「ナツ、今年の誕生日だけど……」
「……ごめん。ほんとにごめん」
「え? まさか……」
七月に入り、蒸し暑さはさらに加速する。午前中とは思えないほどの陽射しに眩暈がしそうだ。
夏稀って名前なのに俺はあまり夏が好きじゃない。だって暑いから。
なるべく日陰を歩きながら登校していたとき、たっくんからそう切りだされて俺は即頭を下げた。
たっくんはぽかんとしたあと、「あいつと……?」と困惑したようにつぶやく。
「話の流れで……つい」
「いまからでも断れよ」
「……色々考えてくれてるみたいだから。もう断れないって」
俺の誕生日まであと二週間もない。聖夜は当日のプランを具体的に固めているようで、時々俺に確認のラインがくる。気がつけば十一日と十二日の二日間のスケジュールが埋まっていた。
おそろしく優秀なプランナーである。あの男は。
「……んだよ、それ……」
たっくんはアスファルトのかけらを蹴った。ごめん、と謝ると「もういい」と乱暴に言われる。
「ナツが押しに弱い性格なの知ってるし。気にしてない」
「今度埋めあわせするから」
「……いいよ、べつに」
去年は誕生日を教えあったのが冬だったので祝ってもらっていない。なんでもっとはやく言わないんだよと怒られたけど、プレゼントを催促してるみたいだし――家族以外だれも祝ってくれない誕生日というものに慣れてしまっていたから。
ひょっとしたら二年分祝うつもりでいてくれたのかもしれない。「ほんとごめん、たっくんの行きたいとこつきあうから」と彼の顔を覗きこむようにして言うと、根負けしたようにたっくんが吹きだす。
「なんだよそれ。ナツの誕生日なんだから逆だろ」
「ケーキも買うし」
「逆、逆。……悪い。俺ガキっぽいよな」
「そんなことは……」
やなんだよ、とたっくんは俺から目を逸らして言う。
「ナツをあいつに取られたみたいで。……ナツが、あいつのせいで俺の知らないナツになってくみたいで」
「…………」
「高校生にもなってアホみたいだよな。ナツもさ、俺のこといやだって思ったら言ってくれていいから」
「……思うことなんてない、とけど」
俺はただ聖夜に振りまわされてるだけだと思ってた。一方的にかまわれてるだけだって。
でも、もしかしたら――
「なあナツ」急に大真面目な顔になってたっくんが俺を見てくる。「誕生日にあいつと出かけるのかもしれねえけど、ちゃんと無事に帰ってこいよ」
「どういう意味だよ……!」
そんな変なことになるわけないって。俺はあわてて言ったけど。
まさかその『変なこと』が現実になってしまうなんて、このときは想像もしていなかった。
「一日はやいけどおめでとう、ナツ」
「……ありがと」
今年の七月十二日は日曜日だ。でも今日しかカフェの予約が取れなかったとのことで、十一日に俺は聖夜と東京まででかけた。夜に地元までもどって、明日は近所の映画館でアクション映画を観る予定だ。
交通費くらいは俺が自分で払うと言ったけどそれは断られた。なんでも目的地に着くまでの間もデートだとか。
なので新幹線で行くことになり、東京に行くとき高速バスか電車くらいしか使ったことのない俺は車窓から見る景色にひたすら感動していた。
そして有名なゲーム会社の博物館へ行って、レトロゲーがあるお店をいくつか回って、あるゲームのオフィシャルカフェで昼食。
俺が生まれる前にシリーズ一作目がでていまも新作が作られているゲームだ。老若男女問わず大人気で俺もいくつかやったことがある。
女性客向けなのか内装は全体的にかわいらしい。客層も女性が中心。
入り口でマスコットキャラクターの巨大ぬいぐるみに出迎えられたときは、俺もあるはずのない乙女心をくすぐられたけど。
「……浮いてない、か?」
男子高校生ふたりで来てもいい店なのだろうか。肩身を狭くしながらメニューを開くと、「問題ないよ」と聖夜が笑う。
「ひとりで来てる男性客もいるし、俺たちみたいに男たちだけのグループもいる。なによりみんなキャラに夢中でほかの客なんて見てない。だろ?」
「……たしかに」
俺の考えすぎだったみたいだ。
というかいいよな、聖夜はどこにいても絵になるから。メイドカフェも聖夜がいたらお城みたいになりそう。
悩んだ末に、作中に出てきたメニューを再現したハンバーガーセットを俺は頼む。聖夜はオムライスプレート。意外と子供舌なのかもしれない。
やがて出てきた料理は食べるのがもったいないくらい再現度が高かった。帰ったらたっくんに見せてあげようと忘れずに写真を何枚も撮る。聖夜のもスマホを渡して撮ってもらった。
味もパティが肉々しくてうまい。間に挟まっているチェダーチーズも濃厚で、つけあわせのフライドポテトまでサクサクでうまかった。いつも食べているファストフードとは比べものにならない。
うまい、と何度もくりかえしていると聖夜が微笑む。
「よかった、喜んでもらえて」
「うん――ありがとう、聖夜。こういうとこ来たの初めてなんだけど、再現度すごいな。ゲームの中にいるみたい」
たしか平日でもなかなか予約が取れないって聞いたことある。「よく予約取れたよな」と言うと聖夜はセットのミルクティーを一口飲んだあとで、「実は四月にはもう予約してたんだ」と言った。
「……いや、はやすぎるだろ!」
「ナツは絶対こういうの好きだと思ってたから。誕生日に連れてきてあげたいなって」
「え……四月ってのは冗談だよな? だってそのとき俺たちって……」
まだろくに話してなかったはず。
聖夜は本心を隠すようににっこり笑い、俺がほとんどハンバーガーを食べ終わってるのを見て店員さんを呼んだ。
「そろそろ食後のデザートをお願いします」
……デザート? そんなの頼んだっけ、と俺は首をかしげる。
「予約のときに一緒にお願いしたんだ」と聖夜は答えた。
「ナツのバースデーケーキ」
しばらくして出てきた小さなホールケーキには『Happy Birthday ナツ』と書かれたチョコプレートが乗っていて。
なぜかそれを見たとき、俺は涙ぐみそうになってしまった。ほんとになんでかはわからないけど。
「……ナツ? 大丈夫?」
ホールケーキの向こうにいる聖夜がそっと問いかけてくる。
「だ、大丈夫」と俺は素早く自分の目元をぬぐった。
――こういうふうに祝ってもらえるような人間じゃ、俺はないのに。
「切りわけようか」
聖夜は言って、チョコプレートをナイフとフォークで器用に皿の上にどかしてから四等分にする。
中身はイチゴだった。誕生日ケーキの定番。
ほら、と聖夜がチョコプレートとケーキが乗った皿を俺の前に置く。
――だれかを傷つけてしまったことがある、俺の前に。
「……うん」
俺はフォークを取って、ふわふわしたショートケーキを口に運ぶ。
クリームは泣きたくなるくらい甘かった。

