【完結】イケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた


 聖夜が同好会に入った日、俺は高校生になってはじめてたっくん以外のだれかと一緒に帰った。聖夜はバス通学だから、駅前のバスロータリーまで。

「夏稀、遠回りじゃなかった?」
「べつに……」俺は聖夜から目を逸らし、「本屋寄ろうと思ってたし。ついでだよ」

 聖夜は夕陽の中でにっこり笑う。
 そしてさりげなく俺の前髪にふれた。俺は飛びあがりそうなくらい驚いたけど、聖夜は「ゴミついてたから」と笑ったまま言う。

「……、ありがと」
「うん。――またね、夏稀。今度ちゃんと放課後デートしよう」
「デ――」

 聖夜はひらりとバスに乗りこむ。
 そのすぐあとにドアが閉まって、乗り場側の席に座った聖夜は窓越しに俺に手を振った。
 俺は――とっさに振りかえせなかったけど。

 なにかの言いわけみたいだ。バスが見えなくなるまで見送って、駅ビルの中の本屋をぶらぶらしながら思う。
 本屋に用はない。好きな漫画の新刊は先月買ったばっかりだから。でもまっすぐ家に帰れなくて、その理由もちゃんと言葉にできないまま、俺は学生や大人のひとたちの間を歩く。平日のこの時間、みんな『夕暮れ』という制服を着ているみたいだと思う。

 ――聖夜は、

 俺のことをどう思っているんだろう。雑誌コーナーで立ちどまり、見るともなしに適当に取ってぱらぱらめくりながら考える。
 なんで同好会に入ってくれたんだろう。なんで一緒にゲームしてくれたんだろう。なんで……。

 なんで――あんな、俺とは別の世界に生きてるひとが。

 雑誌の内容はなにも頭に入ってこない。雑誌を棚にもどしたとき、さっき嗅いだばかりの匂いがして俺は周囲を見回す。
 清潔なグリーン系の香り。

 でも聖夜はどこにもいなくて、ひょっとして、と俺は自分の左腕を鼻に近づけて気がついた。ほんのうっすらだけど、彼の匂いが制服に移っていることに。

 ――……どうしてくれるんだよ。

 平和だった俺の学校生活。深海に棲む魚みたいに目立たず生きていくつもりだったのに、心が波打っている。彼の匂いが移ったぶんだけ。もう一度外を歩けば、消えてなくなるくらいのさざ波だけど。

 ――どうせ、

 明日には聖夜は忘れてる。やっぱり運動部とかけもちするって言いだす。それで同好会にはこなくなって……俺には、前と同じ日常がもどってくる。

 そうであってほしかった。
 聖夜には、俺とちがう世界の住人でいつづけてほしかった。

 だけど、

「おはよう、夏稀」
「……あ、おはよう」

 翌朝。いつもどおりたっくんと教室に入ると、自分の席で数人のクラスメイトと話していた聖夜が俺の名前を呼んで挨拶をしてきた。つい反射的に俺は返す。

「遊佐くんもおはよう」
「……ども」

 たっくんは面倒くさそうに答え、自分の席に鞄を置いた。俺もどぎまぎしながら彼に倣う。

「緒川くんってあのふたりと仲よかったっけ?」
「これからかな」
「え、どういう意味?」
「ゲーム同好会入ったから、俺」

 えーっと聖夜の周りで声が上がる。

 やばい。このままだと俺たちまで注目を浴びる、と思っているとたっくんが俺に目配せして教室を出た。俺もついていく。

 階段の前まで行き、「あーあ、楽にサボれる部活だったのに」とたっくんはぼやく。「緒川が入ったらほかのやつらも入りたがるだろ。サイアク」

 だよな、と普段の俺なら同調していたと思う。でも俺は聖夜の行為を否定してほしくなくて、「人数多いのはいいことじゃん」と小声で言った。それでもさ、とたっくんは片手で手すりをつかむ。

「ナツだって好きじゃないだろ。人多いの」
「そうだけど」
「余計なことしやがって……。サッカー得意ならそっち入りゃいいのに。興味本位か? 変なやつ」
「たっくん――」

 そこまで言うことない。俺がなだめようとしたとき、「――ごめんね」と背後から声がした。

「たしかに興味本位だけど、足手まといになる気はないよ」

 びっくりして振りかえると聖夜が立っていた。たっくんはぎくりとしたように口を閉じる。

「聖夜……」

 どこから聞いてたんだろう。「あの、たっくんは悪気があって言ったわけじゃ」とフォローすると、「うん、大丈夫」と聖夜は微笑む。

「いまの少人数の空気を夏稀たちが大事にしてるのもわかってる。だから、入りたいっていう子たちにはもう締め切りすぎてるって答えておいた」
「えっ?」
「だから心配しないで。これ以上騒がしくなることないから」

 それだけ伝えようと思って、と言いのこすと聖夜は教室にもどっていく。
 ……聖夜に気を遣わせたと反省するけど、ほかの子が入りたがるのを断ってくれたことに安心したのも事実だ。正直、あのせまい部室で女の子たちが聖夜にずっときゃあきゃあ言ってるのを見ているのはつらい。

 俺はたっくんのほうを見る。

「……よかった、な?」
「…………」
「たっくん?」
「……ナツ、あいつのこと名前で呼んでたっけ」

 思いもしなかった質問に虚を突かれた。「え、まあ……昨日から?」と返事をすると、「ふうん」とたっくんは低い声でつぶやく。

「……ま、べつにどうでもいいけど」

 そういう割に、彼が手すりをつかむ手には力がこもっていたみたいだった。なんでかはわからなかったけど。



 聖夜の言葉どおり、彼が入会したことでゲーム同好会が騒がしくなることはなかった。興味本位の生徒にひっかきまわされたらいやだったからほっとする。

「たっくん、卵焼き」
「……俺は卵焼きじゃねえし」
「はいはい」

 昼休み。普段と同じように部室で昼飯にする俺とたっくん。
 もし聖夜がだれでも歓迎していたらこの平穏は破られていたのかと思うと心の中で手を合わせたくなる。

 ――やっぱすごいよな、聖夜って。

 俺みたいな教室の端っこにいるやつのこともちゃんと考えて立ちまわってくれる。自分本位でなにかをしたりしない。
 視野が広くて、そして、いろんなことに配慮できる人間なんだろう。道徳の教科書から抜けでてきたみたいだ。

「……なに考えてんの?」
「んー、やっぱ聖夜ってすごいんだなって」
「あっそ」

 たっくんはつまらなそうに卵焼きが載ったコロッケパンをかじる。
 たっくんは聖夜のこと苦手なんだろうか。ちゃんと話せばすぐ仲よくなれると思うけど――と思ったとき、部室のドアがノックされて当の聖夜が顔をだす。

 聖夜は悪戯好きの子供みたいな顔で笑う。「伊藤たちから昼ごはん誘われたんだけど、撒いてきちゃった」

「マジで? よかったの?」
「たまにはいいよ。……あ、俺がここにいるってこと秘密にしてくれる?」
「わかった、絶対言わない」

 俺が大真面目に答えると聖夜も「助かる」と真剣に返してくる。そして「隣いい?」と聞いてくるので、俺は横にずれてスペースを開けた。

「ありがと。ナツは弁当なんだ」
「聖夜は……購買?」
「うん。ここのパン、下手なパン屋よりおいしいよ」

 入学してから毎日母親が弁当を作ってくれるから知らなかった。聖夜がテーブルの上に置いたものを見てみると、あんバタサンドと抹茶クリームパンと紙パックのミルクティーと見事に甘いものばかりだ。
「聖夜って甘党?」とつい聞いてしまう。

「というか、いまのブームかな。なにか気に入るとそればっかり食べちゃうんだよね。甘いのが好きってわけじゃないんだけど」
「これだけで足りるの?」
「けっこう腹に溜まるよ」

 俺たちの向かいでたっくんは借りてきた猫みたいになっている。
 たっくんは購買のパン買ったことあるっけ、と話を振ろうとしたとき「そうだ、ナツ」と聖夜に話しかけられた。

「放課後デート。リベンジしていい?」