日面白いことあったんだけど」と声をかけたとき、聖夜が「あとで聞くね」とかわしてからみんなの目が変わったのだった。
「俺、いま夏稀といるから」
そして鞄も置かずに俺の席までついてきて、「夏稀、よかったら勉強教えるよ」と周りのざわめきに気づいてないみたいな顔で言ってくる。「苦手でしょ? 数学」
「そ……だけど。言ったことあったっけ」
「一緒に授業受けてればわかるよ」
そういうものなのかな。相変わらず視野が広い。
たっくんはもう自分の席にいた。俺が「よかったらたっくんも――」と声をかけると、こっちをちらっと振りかえって「べつにいい、勉強なんて」とだるそうに言う。
それきりもう我関せずでスマホをいじりはじめたので、俺は聖夜に一対一で数学を教えてもらった。ホームルームがはじまるまで、ずっと。
――ちょっと、やばい、かもしれない。
そう思いはじめたのは昼休み。席が離れてるにも関わらず聖夜は休み時間になるたびに俺のところにきて他愛ない話を振ってくれた。彼に話しかけるクラスメイトたちを無視して。
教室の空気がすこし軋んでいるのがわかる。いやな音が、する。
「夏稀。俺購買でパン買ってから行くから先に行ってて。部室だよね?」
「あ……、うん」
やばい。このままじゃ絶対やばいのに聖夜は気づいているのかいないのか俺のところにきてそう確認してくる。
俺みたいな地味なやつが聖夜にひいきされてる。それは――なんというか――教室という集団では、『罪』だ。
こんなのよくない。わかってはいるけど、もう俺とは遊ばないほうがいいというセリフは昨日口にしたばかりだった。乱用するような言葉じゃない。
聖夜と仲がいいクラスメイトたちに白い目で見られているのを感じながら俺は彼と一緒に教室をでて、途中の廊下で別れる。
――聖夜はこのことに気づいてるんだろうか? 気づいてないわけない、と思う。いつも教室の隅にいるような俺のこともよく見てるんだから。
今日だけ? 明日になったら、前みたいな距離感にもどる……?
はらはらする一方で、聖夜と過ごす時間は楽しかった。こんなの性別関係なく人間として好きになるよな、と思うくらい。
どんなときもやさしく微笑んでて。気遣いができて。意外と子供っぽいところがあったりして――。
それから数日。
聖夜は暇さえあれば俺のそばにきた。周りの視線も気にせず。
入れかわるようにたっくんとは距離ができてしまって、昼休みも放課後も彼と部室で顔を合わせない日々がつづいた。そんなある日。
「やっぱ聖夜って立ちまわりうまいよなー……。キレがあるっていうか」
「そう?」
昼休み、食事を終えたあと。部室のソファにならんで座って俺は聖夜がスマホで『アイドロ』をプレイするところを見ていた。
主観視点のゲームはコツをつかむまでにけっこうかかるものだけど、聖夜の動きに不慣れなところはかけらもない。もともと勘がいいか研鑽を積んだかのどっちかだろう。
「いつからはじめたの?」
「最近だよ。今年の春休みから」
「えっ、それでもうこんな上手いわけ!?」
春休みっていったら……と思わず指を折って計算していると部室のドアが開いた。先輩のどっちかかと思って「お疲れさ――」と挨拶をしかけた俺は、そこにいた男子生徒の顔を見て「たっくん!」と声をあげた。
「……んだよ。そんな大声だして」
「だって最近ぜんぜん部室こなかったから。もう飽きちゃったのかと思って」
「そんなんじゃねえけど」
たっくんはならんで座っている俺たちをちらっと見たあと、向かいのソファにだらしなく座る。それからスマホを取りだし、「あ」とつぶやいた。
「充電ねえや」
「たっくん、いつも充電器持ってるじゃん。放課後まで充電しといたら?」
「今日忘れたんだよ」
つまらなそうにたっくんはスマホを鞄に投げいれる。
背もたれにだるそうにもたれかかったまま、「ナツがプレイしてるとこ見せて」と言ってきた。
「俺、することない」
「えー? しょうがないな……」
俺は立ちあがりながらポケットからスマホを取りだそうとする。
そのとき聖夜に腕をつかまれた。ぐい、とひっぱられて「うわっ」俺はソファに倒れこむ。
「夏稀はいま俺と話してるんだけど」
聖夜の声は微笑んでいた。俺の腕をつかんでいる手に痛いほど力が入っているのが嘘みたいに。
「なんの権利があってきみは俺から夏稀を取っていこうとするのかな?」
ぴく、とたっくんが頬を動かした。
「なに抜かしてんだよ、おまえ……」うっとうしそうにつぶやき、聖夜が俺の腕を離そうとしないのを見てちっと舌打ちする。
「権利ねえのはてめえだろ。見逃してやってたけどさ……正直、目障りだからな。ナツにべたべたしやがって」
「そう。それが?」
「な……、」
「俺が自分がしたいようにしてるだけだよ。ちゃんと夏稀の同意も取ってる。自分がやりたくてもできないからって――」と、聖夜は俺の腕を離すと反対の肩に手を置いて自分のほうに引きよせる。「俺に八つ当たりしないでほしいな」
「……っ、ざけんな!」
たっくんは顔を真っ赤にすると部室を飛びだしていってしまった。「たっくん!」と俺は追いかけようとしたけど、「いまはそっとしといたほうがいいよ」と聖夜に言われて彼を振りむく。
「遊佐くんがあんなふうに怒った理由。夏稀にはわからないだろ?」
――たっくんが怒った理由?
俺は彼が座っていたソファを見る。
たっくんが怒ったのは聖夜に挑発されたからで……、聖夜は自分がやりたくてもできないからって八つ当たりしないでほしいって言ってて……つまり……?
――ひょっとして、聖夜のほうがゲーム上手いからもやもやしてる……?
あとから入ってきた聖夜にぬかされたみたいで悔しいんだろうか。首をひねる俺の横で、「あ、死んじゃった」と聖夜がスマホを見てぽつりとつぶやいた。
ただのゲームのなかの話だけれど、それはどこか不吉で。
俺とたっくんの関係の終わり……も、予言していたみたいだった。

