「遊びにいくならたっくんと一緒に……」と俺は言ったけれど、「俺はいい」とたっくん本人に拒否されてしまった。そして聖夜はほかにだれか誘うつもりもないらしい。「どこか行きたい場所ある?」とだれかに相談するでもなく聞いてくる。
「え、えっと……」
急に言われても。
「普段夏稀が行ってる場所でもいいよ」と聖夜が助け舟をだしてくれたので、「なら駅ビルの中のゲーセン……」と考える余裕もなく俺は答える。放課後や休みの日にたっくんとよく行く場所だ。
「いいね、シューティングなら俺得意だよ」
「FPSやるって言ってたもんな」
ってことはあながち不正解じゃなかったかもしれない。
聖夜を退屈させたらどうしようとか、変な提案して見限られたらどうしようとか、あとから不安が湧きおこってきていた。
「……俺、用事思いだしたから」
空になったコロッケパンの袋をくしゃっと手の中ににぎりこむとたっくんが立ちあがる。「たっくん、放課後ほんとにこない?」ともう一度誘ってみたけど、今度は「こないつってんだろ」と強めに断られた。ばたん、とドアが冷たく閉まる。
――なんか怒らせた……?
「遊佐くんと仲いいんだね」
怒らせるようなことを言ったかな、と気にしていると聖夜がそう言ってくる。「うん、まあ……」あらためて言われると照れるけど。休み時間は基本的につるんでるし休みもふつうに遊ぶしお互いの家にも行ったことあるし、『仲がいい』の範囲に入るだろう。二人組協定だって結んでるし。
「中学から一緒なの?」
「いや、高校から。去年も同じクラスだったんだけど、俺がスマホの待ち受け『アイドロ』にしてるの偶然見てたっくんのほうから声かけてくれたんだ。それで仲よくなって……」
あのとき彼が話しかけてくれなかったらいまの俺の高校生活はない。ゲーム同好会に入る勇気も持てなかっただろうし。ほんとに感謝している。
「じゃあ遊佐くんは昔の夏稀のこととか知らないんだね」
「え?――まあ、べつに。話すようなこともないし」
「そう」
どうして急に"昔"の話なんてするんだろう。どきりとしたけれど、聖夜はもう自分がそんなこと言ったのなんて忘れたかのようにミルクティーをストローで飲む。
俺は視線をさまよわせたあとで「……聖夜はS高行ってたんだよな。その前は?」と思いきって聞いてみた。
自分が聞かれたくないことは他人にも聞かない。いつもそうしてきたけど。
S高は首都圏にある有数の進学校だ。うちの学校とは偏差値が大幅にちがう。
なんでわざわざ転校してきたのかクラスメイトがよく聞いていたけど、聖夜は常に言葉を濁していた。
聖夜は紙パックをテーブルの上に置く。
「公立の中学だよ。勉強が好きな子供も苦手な子供も運動が得意な子供も嫌いな子供も他人と接するのが楽しい子供も興味がない子供も、未来がある子供もない子供も一緒くたに閉じこめられる場所。俺は特進クラスにいて、ほとんど隔離されてるようなものだったけど」
「――そんなすごいのに、なんで……」
「なんでだろうね。夏稀、よかったら考えてみる?」
自分の心に覆いをかけるみたいに聖夜は微笑む。
……家庭の事情、がまっさきに思いうかんだことだった。前に洗濯は自分でしてるって言ってたし。両親のどっちかに不幸があって進路を大幅に変えなくちゃいけなくなった、とか……。
思いうかんでも簡単に口にだせることじゃなかった。黙りこんだ俺に、「さっきから手止まってるよ」と聖夜が言ってくる。俺は箸を持ちなおしたけどあんまり食は進まなかった。
もう一歩だけ。
聖夜の過去にもう一歩だけ踏みこんでおけば、あんなことにはならなかったのに。
◇◇◇
「聖夜、今日どっか寄ってく?」
「ごめん、今日は部活で修業だから」
「へ?……あー、そうなんだ」
ホームルームが終わるなり話しかけてきた伊藤を聖夜はそんなふうにかわし、手を振ってくる女子たちに「またね」と笑顔を返しながら俺の席までやってくる。ちょっと既視感。
「それじゃ行こうか」
「……うん」
優しく微笑みかけられ、逃げられない、という言葉がなぜか頭の中をよぎる。
べつに――聖夜から逃げる必要なんて、ないのに。
「たっくん、また明日」
「……ん」
なんとなくぴりぴりしてるたっくんの背中に声をかけると一応返事はしてもらえた。本気で怒っているわけじゃなさそうなのでほっとする。
聖夜と連れだって教室をでると「なんであいつとなの?」「だからゲーム同好会だって……」「いや、それがそもそもなんでなんだって」と伊藤とその友達たちの会話が聞こえよがしに聞こえてきた。……俺だってそう思うけど。
「聖夜がサッカー部入ってくれれば絶対活躍できるのに」
聞こえてきたそんな言葉に胸がちくりと痛む。
俺がゲーム同好会に聖夜を歓迎することは――聖夜の可能性をつぶしてることになるんじゃないだろうか? あんなに運動神経がいいんだから。そりゃ聖夜はゲームのセンスもあるけど、どっちが注目度が高いかって言えば考えるまでもなく運動部だ。
――ひょっとして俺は、なんとしてでも聖夜を運動部に入れなくちゃいけないんじゃ……
「どうかした、夏稀」
「あ……うん」
いまからでも遅くない。俺なんかと一緒にいるのはやめたほうがいいって聖夜に言わなきゃ。
でもその言葉はどうしても外にでていかなくて、戸惑いながらも俺は彼の隣を歩きつづけてしまう。
「緒川くーん、またね」
「はい、さよなら」
一階の生徒ホールを通りかかったとき、テーブルでおしゃべりをしていた上級生の女子たちが聖夜に気づいて手を振ってくる。聖夜は如才なくそれに答え、「うわ、やっぱかっこいい!」「緒川くん見れるなんて幸せ」と上級生たちははしゃいでいた。
きっと俺のことは認識さえされていない。
――こんなにちがうのに、と俺は聖夜の横顔をそっと見上げる。
彼が俺の隣にいてくれるのは、どうしてなんだろう――。
駅ビルのゲーセンにつくなり、俺と聖夜はふたりプレイができるシューティングゲームをはじめた。なぜか記憶喪失で倒れていた主人公が謎が多い相棒とともに島を脱出するというシナリオだけど、俺はまだエンディングを見たことがない。
ゲーム用の銃をかまえた聖夜は様になっていた。このままアクション映画にでられそう。
「ごめん、リロードするから擁護して!」「任せて」初めての協力プレイなのに聖夜は俺に完璧に合わせてくれていて、俺はたっくんと行ったことのないステージ4までたどりつくことができた。
退廃した研究所という未知のステージに翻弄されて俺はあっけなくゲームオーバーを迎えてしまい、聖夜のプレイを見守る。
聖夜はねばったけれど中盤辺りでライフが0になってしまった。あーあ、と残念そうに溜め息をつく。
「完クリできるかと思ったんだけど」
「え、でもすごいって! 俺ステージ4なんて初めて行ったよ」
「そうなの? 遊佐くんとは?」
「行ってない。聖夜とが初めて」
それを聞くと聖夜は静かに笑った。「そっか。……初めて、か」
次どうする、と相談しようとして俺は周りにギャラリーができていることに気づいた。ほとんど学生だけど中には私服の大学生っぽいひともいる。
その中の女子ふたり――ちょっと派手なことで有名な高校の制服を着ている――が小声でひそひそささやきあうと、「あのー」と聖夜に話しかけてきた。
「お兄さん、ゲーム上手ですね。私たちにも教えてくれません?」
もちろん俺は眼中にない。
……というかこれ、逆ナンってやつ?
されたことなんてなければ、されてるやつを見るのも初めての経験だった。どうするんだろうと俺が聖夜を見守っていると、彼は「そうしてあげたい気持ちはあるんだけど」と苦笑いした。そして俺の肩をつかんで引きよせる。
「俺、いまデートしてるから。ごめんね」
え、と動揺した俺を「行こう」と聖夜はゲーセンの入り口のほうへ連れていく。
声をかけてきた女子たちも周りのギャラリーもみんなぽかんとしていた。「いまデートって言った?」と聞こえてきたのは俺たちがその場を離れてから。
「男同士でつきあってるの、初めて見ちゃった」
……ないないないない。つきあってないから!
俺はあわてたけど否定するには遅すぎた。俺は聖夜にほとんどひっぱられるようにして入口まできてしまう。
そこでやっと聖夜が立ちどまり、「ちょっと乱暴だったかな」と俺を見下ろした。乱暴すぎるって、と俺は言いかえす。
「な、なんか変な誤解されただろ……!」
「そう? 夏稀はいやだった?」
「い、いやって」
聖夜が彼氏だったら。そりゃこんなかっこいい男が彼氏だったら自慢できるだろうけど、そのまえに俺は男だし……!
俺が意味もなく口をぱくぱくさせていると「それはともかく」と聖夜が話を変えた。ともかくって!
「まだ遊びたりないけど……、もどるのもあれだね。もし小腹空いてたらなにか食べにいかない?」
「……行く、けど」
「じゃあ決まり。俺、アップルパイ食べたい気分なんだ」
行こう、とうながされるままに俺は彼についていく。
――聖夜って意外と強引? でも、いやな気分じゃなかった。むしろ行先をどんどん決めてもらえて気持ちいいくらいだ。
アップルパイっていうからカフェにでも連れていかれるのかと思ったら、聖夜が「ここでいい?」と聞いてきたのは駅近のハンバーガー屋だった。ここなら財布的にも助かる。
一階のカウンターで注文して、二階のテーブル席へ。席は半分くらい埋まっていた。
二人掛けの席に俺たちは向かいあって座る。
周囲の女子たちがちらちら聖夜を見ていて、やっぱり目立つな、と思わざるを得なかった。
……言ったほうがいいんだろうな。
もう遊ぶのはこれきりにしようって。聖夜はゲーム同好会よりも、運動部に入るべきだって――。
五分くらいで注文した商品を店員さんが持ってきてくれる。
「ここのアップルパイ好きなんだ」と顔をほころばせる聖夜に、あのさ、と俺は切りだした。
「俺たち……もう遊ばないほうがいいと思う」

