午後はVRゲームが遊べる施設に連れていってもらった。雲の上を散歩したり深海を探検したり、VRならではの臨場感が新鮮で面白く、家庭用のVR機って俺のおこづかいで買えるのか真剣に考えてしまった。
そしてぼちぼち日が暮れてきて、そういや帰りは何時の新幹線なのか聞いてなかったなと思ったとき――
「じゃ、ホテル行こうか」
施設ロビーの窓ガラス越しに射しこんでくる夕陽の中で聖夜が言った。
「……は?」
聞きまちがいかと思って俺は聞きかえす。あまりにも突拍子がないので、聖夜ってこの暑いのに汗かかないよな、とか関係ないことを思ってしまう。
「あれ、言ってなかったっけ? 夜はホテルで一泊。ホテルのレストランでモーニングにして、お土産を見たあとで帰宅。俺、共有したと思ったけど」
「え、えっ」
俺はあわててラインで送られてきたスプレッドシートにアクセスする。
そこには絶対に『夕方~帰宅(現地でほかに寄りたいところができたときのため、時間には幅を持たせる)』『翌日 13:00 S映画館』と書かれていたのに『Nホテルに宿泊』『モーニングのあと、お土産を買って帰宅』と書かれていた。
絶対うそだ、と混乱してから仕掛けに気づく。
――俺が見たあとでシート書きかえたよな……!? なんでメッセージでもメモのスクショでもなくスプレッドシートなのか不思議には思ってたんだ。
「聖夜っ!」
「いやだった?」
「い、いやっていうか――」
「じゃあキャンセルしようか。どのみち帰りの新幹線は予約してないし。大丈夫だよ」
「あ……、うん」
意外とあっさり引きさがられてからぶったような感覚になる。
なんだ、こういうときはちゃんと俺の意見を聞いてくれるんだと思ったのも束の間、
「ホテルはキャンセル料かかっちゃうんだけど……仕方ないか」と聖夜がつぶやく。
「キャンセル料って、」
「部屋代全額。と、違約金」
「い、い、違約金……?」
そんなの聞いたことない。でも、「あれ、初めて聞く?」と聖夜に言われると自分が知らないだけという気になってくる。
「今年からはじまったんだけどね、当日に予約を取りけすと利用者は部屋代の1/2をホテル側に払わなくちゃいけないんだ。でもいいよ、ちゃんとナツに確認しておかなかった俺が悪いんだし。気にしないで」
「う……」
「じゃあホテルに電話してくるから――」
聖夜はスマホ片手にベンチから立ちあがる。
ほんとうに不本意ながら俺はその服の裾をつかまずにはいられなかった。行けばいいんだろ、行けば、とやけくそで言う。
「……ほんとにいいの?」
「いいっていうか……一人暮らししてるやつにこれ以上負担かけられないっていうか……え、ってか、部屋は別だろ?」
「…………」
「はいって言えよ!」
同室だった。ダブルじゃなくてツインだったのは良心がぎりぎり咎めたのかもしれない。
「入って、ナツ」
「……聖夜」
「ん?」
「俺ってもしかしてちょろい?」
「…………」
「いいえって言えよ!」
都内のシティホテルの八階。ヨーロッパ風の室内は上品にまとめられていて、窓からは茜色に染まったスカイツリーが見える。
家族で旅行したときだって修学旅行のときだってここまで立派なホテルには泊まらなかった。ほんとうならもっと感動したはずなのに。
「聖夜って強引だよな……」
アパレルショップの紙袋を床に置いて俺はつぶやく。ここにくる途中で買ってきたものだ。歯ブラシとかはホテルにあるから心配いらないって話だったけど。
「なんだかんだでナツがつきあってくれるから嬉しくて。それより気づかない?」
「ん?」
「なにかいいものが見えると思うんだけど」
俺は室内を見回す。
清潔な白いシーツがかけられたベッドがふたつに、シンプルながら重厚感のあるデスク。ポットが置かれた戸棚に冷蔵庫。窓際のソファセット。
「……あ」そのテーブルの上にラッピングされた袋が置かれていた。
「え……えっと、ホテルのひとが用意してくれた?」
「俺はここに就職した覚えはないかな」
「じゃあ聖夜が……」
俺はソファセットの前まで行って、白いリボンがかけられた水色の袋を取りあげる。聖夜も俺のそばまできたので、開けていい、と俺は尋ねた。
「どうぞ」
袋の中にはなにか薄くて四角いものが入ってるみたいだ。写真立てとか?
色々想像しながら俺はリボンをほどいて――
「!? え、うわ……っ」
中からでてきたものに目を瞠った。
『アイドロ』の限定アクリルアート。ゲーム三周年を記念して描かれた有名なイラストで、抽選で百人にしか当たらなかったグッズだ。三ヵ月前、俺も応募したけど当たらなかった。
「え――いいの? ほんとに?」
「うん。もし当たったらナツにあげようって思ってたから。誕生日までに到着してよかった」
「――あ、ありがとう……っ」
俺はA5サイズのアクリルアートを照明に照らして顔まで近づける。……え、すご。髪とか鎧とかこんな細かく書きこまれてたんだ。デジタル画なのに筆が生きてる……。
聖夜はしばらく隣で俺が喜ぶところを見てたけど、「お茶入れるね」と棚の前に立った。あ、俺がやる、と俺はあわててついていく。
「いいよ、ナツは誕生日なんだから。座ってて」
「でもここまでしてもらったのに」
「俺がしたいって思っただけだから」
そう言われても座って待つのは申しわけなく、俺は聖夜の隣で彼がティーバッグの紅茶を淹れるところを見守る。いい香りがすると言ったらアールグレイだと教えてくれた。
湯気を立てるティーカップを受けとり、俺は小さくつぶやく。
顔がゆるんでなければいいと思いながら。
「……ありがと、聖夜」
聖夜は嬉しそうに微笑んだ。

