同好会から部活に昇格するには会員が五名以上いるのが条件。ほかに、活動実績が必要だと聞いている。
ゲーム同好会においての活動実績。
eスポーツの大会で優勝できていれば話ははやかったのだけれど、優勝どころか去年は全国大会(うちの県は出場校がすくないので、地区予選や県大会を飛ばしてはじめから全国大会だ)一回戦どまり。種目はみんなで相談して先生たちにも理解してもらいやすいおちものパズルゲームをえらんだ。
が、相変わらず先生たちからの評価はきびしく。
『遊んでばかりじゃ将来困るぞ』と一応顧問になってくれた中年の先生には事あるごとに言われている。ゲームなんて何の役にも立たないだろ、とも。
それでも部室を用意するのにかけあってくれたので、まったくの否定派ではないと思う……んだけど。
「会報も三ヵ月に一回出してるんだけど、はいそうですかで終わってるんだよねえ。所詮テレビゲームなんて子供の遊びだろ、みたいな」
放課後。緒川をちゃんと紹介しておきたかったので、俺は鳥見橋先輩に部室まできてもらった。
もうひとりの先輩、新田先輩はどうしてももう一個――というよりメイン――の部活が抜けられなかったそうだ。
たっくんもやっぱ本調子じゃないということでホームルームが終わったらそのまま帰ってしまった。なのでいま部室にいるのは俺たち三人だけ。これでも普段より多いと言える。
苦労されてますね、と俺の隣に座った緒川は如才なく相槌を打つ。
「最近はプロのeスポーツ選手の躍進も目覚ましいと伺っています。それを遊びで片づけるのはもったいないと思いますね」
「えー? はは、なんか緒川くんって知的だね」
鳥見橋先輩はけらけら笑うけど本人に悪気はない。
肩まで届く長髪にだらしないネクタイ。いつのものかわからないプリントが突きでているファスナー全開の鞄。……と、見た目通りのゆるいひとだ。
そのおかげでこの『集まりたいときに集まって適当に解散』という厳しい部活が見たら卒倒しそうなふわふわした同好会が成り立っているので、俺としてはありがたいものの。
「ちなみにうちの同好会はかけもちおっけーだから。つかしといたほうがいいよ、内申気にするなら。学生時代がんばったことはゲームです、じゃ面接のとき困るでしょ。向こうが。夏稀や拓虎はうちで青春を無為に浪費してるけど」
「会長がなんてこと言うんですか……」
「――いえ、俺は」
ソファにだらっと腰かけた先輩と対照的に、背筋を伸ばしてきれいに座っている緒川は真面目な顔で答える。
「こちらだけでいいと思っています。活動に集中したいので」
「そう?……んー、まあ緒川くん本人がいいならいいけど」
マジでいいの、と俺は小声で緒川に話しかける。「運動部からスカウトされてるんだろ? 念のためそっちも見学しとくとか……」
「運動部とほかの部活をかけもちとかまずできないだろ」
「そうかもしれないけど……」
「それに、なにかとかけもちしたら夏稀と過ごす時間が減るよね?」
「え?」
だから俺はここだけ、と緒川は笑う。
……ん? これって、イケメンにだけ許される小粋なジョーク?
「緒川くんってえぐいくらいモテそうだね」と会話が聞こえていたらしい鳥見橋先輩がつぶやく。「そんなことないですよ」と緒川は否定するけど、もしほんとうにそうだとしたら世の中の女子の見る目はいかれてると思う。
「じゃ、これが申請書ね。ボールペンある?」
「はい」
「活動日はー……まあぶっちゃけゲームしたくなったときでー……次の会誌は七月発行です。顧問は生物の谷田先生。……夏稀、あとなにか連絡事項ある?」
「……あらためて考えるとうちの同好会、かなり適当ですね」
「よく空中分解しないよなぁ」
そんなしみじみ言われても……。
「はい、できました」と緒川はきれいな楷書体で入会申請書に名前を記入した。鳥見橋先輩はそれを受けとって、ぐちゃぐちゃの鞄に入れようとして、さすがに考えなおしたらしく申請書を手に持ったまま立ちあがった。
「忘れないうちに先生に渡してくるな。今日はそのまま帰るから、夏稀、適当に歓迎会でもしてあげて」
「会長がそれでいいんですか……」
「おまえたちのときもべつにしてないじゃん」
そりゃなにもしてもらった覚えがないけれど。
「じゃあなー」と先輩は部室をでていく。
ちなみに鳥見橋先輩がかけもちしているのは茶道部。『適当に茶を飲んでれば許されると思った』かららしい。ひどい話だ。
「あー、その……」と残された俺は緒川に向けて苦笑する。どうしよ、こんな適当な同好会やっぱいやだって言われたら。
「こんな感じなんだけど……引いてない? 大丈夫?」
「うん、面白いなって思った」
「ほんと?」
「ユニークだよね」
……まあたしかに、緒川みたいな完璧なやつからしたらなにもかもめずらしいかもしれない。
「eスポーツの大会って今年もあるんだよね。種目はもう決まってるの?」
「たぶん。パズルゲームは外せないと思う」
「じゃあそれについて教えてもらっていい?」
「――もちろん!」
俺は部屋の隅から充電器に繋いであった携帯ゲーム機を持ってくる。
旧世代機だけど、基本的なルールは変わっていないので練習ならこれで充分だ。
「これならむかしやったことあるよ」
「へえ……」一世を風靡したパズルゲームだからおかしくはないけど。「緒川って意外とゲームするの?」
「意外かな?」
「だってスポーツ万能って感じだし……あ、好きなキャラとかいる?」
「俺、この魔導士好きだよ」
「じゃあこいつで……、」
プレイヤーの操作キャラをえらんだところで、俺は緒川の手が自分の肩に置かれていることに気づく。
緒川がいる左側じゃなくて、反対側の右肩に。
――ちょっと、距離が近い。気がする。
「夏稀? どうかした?」
「え? いや、べつに……」
男同士ならふつう……なのかな。たっくんはべたべたするタイプじゃないからわからない。わからない、けど。
――なんか柔軟剤売り場を通ったときみたいな香り、する。
男でこんなさわやかな香りするやつがいるなんて知らなかった。グリーン系っていうんだっけ。思わずゲームを操作する手を止めて匂いを嗅いでいると、「ごめん、なにか匂うかな」と緒川が俺から手を外して体を離した。
「え!? ちが、むしろなんだかいい匂いすると思って――」
「……そう?」
「え、あ、いや、変な意味じゃなくて……!」
よかった、と緒川は演技がかかった動作で胸をなでおろす。
「俺、自分で洗濯してるから。たまにちゃんとできてるか不安になるんだよね」
「……え、そうなの? すごくない?」
「ふつうだと思うよ。……してくれるひともいないし」
――いないって、母親は?
あやうく喉元まででかかった。でもセンシティブな話題だと思ったので、「そう……なんだ」とうなずくだけにする。
緒川はちょっとさびしそうに目を伏せたあと、「じゃ、夏稀のそばにいっていい?」といつもの微笑を見せてくる。
そんなさびしそうな目をされたあとじゃ――絶対、断れなかった。
「……ど、どうぞ」
「ありがと」
俺の右肩にまた手が置かれて、そのぶん、緒川の体がくっついてくる。
緒川の体と密着している左腕がなんだか熱かった。男同士なのに。意識する必要、ないのに。
「そうだ」とパズルゲームがはじまったあとで緒川が俺に言う。
「夏稀も俺のこと下の名前で呼んでほしいな。聖夜って」
「……聖、夜?」
「うん、なに?」
「よ……用は、ないんだけど」
「そっか」
べつにいいよ、と緒川――聖夜は俺の頭に自分の頭を近づけてくる。
……ゲーム画面を見るため。だとしたら、ちょっと近すぎるくらいの距離まで。
「夏稀なら。用がなくても、俺のこと呼んで」
その日、俺は自分の人生最速でゲームオーバーを迎えた。

