「……ナツさ、また緒川と距離近くなってね?」
「いや絶対そんなことない絶対ない俺は絶対ちゃんと聖夜と絶対距離とってるから絶対」
「……絶対多くね?」
テストが終わっていつもどおりの日常がもどってきた。
変化といえば朝たっくんが家まで迎えにきてくれるようになったこと。聖夜が『放課後だけでいい、ナツと一緒に過ごしたい』とラインで言ってきたので仕方なく部室で過ごすようになったことくらいだ。
……わかってる。ほんとうは断らなくちゃいけないって。
でもあの部屋に聖夜をひとりで帰すのかと思うとどうしてもいやとは言えないし、たっくんや先輩たちもいるときのほうが多いから大丈夫かなって、つい――
「いいけどさ……。マジで気をつけろよ、ああいうやつって絶対変なこと企んでるから」
「……いや、うん」否定できないのが悲しい。
「夏合宿もあいつ来るんだよな?」
「たぶん」
俺があげた卵焼きが乗った焼きそばパンを食べながらたっくんが顔をしかめる。
俺たちが部室で昼飯にしている間は聖夜は来ない。こうしてまたたっくんに卵焼きを分けてあげられることにほっとする反面、あのときの聖夜の笑顔を想いだすと複雑だった。
――だれかの手作りなんて、滅多に食べないんだろうな……。
「ハワイとか海外いけばいいのに。あいつ海外顔だよな、海外顔」
「どんな顔だよ」
「A高に行ってたってことは家金持ちなんだろ。わざわざ俺たちの合宿につきあわなくたってさ」
たしかに聖夜の家は裕福かもしれない。でも聖夜がその恩恵を受けてるかっていうと微妙なところだ。一人暮らしの費用は自分で稼いでるって言ってたし。
「……あんまりそういうふうに言うの、よくないよ」
ぽつりと俺は言う。
え、とたっくんは驚いたように見返してきた。
「なに。ナツだってあいつのこときらいだろ?」
「だとしても、家のこととか言っていいわけじゃないと思う」
「……なんだよ、それ」
たっくんは腹が立ったように焼きそばパンにかぶりつく。俺は急に味がしなくなったふりかけご飯を噛みしめた。
こんなふうに俺がだれかに注意するなんてまずない。だから自分でも居心地が悪かった。あのときからずっとことなかれ主義で、だれかに干渉するくらいなら自分の胸にしまっておくことをえらんできたのに。
……聖夜のせいだ。
せっかくの昼休みは気まずいまま終わってしまった。たっくんの背中を直視できずに午後の授業が終わって、今日部活どうする、とホームルームのあとで俺が聞くと「今日はパス」と振りむかずにたっくんが言ってくる。
そっか、と俺はうつむいた。
「ちがうから。今日はマジで母親にはやく帰ってくるよう言われてただけだし」
「うん――」
「……またラインする」
たっくんは足早に教室をでていく。
なんとなくそれを見送っていたらだれかが机の横に立つ気配がしたので、見ると聖夜だった。
「また遊佐くんと喧嘩中?」
「……そういうわけじゃないし」
っていうか、『また』って。どっちも聖夜が関わってるっていうのに。
「俺はそのほうがナツを独り占めできて嬉しいけど」と聖夜はさわやかに言う。顔と発言と野望があってないんだよ!
なんだかクラスの女子たちが俺たちを見てこっそり盛りあがってるらしいのも気になる。
……え、なに? 変な妄想とかされてないよな? アレなワードが聞こえてくるのは気のせいだよな?
「……はやく部室行こうぜ」
「そうだね」
聖夜は全然平気そうだ。というかこれ、こいつの目録通りなんじゃ?
最近、俺と聖夜がなにかと二人組になるよう周りが仕向けてきてる感じあるし。外堀埋められてるやつなんじゃ……。
……絶対これ、マシだった。
空気のほうが絶対マシだった!
「ナツ?」
「頭痛い」
「大丈夫? 保健室のベッドで休もうか」
「……変なことたくらんでる?」
「もちろん」
行くよ。部室。
今年は聖夜の提案でパズルゲームだけじゃなくて射的ゲーム――本来は人同士で撃ちあうゲームなんだけど、大会のときは的を撃つ“健全な“競技になる――にも挑戦することになった。
ほんとうなら最新のバージョンで練習したいけど、ソフトを買う金もゲーム機本体を買う金もうちの同好会にはない。幸い基本的な操作方法は十年以上前のバージョンから変わってないそうなので、部室ではそれで練習することになる。
ふたりで交互に練習したあと、「そろそろナツの誕生日だね」と聖夜が言ってきた。
彼はほかにだれもいないときは俺の隣に座る。何事もなかったかのように。
「……あー、うん。そうだな」
「欲しいもの決まった?」
「べつに聖夜に買ってもらおうなんて思ってないし」
「なにもリクエストがないなら指輪になるけど」
「それもらって俺どうすりゃいいんだよ!?」
聖夜はくすくす笑う。
冗談……なのか? ほんとに?
「当日、予定入ってないならデートしようよ。俺と」
「え……い、いや……」
「ゲーム博物館とか連れていってあげるよ」
「そ、それは……」
「レトロゲー置いてあるお店も調べておくし。どう? 一緒に行かない?」
「うぐ……」
この悪魔の誘いに乗っちゃいけない。行く、なんて絶対に言っちゃ……
「そうだ、最新のVRゲームを体験できる施設も予約しておこうか?」
「行く……っ! それは、行く……っ!」
悔しい。
ここまでツボを押さえたコースを考えてるなんて……。
聖夜は「決まり」と笑う。
「キャンセルなんてなしだよ? ほかのだれかに誘われても俺と予定あるって言ってちゃんと断ってね」
「……わかったよ……」
完全に俺の負けだ。
まあふたりで出かけるっていっても、どこも人目があるから変なことにはならないだろう。大丈夫だ。
「楽しみだな」
好物のアップルパイを食べてるときみたいな顔で聖夜が言う。
その顔を見てたら俺も彼の誕生日になにかしてあげたいと思ってしまって、俺は急いでその考えを胸の奥底に押しこめた。

