え、え、とスマホを手に戸惑っていたら『ごめん、困らせた?』と緒川からメッセージがきた。
俺がフリーズしてるせいで緒川に気を遣わせている。そんなことない、と俺はあわてて返信した。
『なら放課後デートしよう』
……いや。待って。そんなことない=緒川と出かけるってわけじゃ。
というかデート? 俺が知らないだけでクラスメイトと出かけることをそう言うのが流行ってるのか?
まあこれは緒川の冗談だろう。というか『学校から直でいいよね』『席まで迎えにいく』って、どんどん話が進んでるんだけど――
ただ既読マークをつけることしかできないまま、俺と緒川が放課後でかけるという予定が完成されていく。
緒川は俺なんかでほんとうにいいのか? 退屈なんじゃないか? そう思ったけど、そもそもふたりきりでなんてどこにも書いてない(デートとは言ってるけど)。
きっとグループで遊ぶ中に入れられただけだろう。人数合わせかなんかで。
……大勢で遊ぶのは苦手、だけど。
でも緒川が一緒なら……
緒川からの連絡が途切れて暗くなったスマホの画面を見つめ、ふと思う。
……こういうの、たっくんに悪い気がする。たっくんが休みの日にグループで遊びにいくとか。
――緒川には申しわけないけど、用事があるって言って断ろうかな……
スマホを持ちなおしたとき予鈴が鳴った。は、と俺は時間を確認する。聞きまちがいかじゃなかった。
「――うわ!」
ゲーム同好会は部室棟の端っこだ。食べかけの弁当箱を急いで鞄につっこんで、俺は教室まであわててもどって――
なんだかその日は動画をスロー再生したみたいに時間が経つのが遅かった。
まだ終わらないのかな、と何度も壁時計を確認してしまう。
風邪で休んだ友達を差しおいてグループで遊びにいく。考える時間があったせいか、それについてはっきりと罪悪感が沸きおこってきた。こうしてるいまもたっくんは熱で苦しんでるのかもしれないのに。
……うん。やっぱりダメだ。
誘いは断ろう、と俺は決意する。
せっかくの誘いを断るのは申しわけないけど。友達抜きではしゃぐなんて俺にはできそうにない。
五限目の終わりが近づくにつれて心臓がばくばくしてきた。それがはやくきてほしいのかほしくないのかわからないままショートホームルームも終わって、教室の空気が一気にゆるむ。
俺はいつもどおり帰り支度をした。鞄に筆箱や宿題で使うノートを入れていく。
――聖夜、今日どっか寄ってく?
――今日は用事あるから。またね。
淡々と作業しつつも、そんな伊藤と緒川のやりとりを耳がしっかり捕らえている。彼がひとりで俺の席までやってくる、その気配も。
「夏稀――」
「ごめん緒川っ、俺、やっぱりたっくんに悪いから」
「……うん?」
「今日……行けない。ごめん」
気がついたら教室がしんと静まりかえっていた。みんなの視線が俺と緒川に集まっている。
……あ、と俺は遅れて気がついた。いま、俺がしたことって。
みんなの憧れの緒川の誘いをみんなの前で堂々と断るっていう、最悪のことなんじゃ……
さーっと顔から血の気が引く。
これまで目立たないように生きてきた。目立つと嫌われるから。波風立たせず平穏に、地味に、空気みたいに生きてきたのに。
――なんだよ、あいつ。
だれがかつぶやいたような気がした。緒川がせっかくおまえなんかを誘ってくれてるのに断る? 何様? と。
……まずい。まずいまずいまずい。
いままで守ってきた自分のポジションが壊れる。どうにかしなきゃ、と思っても俺の頭には言いわけがひとつも浮かんでこない。
――これじゃ、また……
この場から消えたくなったとき。
そっか、と優しく緒川が笑った。
「遊佐くんのお見舞い行くんだっけ。そういやけっこう辛そうだって言ってたよね。忘れててごめん」
「え――」
「また誘われてくれる?」
遊佐、ことたっくんが風邪で休んだことは同じクラスの緒川も知っている。けど俺は見舞いに行くとまでは言っていない。
不思議に思ってから、クラスメイトの目を気にしてこう言ってくれたのだと気づいた。
友達の見舞いに行くなら仕方ない。タイミングが悪かっただけで、俺はなにも悪くないと。
「……っ、うん!」
うわずった声で返事をし、俺は――伝わるかわからなかったけど――緒川に目でお礼を言う。彼は小さくうなずいた。
――断られた場合のケアも万全とか、やっぱ緒川ってすごいな。
「またね、夏稀」「……うん」そんな友達みたいなやりとりのあとで俺は教室をでた。すぐに近くのクラスメイトが緒川に話しかけるけど、その声に俺への不満がなさそうでほっとする。
――なんとか生き延びた……
大袈裟かもしれない。でも俺にとって、クラスのだれかに目をつけられないのはFPSでターゲットにされないくらい重要だ。
こいつはイケる。そう認定された瞬間、フィールドは対戦の場じゃなくて狩りの場になるのだから。
――まずたっくんに家行っていいか聞いて。緒川にもあとでお礼のラインして……
昇降口で立ちどまり、俺はたっくんにラインを送る。
最初は家まで行くつもりはなかったけど、この際だからポカリかなにか買っていこうと思った。
◇◇◇
クラスの目立つ生徒、数人で駅前のカラオケへと行き。
どこかの部屋から音楽がうっすら聞こえてくる中、聖夜はトイレでゆっくり手を洗っていた。
泡が排水口に流れていく。
ごぽっと水を飲みこむ音がする。
聖夜は一度自分の手を目の高さまで持ってきてじっくり観察し、無言でディスペンサーの下に片手を差しだした。でてきた泡を両手になすりつけるようにして広げる。
――ほんとうなら、『彼』とふたりででかけるはずだった。なのに。
見舞いはこちらから提案したようなものだが、誘いを断ってきた理由に欠席したクラスメイトの存在があるのは明らかだった。彼に悪くて遊びにいけなかったのだろう。
邪魔だな、と聖夜はぽつりとつぶやく。胸に浮かんだ言葉を自分が口にしたことには気づかないまま。
「夏稀から消えてくれないかな……」
鏡に映る端正な顔にはなんの感情も浮かんでいない。
